第7話 すべてのうら若き野郎ども
Sideアレックス
「412、413、414……」
私は家の周りを一歩ずつ歩いている。
いつの間にか景色は冬らしくなり、朝晩は手足が凍るように冷たい。
吐く息は白く汗もかきにくくなっていた。
「にーちゃん! ただいま!」
「おかえり、ジョン」
父と姉は普段ブライ家に詰めているらしく、冬の終わりから春にかけてしか帰ってこない。
代官を置くほどではないこの寒村はボルドの北の森にある。
弟のジョンは越冬に向けて毎日薪と少なくなった木の実を探しに行っている。
あまり取り過ぎると獣が村へ、その獣を追って魔物が来てしまうので集めすぎないように村の男たちに言われているらしい。
母は近くの親戚の家で干し肉とソーセージ作りに出ていた。
そうは言ってもどこもかしこも親戚だが、私たち本流のアンブロジーニ一家はこの付近では珍しい赤毛が揃っていた。
「すごい、もうそんなに歩けるようになったんだね」
弟の屈託のない表情に安堵と胸の痛みを覚える。
今私は二つのリハビリの最中だが、片方は正直進んでいない。
「まだ歩くだけだよ。そういえばニーナちゃんが探していたな。遊ぶ約束をしていたんじゃないのかい?」
「う、うん、これ終わったら遊びにいってくる」
ジョンが指した先にはこれから割らないといけない丸太が何本か転がっている。
私はリハビリがてらそろそろ試そうかと思っていることを遠回しに答えた。
「あれは私に任せて、ジョンは遊んでおいで」
「え、でも……」
「大丈夫さ。腕はこの通り強いんだ。ニーナちゃんによろしくね」
「うん、ありがとう。にーちゃん。無理しないで」
弟はまだ小学生の低学年だと思うと、手伝いなんかさせずに遊びと勉強をおもいっきりさせてやりたい。
姿が見えなくなったところで、私は丸太を土魔法で動かし、斧で一閃した。
虚弱体質は無くならず、この一発だけで腕は軋み、肩は外れたように痛む。
斧を放り、再度周囲を確認すると、懐から木の皮に包んだ丸薬を取り出した。
「……の、飲んでは……いけない、けど」
指でつまむだけ。
見るだけ。触るだけ。
口に運ぶだけ。
舌で転がすだけ。
歯で挟むだけ。
ゴクリと喉が薬を運んでしまった。
「う……う……」
私は泣いていた。意思の弱さとその甘美で芳醇な丸薬に酔いしれて。
「あぁぁぁぁ!」
熱い、膝が伸びる。魔力の暴走を感じるが、快楽が飲み込み続ける。
一度放ったはずの斧は両手に握られ、まるで私自身の汚れたモノをしごいている錯覚に陥る。
勃起と射精はほぼ同時だった。
意識を取り戻すとすべての丸太が薪変わり、キレイに積まれていた。
「あああああ! なんで! なんで……」
私は猿だ。薬漬けの猿。止まらない猿。
力だ。抑えが効くほどの力を付けなければいけない。
肉を食い、肉体を鍛える。剛毅に豪胆に生き、恐れられる猛者へとなるのだ。
こころの女々しさは私の属性じゃない。
アレックスが持っている優しさと慈愛だ。これではダメになる。
「強き猛きモノ……」
私はその日から軍人を目指すことにした。
鍛錬の強度を上げ、効果的に鍛えるために能力で人体の研究を始めた。
目に入る有機物は搾り、無機物は砕く。
薬は止められないが有用な薬の開発も怠らない。
それに天恵の儀で新たに得たギフト『看破』が有能だった。
もともと持っている解析と相性がよく、副作用や効能、複合薬の調薬にも役に立つ。
商才はあまりないが調合した
◇◇◇
そして二年があっという間に過ぎる。
冬の終わり、父が帰ってきたタイミングで私は思いを両親に吐露した。
「なんと……アレックス。家は継がないのか?」
「ごめんなさい。この村が好きな弟に譲りたい」
「そんな勝手は許されません! ジョンが可哀そうよ」
「わかっています。家族の手助けでここまで私は生き延びられた。だからこそ一旗あげたいのです」
「……一旗……」
「うっうう」
私は自分の進路を譲る気はなかった。
父の騎士爵は一代限り。この寒村に何を見出せるのか。
「本当に軍に入るつもりなのか?」
「はい。お国のためでも出世欲からでもありません。数年間、自分を鍛えるためです」
私は目を逸らさず父と視線を交わした。
「薬を絶つためか?」
「!」
父と母は知っていた。私がまだ断ち切れないジャンキーだということを。
「……今度こそ絶ちたいのです。軍であれば服薬できませんから」
苦笑いで誤魔化すつもりが母の悲しそうな顔に阻まれた。
「わかった。好きにしなさい」
「あなた!」
「いいんだ。このままではお前は黙ってでも出ていくだろう。本当はブライ家の従士にでも推挙するつもりだったが……軍ならなんとかなるかもしれん。戦争も早々起きることはないし、かえって安心だ」
「父さん、母さん。ありがとうございます。ひとまず士官学校を受け、だめなら騎士、それでもダメなときは兵士に直接応募します。お金は必要経費は持って行きますが、後は弟のために使ってやってください」
勝手なことばかり。とことん親不孝者だ。
春間近となり人並みに歩けるようになった私は、行商人の手伝いの代わりに馬車に乗り、随伴させてもらうことになった。
約一か月かけて王都に着く予定だ。
「にーちゃん。本当にいくの?」
「ああ。母さんを頼むね」
「……いやだよ」
ジョンは逞しくなった。
身長はまだ私の方が大きいが、体重はいい勝負ではないか。
母に似た赤毛は性格の穏やかさと反対に暴れ、鳥の巣を作っている。
私は手櫛ですいてやると泣きながら謝ってきた。
「ごめんよ……にーちゃんが居なくなるのが……ううっ」
「それをいうなら私のほうだよ。ジョンに押し付け、逃げる卑怯者だ」
「そんなことない! ……僕のためにありがとう」
ジョンのためだけじゃない。
見掛けが昔と変わらない私はすでに好奇の目に晒されている。
ここにいることはできない。どうか、どうか幸せになってくれ。
「おい。いくぞ」
「は、はい。すぐ行きます!」
ここ数日、落ち着いた天気に恵まれ今日は早朝から出発する。
最後にジョンと母と抱擁を交わし、父と握手をして別れた。
他に見送りの者はいない。
出発。暫くして振り返る。そこに家族の姿はみえなかった。
◇◇◇
「坊主、本当に成人しているのか?」
「ああ、こう見えても15歳だ。笑ってくれよ」
寄り道の先々の酒場で毎度からかわれ、その都度父が貰ってくれた証明を見せないとテーブルにも付けない。
この世界で意識を取り戻してから二年と半年。
アレックスの身体成長は止まったままだ。
男性としての機能は問題ないが、逆にそれが怖い。
呑んだくれた後は、大きく感じる粗末なベッドにもぐりこみため息を漏らす。
私にはわかる。男の中の女。きっと大きな問題にぶつかる。
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