第21話 イケオジは鬼謀だった
side:ジル
入学式を明後日に控え、俺とティナはスレーター公爵家に来ていた。
パトロンになってもらった発端は舞踏会で
合格し、援助を受ける条件を満たしたため、報告とそのお礼にやってきたのである。
「驚いたぞ。君が首席を取るとは。しかも歴代最高点、満点だとか?」
目の前のイケ爺がスレーター公爵である。
白髪の偉丈夫で、舞踏会で会ったときより興奮気味の眼光は鋭くなっているような気がする。
渋い声がさらに威圧感を増していた。
「ありがとうございます。すべては公爵閣下が優秀な家庭教師をつけて頂いたお陰です」
学院から入試の試験結果が彼の手に渡っているのだろう。
俺が説明するより先に知っていたようだ。
「礼には及ばん。彼女は優秀すぎて
粋なダジャレと思ったが、”ここからは貴族の話し合い”の合図。
俺が周囲を気にすると彼は目配せしてお付きをさがらせた。
俺もティナに頷く。後は公爵家の家宰に任せる。
人払いがすむと新たな気配が天井と隣の部屋から漏れてきた。
天井裏に二人、右の壁内に四人。
公爵の護衛なのか?
高級そうなソファに浅く座り直しす。
対面の彼は気を抜かない俺に笑って答えた。
「さすがだな、気が付いたか。六人は私の『影』だ。騎士団長を倒した英雄にむやみに手は出さんよ」
公爵自ら立ち上がってワゴンからサイドテーブルの上にデキャンタとグラス二つを移した。
「少しでいいので付き合いなさい」
初めてみる見事なグラスに感動する間もなく、濁りの少ない明るい色のワインを注いでもらう。
乾杯などせずに公爵は先に口をつけ、俺にも勧めてくれた。
のどごしは軽やかで若い。果実がストレートに刺さる、のみやすいうまい酒だ。
「ほう、酒が分かるのかね?」
「いいえ、ワインってこんなに美味しいものとは知りませんでした」
「ははは。君でも知らぬものがあるのは興味深いな。そろそろ政治的な話をしようか」
唾を飲み込む。すべてが腹の探り合い、と宣言したようなものだ。
「単刀直入にいこう。まず君がここに来た理由は”借り”を返しにきたのかな?」
「はい、その通りです。貴族の流儀はこれでもわきまえているつもりです。閣下がどのような利を求めているのか、聞かせていただいたうえで返すつもりですが」
「なるほど。話が早くて助かるな。―――君には……『そのまま』でもらいたい」
「そのまま……ですか?」
そのまま動くな、ってことなんだろうか。念のため頭を掻こうとした手と息をピタリと止めた。
「ジルくん……この場の話でないぞ」
仕切り直し。
「……ではどういうことでしょうか?」
「それは……私も分からない。ただ今後、何か事が起こったときは流されず、そのままの君でいてくれればいい」
「よくわかりませんが……承知しました。そんなことだけでこの大きな借りを?」
「ははは! そうだ。実はもう返してもらっているが、気が付いていないようだな」
うーむ、ますます分からない。
何かプレゼントした覚えがなからな。ティナが付け届けしてくれたのかも。
「まず孫の第四王子のアルと娘の第二王妃の件だ。あの舞踊は今思い返しても見事だった。いい意味で両者とも目立ち、派閥にアピールができたよ。王子はあの日まで全く注目されていなかったが、一気に株が上がってな」
「へぇ、あのアル王子殿下が……恐ろしいほどのイケメンですしね。私が絡まなくても目立っていたでしょう。……でも王妃殿下は良からぬ噂も立っていたような気がしますが?」
舞踏会が終わってすぐは王妃というより俺を含めての悪評が上がっていたが、なぜか数日すると好意的な声を多く聞くようになっていた。
「最初の悪評は娘を守るため意図的に君に被ってもらった。翌週、好転したのは味方の見極めと敵対勢力へのけん制が済んだのだよ」
……もうわからん。
とにかくよかったね、でいいのかな。したり顔で頷いておこう。
「図らずも想定より早く王の耳に入り、娘は最近また寵愛を受けている。『絶世の美女が舞踏で絶頂した』なんて話は最高の伽土産だからな」
”大切な娘”の意味が違ってきているな。風向きを変えたのはこの食えない爺さんだったのか。まぁこの辺は俺にはどうでもいい。
本当に彼女との
「まだある。君はあの喧嘩師エヴァンス騎士団長と同じ土俵で戦った」
「ええ、誘われて。楽しかったですし」
「戦った同士はそうなのだろう。だが文官の私には違った喜びがあった」
「よろこびですか?」
「ああ、彼女にとって大きな利得は、政略や謀議ではなく騎士としての個の強さを改めて証明をしたことだよ」
「……?」
「彼女は迫害相手を貴族だろうと追い払った。因みに手を貸したのは私だが。本来騎士団が恐れられているのは法規や知能ではない個の強さだ。今回彼女は不敗の名に恥じぬ戦いを見せ、騎士団長を未だ裏切り者呼ばわりしている軟弱な奴らの鼻を明かしたのだ。大勝利と言ってもいい」
「私の頭ではよく理解できません」
「実際は君が勝ったと聞いているが、今世間を流れている噂をしっているかね。君の父、ブライ卿は辺境では『戦鬼』として恐れられ、君の兄も騎士団の中では飛び抜けた実力をもつ団員のひとりだ。その武門の
うーーん、それだけ聞くと俺、やばい奴だよね? 王子と王妃を誑かし、騎士団に殴り込む空気の読めない猛者。脳筋。ごめんよ……ジルちゃん。
「平和な世の中では武功など立てられんのだよ。そうなると派閥の均衡が何よりも重要なのだ」
ん……要するに爺さんの手駒である俺を使って、騎士団にも華を持たせることができてバランスが保たれた、ってことかな。それなら別にいい。
明らかに悪い顔をしている爺さんが大きく頷く。
「あはは、それが君だ。すべてが無自覚だから“そのまま”と伝えたのだ」
「騎士団も派閥に絡んでいるのですか?」
「もちろんだとも。簡単に説明すると『戦争をしたがる急進派の軍』と『内需拡大を目指すの中立派の宮廷貴族』、『地方分権と門閥貴族の復古を目指す領地貴族の保守派』があるのは知っているね?」
「は、はぁ」
「王都ではどうしても領地貴族の力が及びにくい。そこで領主貴族たちは当代前に修行と称して騎士団に一門を送り込むのだよ」
「なるほど」
面倒見の良いおじいちゃんみたいに、前傾姿勢で眼力を込めて伝えてくる。
「ところがその騎士団は腐敗が進み、保守派はクリスによって瓦解した。こうなると俄然急進派が勢いづく」
「急進派、ですか」
「騎士団を取り込む過程で君にもちょっかいを出してくる可能性が高い。ん? 手を挙げてどうしたのかね?」
「おしっこに行ってもいいですか?」
「はぁ……早く行ってきなさい」
その後もかくかくしかじか勢力相関のレッスンを受けたが、結論としてなんとなく何かが起こりそう、とのことではっきりと分かっていないそうだ。
それで俺に”そのまま”と、念を押したのだろう。
「ところで公爵閣下」
「なにかね。眠そうな顔をして」
「以前、舞踏のときに娘さんのお名前を聞きそびれました。デートしても?」
「名前はセシリアだ」
「本人の口からききます」
「無理だ。彼女は王妃だぞ?」
「ではデートしても?」
「名前を聞きそびれただけじゃないのかね?」
「口実です」
「素直で宜しい」
「ありがとうございます。デートはいつにしたらいいですか?」
「はぁ、まったく人の話を聞いておらぬな」
「それほどでも」
「褒めておらぬぞ。人妻を誘うか」
「はい。ドンピシャです」
「そういう問題ではない。アルで我慢したまえ」
「……親子丼……性別まで変わっているじゃないですか」
「オヤコドン? 何をいっているかわからんが、うちの孫はいい男になるぞ」
「いい男になってから紹介してください」
「いったな? 後から嫁に来たいといってもやらんぞ」
孫押しのお爺ちゃんと人妻好きの俺の応酬は家宰が割って入るまで終わることはなかった。
当然、公文は残っていない。
だが多くの歴史家はこの二人の会合を国家騒乱の序章、そして必然の起点としてとして記録している。
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