第8話 使用人ラプソディ
sideジル
舞踏会の翌週にはもう、王都の社交界の話題に俺の名も出ているようで、第二王妃を巻き込んだ見世物、恐れ知らずの田舎者、変態乙女、舞踊たらしなど、言いたい放題悪口が上がっていたそうだ。
暫くするとなぜか貴族たちの賞賛や賛辞に変わり、数多くの貴族から物珍しさにお茶会に呼ばれるようになっていた。
ところが、である。
「なぜ女子ばかりから誘いがくるのだぁぁぁ!」
「ジル! お父様の話を聞いていますか?」
「はいはい、聞こえています。……狙った男子からの誘いは来ていますか?」
「「ない(わ)」」
父と母は頭を抱えていた。
俺はそんな二人の前で優雅にお茶と塩辛い菓子をいただいている。
「はぁ。よりによって断りにくい上位貴族ばかりだぞ」
「興味本位で時間を潰して欲しくないわね。……え? 貴方、これどうかしら?」
「マルキメス侯爵の三男か。……それは決闘の申し込みだ」
「決闘?!」
「婚約者がジルのファンらしく、彼女を取り戻すための決闘申し込み、らしい」
「おっ! それ面白そうですね!」
「「はぁ……」」
と、終始こんな雑談を繰り返している。
男子からのお誘いは決闘か、兄弟を利用した女子の謀略のどちらかだ。
驚いたことに数人の女子からは我が家に直接手紙が届き、デートお誘いや愛の告白まであった。
恐らく両親に内緒なのだろう。行動力もさることながら、その勇気と同性にもかかわらず告白してくるメンタルの強さは評したい。
彼女たちも大人になればいい男を紹介してくる可能性もあるので、数が多くて大変だけど手紙のやり取りは続けることにした。
「ジル? 準備は終わりましたか? 今日はベルトラン子爵夫人のお茶会です。先日のような無礼は許しませんよ?」
「無礼?」
「淑女らしい返事をなさい! ……他家の使用人にちょっかいを出した件です」
「やべっ! き、記憶にございません」
「ダダ洩れですし、やらかしたことを思い出した顔ね。……そんないい方どこで覚えたのかしら……あんな姑息な手を二度と使うんじゃありません。いいわね?」
「面目ないです」
三。四回を過ぎた辺りからお茶会の流れを覚え、話題が振られるタイミングや愛想笑いも板について来た。
腹芸はまだまだだがつまらない話でもそれなりに受け答えはできる。
もっぱらの話題はあの日の話と美容、健康、お家の自慢、他家の噂、王家と派閥の話題で時間が来る。
子供同士で話す機会はあまりないので俺は妙齢のお美しいご婦人のご尊顔と豊かな双丘を拝むためだけに行くようなっているので特に準備も何もない。
たまに華美な化粧をしていない本当の麗人と有能な者は、大概は使用人や従士。いまのところ唾をつけておくことぐらいしかない。
貴族にはムリだが、使用人に鑑定を使っても相手や周囲にも気付かれないし、『忠誠度』なる新しい値が視れるようになったのが面白いため、会話そっちのけで楽しんでいる。
ただ問題はその忠誠度が誰に向いたものなのかさっぱり分からないことだ。
母がいっているひと悶着は、先日の下衆な子爵家のお茶会である使用人に対してやらかした件を言っているんだろう。これも『忠誠度』がらみである。
◇◇◇
「そこのメイドさん」
「はい、何でございますかお客様?」
案内をしてくれている彼女に声を掛けた。
律儀に立ち止まり優雅に振り向いてくれる。
「ご存知の通り、私はジリアン・ブライといいます。お名前をお伺いしても?」
「……エブリィと申します。レディ・ブライ様」
「ジルって呼んでね。ところで君はどなたに仕えているのかな?」
「……ランカスター子爵家の一使用人でございますが?……化粧室に引き続きご案内してもよろしいでしょうか?」
「いやいや、そういう対面的な話じゃなくて……君はこの家の誰かの専属かな?」
「専属?……ですか?」
このメイドさんを狙い撃ちしてわざわざ化粧室に案内させたのだ。
壁に耳があるかもしれないので迷惑がかからない程度に話を聞きだす。
「そう、普段誰の世話をしている?」
「……おっしゃる意味は……分かりかねます」
「うーん、ちょっと失礼するよ」
「え、何を?!」
右手の気配のない部屋を開け、メイドの腰に腕を回すと部屋の中に押し込んだ。乱暴に扉を閉める。
「ブライ様? ちょっと! おやめくだんんんーー!」
扉を閉めると彼女の口を抑え、左手を背中に返しながら俺の脚を彼女の股間に割り込ませ固める。これで身動きも声も出せない。
もう犯罪になってしまった。後には引けない。
彼女は驚いていたが思った以上に冷静だった。が、それも俺の発言を聞くまで。
必死に抵抗を始める。
「悪いが確かめたいことがある。スカートをたくし上げるけど動かないでくれよ」
「んーーーー! んんん!」
身をよじろうとするが俺は空いた手でスカートの中に手を潜り込ませる。
「んんー!」
彼女から視線を外さず慎重にめくり上げた。
「んーーーーー!」
そこには見るに堪えない痛々しい彼女がいた。濡れてはいるが……傷と闇に言葉が出ない。
「大丈夫、私は何もしない。酷いことをされたようだ。……話を先にすすめるよ」
「んんんん」
俺は目で制しながら蒼い顔をした彼女の禁を解き、反対に優しく抱きしめてやった。
「大丈夫。わかっている」
どれ程の時間が経ったのだろうか。
彼女は羞恥心と恐怖から震え、先ほどの鉄仮面はぐちゃぐちゃの泣き顔に変わっている。
「安心して。辛かったね」
「ううああああ……」
ここの家は危険だ。見て見ぬふりは絶対にできない。
彼女を鑑定すると忠誠度が低い。それに出会った瞬間に異変を感じたのだ。
ない頭で考えても彼女を救うには武力制圧ぐらいしか思い浮かばず誘い込んだ。俺は誰よりも脳筋だったことを思い出したが遅い。
「君はこのクズ家を辞めることはできる?」
「いいえ……ここを辞するときは壊れて捨てられるときだけです。もう結構です」
彼女はまた絶望の瞳を宿した。
やはり強制連行しかないのか……。
いや待てよ? 鍵は彼女自身にある。
もう一度よくてみよう。
「ステータス、エブリィ」
名前 :エブリィ(愛称エル)
生まれ:1682年生まれ 19歳(女)
続柄 :大工エドの三女
種族 :ヒューマン
職業 :メイド
状態 :隷属(衰弱)
統 率:E
武 力:D
知 力:A
内 政:D
外 交:B
魅 力:B
魔 力:B
忠誠度:E
スキル:礼儀作法5/交渉4/演技3/防護2/痛耐性2/性技1/奉仕1
ギフト:智嚢/沈着/知見
性 格:排他/悲観
なるほど! 彼女を使えばいい。
「エル、聞いてくれ。君は頭が良くて、人よりも周りがよく見えるだろう? それに常に落ち着いて自分を偽ることもできる……最高の曲者だ」
「最高の曲者……ですか。複雑な評価ですね」
「えっとだな、私の中では誉め言葉なんだ。……なんとしても君を救いたいけど私は君のような頭脳戦や立ち回りが苦手でね、智嚢と呼ばれる君の頭脳を貸してほしい」
「なぜ私のことを?」
「す、すまん、勝手に鑑定を使った。他の使用人は皆、下位貴族だったのに君だけが平民だ。最初はその美しさと頭の良さを買われて雇われているのかと思ったんだが……」
沈黙が続く。彼女は意を決したように俺を見た。
「……お客様の前に立たせ、このように羞恥を煽るのです。主の玩具でしかありません」
わかっていたが胸糞が悪い。平民の使用人は下働きで貴族の前にでることは滅多にない。
俺の怒りが伝わってしまったのか、彼女はそっと俺を目で制した。
「……わかって頂いただけで私は満足です。どうか使用人如き、お気になさらずに……」
「エル。こっちを見ろ。俺はお前のような者を憐れむとか、奴隷制度反対、とかじゃない。純粋にお前が欲しくて声を掛けた」
「私……ですか?」
「ああ、魅力的。だから救うんだ。クソのような環境にいていい女じゃない」
忠誠度が低いが契約で束縛されている感じだろうか。
彼女は迷っているのか、返事がない。
話下手の俺では搦め手ぐらいしか……搦め手?
「そうか!……ひとつ聞いていいかな」
能面を作っているつもりだろうがその目に光る涙は隠せていない。演技のスキルは磨き足りないようだ。
「君は自分の奴隷契約については詳しいか?」
「えっ? 私のですか? ……承知はしております」
仮に失敗しても処刑される程度でなければいい。どうにでもなるだろう。
簡単にやりたいことを説明する。
驚く彼女だが、すらすらと問題点がでる。
修正点を指摘してもらう。
「ジル様。本気ですか?」
「もちろん! いっちょやりますか!」
「え? もう? え? ジル様? ジル様どこへ? か、花瓶を? ええええ?!」
その後は大騒ぎだった。
安物の花瓶を叩き割り、自分の脇腹を死なない程度に何度か抉る。
慣れているとはいえ痛い。
血で思い切り汚した鋭利な破片をエルに持たせた。
「わ、私に合わせろ」
さすがに彼女は賢く冷静だ。額に汗が浮いている。
もうやるしかない。頷くとお互い大声で叫ぶ。
「ぎゃぁーーーー! たすけてぇーーー!」
「変態貴族! 死んでもらいますーーー!」
使用人たちがガヤガヤと集まる。
彼女は皆が観ている前で貴族令嬢を刺した下手人としてその場で取り押さえられた。
俺は金がたまったら奴隷を購入するつもりだったので隷属主従法、いわゆる奴隷法に詳しい。貴族の所有する奴隷が対貴族に粗相をした場合、二つのうちどちらかを選択できる。
ひとつ、賠償金+報復(粗相返し)
ふたつ、賠償金+身柄引渡し(殺傷程度)
誰も見ていないところで行ったところで自作自演を疑われるので、使用人たちの目の前でもう一度エルに同じ場所を刺させた。そこは何度か稽古で出血している古傷なので血の量の割に傷が浅い。
卒倒したまま急いで治療院に運ばれると、付き添いの母とティナに茶番の真実を話し、まず味方につけた。
後からきた父に子爵の蛮行をさらに詳しく伝えると顔色が変わる。
見舞いに来たランカスター子爵に性癖や虐待、過去の不始末を父がこっそり囁いたお陰で早々に彼女を引渡す約束をしてくれた。
賠償金も少しだが払ってくれたので、それ以上遺恨を残さぬように両家で契約を交わして終わり。
随分あっけなく引き下がったのは後ろめたさからだろう。
父と母にはこっぴどく叱られたが、傷もすぐに塞がったので俺の軟禁は解かれ、再びお茶会の日々が続いた。
◇◇◇
「ジル様、お客様がお着きです」
「客間に案内して」
誰が来るのか聞いていたのでティナに用意をさせて客間に向かった。
部屋は少ないのであっという間に到着し、彼女とほぼ同時に部屋に入る。
「緊張する必要はない。楽にして」
「は、はい」
ティナにお茶を頼み、彼女と固いソファーに対面した。
「身柄引渡しと隷属破棄は完全に済んでいる。おめでとう……君はこれで自由の身だ」
彼女に不備のない書類を差し出した。
「……ありがとうございます。ジル様、傷の具合はいかがですか?」
その言葉にはいろいろな感情が詰まっていた。
恐らく精一杯、感情を殺したつもりだろう。指が震えている。
「私はこの通り、全快している。そっちこそ傷はどうだ?」
「外見上は完治するそうです」
そうか。外見上だけ……残念だ。
あいつはいつか地獄に落ちるだろう。
子を成すことを奪われた痛みは計り知れない。
「ジル様? ジル様! 落ち着いてください!」
「え?」
ティナが茶請けを震わせながらカップを粉々にしていた俺を正気に戻した。
「ティナ、ごめん。大丈夫だよ」
「ジル様がお怒りになることではございません。残念ですが後は彼女の問題です」
「ええ。どうかお気になさらないでください。ティナさんのいうとおり後は私の問題ですから」
笑顔が下手だな。
さぁ、ここからは俺のターン。彼女から奪った笑顔を返してもらおうか。
「なぁ、エル。私の下で働かないか?」
「……」
まぁ、最初からそのつもりだったし、彼女も分かっているだろう。
それほど俺は有能で繊細な彼女を欲している。
俺はティナに頷き、彼女は用意していたものをテーブルに置いた。
「エル。私の側仕えはティナがいる。だから君をメイドとして雇うことはこの貧乏伯爵家ではできない」
彼女の目には決意が宿っている。
どんな些細な仕事でも彼女なら、今の引き受けるだろう。
だからこそだ。
「―――だから君は私の従士になってもらう」
この世界は世知辛い。
上位貴族に下位貴族が寄る。寄られた貴族は男女ともに使用人や従士に取り立て、支えてもらう代わりに金銭や身分を援助してやるのだ。
その中でも従士は別格の家柄や能力が求められる。最近は平和ボケしているので実力より顔と家柄で選んでいる貴族が大多数だが、未だに彼らは特別だ。
「従士、従士ですか? む、無理無理無理無理です! 奴隷出の私に務まりません!」
「はははは! 問題ないよ。私が雇えるのは給金の低い従士見習いだ。両親も賛同してくれている。そこまで肩肘張らなくてもいい」
「か、肩肘の使い方が間違っています! お、恐れ多―――」
「はい、ストップ。いいかな、まず君はとびきりの美形だ。それにすこぶる頭がいい。礼儀作法は完璧。一番は私の好みだ。従士以外考えられないぞ」
「なんと強引な……」
「それにだ、もう君に合わせて衣装を作ってしまった。そしてもう金がないから作り直すこともできない。引き受けてくれるな?」
エルは金色の髪をテーブルに垂らし、抜けきらない従属の礼を俺に向けた。
「謹んでお受けいたします」
首までしっかりと閉めた白のブラウスと淡い翠の足首まで丈が長いロングスカートを履いている。世間のモードはまだ寒いとはいえ段々丈も短くなっているのに、彼女の堅さはいろいろと辛い思いをした表れだろう。これから彼女の物語が始まるんだ。
ティナがテーブルの衣装をエルの膝上に置いた。エルは頭を抱えているがティナは追い打ちを、いや援護射撃をしてくれた。
「大丈夫です。こんな私でもメイドが務まるのですから、優秀なエルさんなら余裕です! 一緒にジル様を支えていきましょう!」
お茶を2回失敗して入れ直している彼女に気圧されたのか、エルは頷いた。
「は、はい……」
「よし、善は急げ、だな!」
その後なし崩し的に従士の誓いを行い、俺個人の筆頭従士見習いとして側近に加えることができた。
当人は最後まで抵抗はあったようだが、普段着に俺の男装服を数着あげて、男子に扮することでしぶしぶ決着した。
「能力、エル」
統 率:E
武 力:D
知 力:A
内 政:D
外 交:B
魅 力:B
魔 力:B
忠誠度:S
スキル:礼儀作法5/交渉4/演技3/防護2/痛耐性2/性技1/奉仕1/男装1
ギフト:智嚢/沈着/知見
性 格:排他/悲観/忠義者
『忠誠度』
一体、誰に向いているのか、今だにあやふやだ。
彼女が自分に対して決して裏切らないと誓ったのかもしれないから。
これで俺の脳筋伝説は終わる。きっと彼女が師として俺を頭脳派に導いてくれるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます