第20話 強敵と書いて百合と読む

side:ジル


 結局、不正無し! と教授会と教員の全会一致(オナメガネは欠席)したらしく、歴代最高点、満点での首席入学が決まったとのこと。

 

 この報を運んできたのは副院長のジジイだった。

 自ら詫びに来たのは買うが、俺はまだ怒っていた。


 彼はあの手この手でティナを直接褒めちぎり、懐柔、取り込んで学食食べ放題賄賂で黙らせた。

 デザート食べ放題を追加の最終切り札にされてしまったら、俺たちに抗戦する意思はない。

 じつにあっけない。



 俺は実家への連絡方法について兄に相談しに騎士団へ行くことにした。



「我が妹よ。よく来たな! 本物のお兄ちゃん呼んでくるからそこで待っていてくれ!」

「何か困ったことがあったらいつでも今日のお兄ちゃんに相談してくれ」


「……だれ?」


 まさか、騎士団員からマジで妹呼ばわりされるとは思ってもいなかった。

 騎士たちは暇なのか、次々に顔を見せては爽やかに挨拶して去っていく。


 本当はティナを連れて彼氏候補でも探したかったのだが、彼女にはパトロンのスレーター公爵家に先触れを頼んでしまった。


 公爵家にしたら大したことではないかも知れないが、家庭教師にココ先生を付けてくれたこと、今後の学費免除など、御礼しきれない借りがあったため、いつでもいいので面会を取り付けて欲しいとティナに言っておいた。




「ジルちゃん! お待たせしました。久しぶりですね。今日は入団しに来てくれたのですか?」

「い、いえ! えっと……兄は……」

 

 団長が満面の笑みでキラキラした瞳で現れた。



「私はことは……是非、姉様と呼んでください。……ジルちゃんがよければですけど……」

「だ、団……姉様みずからお出迎えありがとうございます……」


「うふふ。当然です。私の家族みたいなものですから」

「……」


 「こっちです」と、嬉しそうに俺の手を恋人握りで取り、騎士団の中枢に案内された。

 カシャカシャと鳴り響く鎧、透き通るような金髪の美人とギャップも凄いが、ほんのりと赤い頬と蕩けそうな笑顔をチラチラとこちらへ向けてくる。

 

 俺はきっといつかこの人に喰われる。

 予想ではなく予感がした。



「え、ええと姉様、兄はどちらで?」


「つ、つい先ほど巡回に行かせ……行きましたよ。今日は戻りません」


 どうやら俺の到着と同時にここから追い出したようだ。

 ところで俺は兄のいない騎士団に何しに来たのか。

 


 そのまま団長の執務室に連れていかれ、さらに奥の密談室に案内される。

 柔らかいソファに座らされると彼女は扉に走っていき、護衛に指示を出した。

 


「モンテッシュ、ガルダ、しっかりと見張っておきなさい! 何人も通さぬように! いいですね!」

「「はっ!」」



 丸聞こえなんだが。

 バタン、と勢いよく扉が閉まる。



「お、お待たせジルちゃん。それでご用件は?」


「え、えっと私事ですので―――」



「そういわずに何でも言ってくださいね? ねっ?」


 対面に居たはずが、いつの間にか真横にから迫って来る。


「じ、じつは、貴族学院に合格したのですが、田舎の家族にどのように知らせた方がいいか兄に相談しようと……」


「まぁ! ジルちゃんすごい! あの最難関に合格したですね! 早速お祝いしましょう!」


 まるで自分のことのように喜んでくれるのは嬉しいが、どうしてそこまで俺を気に入ってくれるのだろうか。


「お、落ち着いてください。ありがたい話なんですが……姉様はなぜ私なんかを?」


 纏った空気が変わる。

 さっきまでの華やかさに影が現れた。



「……鑑定は使えますか?」



「え? あ、はい」


「では私をみてください」



 彼女は右手の指輪を外すと俺の前に置いた。

 ほとんどの貴族はこの鑑定阻害リングをつけている。

 身分証明以上の完全な鑑定を受け入れるのは家族か親しい人でも歓迎されない。

 だからこそ、この親しい人の定義も厄介だ。なんか気が引ける。

 やめなさい、と直感が告げていたが彼女の瞳は真剣だった。


 

「よ、宜しいのですか?」


「ええ、どうぞ」



 彼女は無理に笑顔を作っているようにみえる。

 俺の手に振れる指が手の甲をウネウネ動いているし、少し目が蕩けているようにみえる。

 


 と、ともかく鑑定をしてみる。




「ス、ステータス」


名前 :クリス・エヴァンス(独身)

年齢 :24歳(女)

続柄 :ジョージ・ボルゲン侯爵の三女

種族 :ヒューマン

状態 :興奮

統 率:S

武 力:S

知 力:C

内 政:D

外 交:B

魅 力:A

魔 力:E

スキル:鉄鎖術5/双剣術5/体術5/喧嘩殺法5/孤軍5/不感5/身体強化5/応用4/鼓舞4/礼儀作法4/暗器4/破壊4/騎乗4/夜目3/男装3/反射2/封印1

ギフト:鑑定/頑健/危険察知/精神強化/突貫/不屈

性 格:豪気/男嫌い/任侠/清廉/戦闘狂

称 号:『ジルドレリアの麒麟児』『不敗の喧嘩屋』『刺突破壊者ストライカー』『淫売の兄妹うらぎりもの


 

 す、すごい!


 な、なんだこれは……。

 俺はこんな凄い人に喧嘩を売った、いや買ったのか。

 無茶なことをした。


「二つ名はみれましたか?」



 ……淫売の兄妹うらぎりもの? 





 彼女は大きく息を吐きだすと俺を見据えた。




「ふふふ。つまらない話なんです」

「は、はい」


 さっきの笑顔と違う。どこからか空気が抜けていくような、無感情の笑顔。



「…………幼かった私の周りは強者ばかりでした。父は騎士団長でしたし、二つ上の兄は剣の天才でした。そんな環境に育った私が普通の女の子に育つことは無かったのです」


 クリスさんというのか。

 名前も知らなかった。もっと人となりを知っていればさらに戦いは楽しめたのかもしれない。性が親と違うのも何かあったのだろう。



「私は悔しかった。女の身体では届かない差。負かされ続けた父や兄に一矢報いるには剣技だけでは届かない。……その日からこっそり男装して街で喧嘩に明け暮れました」


 ものすごく親近感が沸いた。なにこのデジャブ感。懐かしそうに、それでいて嬉しそうだ。俺も体格さを埋めるために同じことをした。


 技術は研鑽しているときが一番楽しい。壁が高いほど面白い。



「それは何歳の頃です?」


「……九歳です。十一歳までは全敗、ゲロと血は毎日吐きました。回復魔法を使える乳母はそのうち何も言わなくなり、十二歳の五月。私は初めて大人をぶちのめし、十三歳になると生涯戦績は勝ち越しました」


 凄い執念だ。貴族の子女がお披露目会で騒いでいる年頃に彼女は拳で成り上がっている。


「親は呆れていたと思います。十五歳で天才の兄と強者の父に殴り合いで勝ち、十六歳の春に矯正なのか、勘当のようなかたちで騎士団に入れられてしまいました。恐らく更生させるためと、騎士道精神を学び、夫を見初めることができれば僥倖、ぐらいのつもりだったのかもしれません」



 どうしたことか彼女は言葉に詰まっている。



「ところが昔のここは……地獄のようなところでした。……私は兄の前で……他の男たちに何度も集団で凌辱されたのです。当時、私より強者は何人もいて上下関係も厳しく、女の騎士は稀でした。ぶちのめされると姓処理に使われ続けるのです」



 彼女の拳は白く握られ震えている。



「私以外の女騎士はさらに悲惨でした。彼女たちは誰にも相談できず、心を壊し、誰の子かわからない子を宿し、皆去っていきました。でも私は耐えた。復讐するために耐えたのです」


 あまりな内容で、俺の思考は追いつかない。

 なんて腐った組織なんだ。


「三年間耐え、助けようとしなかった兄を含め全員半殺しにしました。心を折り、叩きのめし、罪を認めさせました。そして関わった者たちの証拠を固め、全員告訴、当然勝訴し更迭することができました。全面勝利です」



「……」



「その後はもっと酷くなりました。国中の貴族が私の敵になったのです。『脇が甘いほうが悪い』『私のほうから誘った』『誰にでも股を開く淫売』、父や母も責められ、他の家族にも迷惑をかけました。……驚くことに私を助けなかった兄までも迫害を受けたのです。二つ名『淫売の兄妹うらぎりもの』が私と兄に付いてから数か月後、彼は自殺しました」


「……」


 彼女の今のため息は誰に捧げたのだろう。


「……私は平常を保つ手段として組織を立て直し仲間を集め、騎士団長になりました。それでも兄は帰ってこない。剣の天才は……私が……殺したんです。……ご、ごめんなさい、重い話になってしまって。どうしてもジルちゃんに聞いて欲しくって」


 彼女は自分の足でたったのだ。

 人数の激減した瓦解寸前の騎士団を立て直している。

 自ら足を運び、仲間を見つけ、組織を強くしている。

 この人こそ真の騎士道を歩んでいる。


 俺は知らぬうちに彼女の手を取って自分の頬に当てていた。

 なぜか分からないものがこみ上げる。


「ジルちゃん……泣かないで」

「これは泣けないクリス姉様の代わりに泣いているんだよ」


 自然と手を重ねた。

 なぜ、ここまでして彼女は俺を求めていたのか。

 それは吐露できない憎しみや怒り、悲しみを俺が代わってくれることを彼女自身がきっと彼女に告げたんだ。


「負けない」と。


「話は以上です。聞いてくれてありがとう。ジルちゃん」

「兄は知っているんです?」


「もちろん。ここの全員が経緯を知っています。それでも付いてきてくれる皆には感謝ですね」



 こうしてすっかりスコット兄さんのことや家族への連絡方法を詰めずに夜中までクリスさんの側でお互いを語り合った。




「すっかり話しこんじゃったな」

「うふふふ」



 外の暗さに驚いた俺たちは慌てて部屋の外にでた。


「モンテッシュ、ガルダ、見張りご苦労様。これで美味しいものでも食べてください」

「「ぐーーー」」


「……」


 二人は人柄で護衛に選ばれたようだ。起こさないように毛布を掛け、その場を後にした。


 家族への連絡は責任もってクリス姉様が早馬で知らせてくれるそうだ。その早馬をスコットに行かせる鬼畜ぶりはさすが喧嘩番長。



「スコットはあのときの私を最後まで守ってくれた本物の騎士ですよ。彼の婚約者は痛めつけられた彼の同僚でもありました。ここまでいえばお兄さんの素晴らしさが伝わるでしょう?」



「ええ。最高の兄貴です。私には甘すぎますが」


「うふふ。本当に彼の妹自慢は参っています。今後は私も加わりますけど」



 彼女を家まで送ろうとしたら、彼女が俺を送ってくれた。

 別れ際、また会う約束はしていない。きっとすぐに会えるから。



「ジルちゃん」



「……ありがとうクリス姉様。私のお姉様!」



 同情、絆された、なんとでもいえばいい。

 強者の繋がりは性別や人格、年齢を超える。

 




 君たちは知っているか。強敵と書いて強敵ともと呼ぶことを。


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