第4話 成長と家族となぞ設定
この数年、ジルちゃんは大きくになった。ほんの少しだが。
中身はオッサン、外見は
八歳の誕生日を過ぎると、何を食べても腹を壊さない程度の耐性が突然ついた。
何事にも忍耐。住めば都とはこのことをいうのだと思ったが、この頃はまだ本当に帰りたかった。
あの手この手でジルちゃんの身体を返そうと努力していたが、すべて徒労に終わる。
帰還にやくにたつ知識やアイデア、魔法はなにも思い浮かばない。
奥底に眠るジルちゃんに申し訳なく、自分の無力さを痛感した頃だった。
一年の歳月を要したが九歳で方針を転換した。
生き残るために逃げずに、自分にできることをやる、とうことだ。
いまさら股間にナニが生えてくるわけでもないし、いずれ女性らしさに嫌でも付き合っていかなくてはならない。ならば自分が生きやすく過ごしやすい環境を整えることにしたのだ。
要約すると、この『片田舎で
不眠についてもだんだんと理解が進んでいる。
睡眠状態になくても数秒の休息で同等の効果が得られることがわった。
横になる行為も非常に効果的にリフレッシュできた。
家族との付き合い方も学んだひとつだ。
正直、この一家でなかったら俺は自らの命を絶っていたかもしれない。
父と母は俺がどんなジルちゃんだろうと無条件に受け入れてくれている。
家族として愛し、叱り、抱きしめてくれる。
……たびたびお尻が腫れあがる折檻をうけるが、それも愛の鞭というやつだ。
スコット兄は信じられないくらい俺に甘い。面倒なことを頼んでも「仕方ないなぁ」といいつつも嫌な顔ひとつしない。
鍛え甲斐があるのか領地にいる間は毎日のように鍛錬に付き合ってくれた。体術は苛烈で繊細な父よりも小さな体には戦いやすい。
一方、妹と弟には何年たってもふり回され続けている。
お陰で遊びとイタズラでスキルとギフトは瞬く間に増えていき、魔法まで使えるようになった。
適当に遊ぶと駄々をこねられ、本気過ぎると家族案件になってしまう。
さじ加減は俺をさらに鍛えていった。
かくれんぼや鬼ごっこで隠匿と索敵、探知。
木登りケンカは体術と競争心。
ままごとは家事魔法スキルが爆上がり。
最初に覚えた風魔法はスカート捲りで習得し上達した。
家族は愛だけでなく、父からは戦闘技術を学び、母からは男気と裁縫、兄からは肉体の使い方を得た。
ただ、ひとつ大きく方向性を誤ってしまったのが……
裸見たさに透視するか、自分が透明になるか迷ったことだ。
男なら誰しも悩む究極の二択。
透視能力……視たくないものまでみえてしまう可能性大。スリル小
透明人間……見たいときに視れない可能性大。スリル大
時間を止める能力も考えたが、成長を考えるとスリルではなくリスクが高すぎる。
時間を年単位で止めすぎて自分だけババアになったらいやだ。
「透視と透明、どっちもできれば最強では?」
俺は寝る間も惜しんで(寝れない)努力した。
そしてついに! 新スキル『透過』を手に入れたのだ!
『透過』スキルの凄さは、まず自分が
次に透視しすぎる能力だ。
人の内臓を通り越し、奥底の魔力までなにひとつ遮らず直視できる。そう、あらゆるものを通り抜け、魔力の塊がボヤッとみえる。
返せ俺の時間。
一部、このように無駄な努力もあったが、軽率さは行動力に繋がり、意図的なラッキースケベへの願望は俺を底上げしてくれた。エロは人類最大の原動力とはよく言ったものだ。
俺が受け入れてもらえたのも……細かいことは気にしない家風、天然ボケが半数以上、作法に煩くない田舎者、義理人情に篤い
たとえば母親に見つからなければ男装でも汚い口調でも股を開いて座っていても何も言われない。メイドたちに絡んだり抱き着いたり、悪戯しまくっても笑って許されるかお尻を叩かれるぐらいだ。
街に男装して繰り出しては生意気な洟垂れどもを拳で従えた。
女性が水浴び中の河原に堂々と突入しては粘着質の絡みを繰り返す。
幼体をここまで満喫できる中年もなかなかいないだろう。
ところが十二歳を過ぎると、俺はある理由で焦り始めた。
それは知力というか……知識と常識が身に付いていない気がしてならない。両親は立派な貴族。
それなりの優雅な作法や矜持もあるだろう。兄は国の騎士団で身に付けてくればいいし、弟もそうだ。
だが女の俺と妹は絶望的におバカのままだ。
文字の読み書きと算術は母から教わったものの、家庭教師を雇える余裕はないし、家の書庫は読んでいて恥ずかしい詩集が大半を占める。
ある日、たまたま「不眠」についての記述があった。読み解くインテリジェンスが足りないので物凄いもやもやが渦巻く。
眠らぬものは死なず
休まぬものは老いず
老いぬものは休まず
死なぬものは眠らず
やがて灰は灰に
例えばこの一節。間違いなく不眠のことが書かれている。
感覚的にはゲームクリアに関わる重要な一文だと分かっても俺の知力がそうさせてくれない。
身体が成長してくにつれ焦燥感は増すばかりだった。
頭脳派へのスイッチが諦めきれない俺は、脳を大きくしようと、特に食事と健康に気を付けた。
九歳になると
なぜか体が一回り大きくなったようだが、脳漿のためには仕方あるまい。
また、不潔から来る病を予防する方法として家事魔法の一種、浄化を覚え、徐々に家族や使用人に清潔の概念を根付かせている。
こうして俺ことジルちゃんは一見すると健やかに育っていった。
◆◆
八歳から十二歳まで穏やかな日々が続いたが、十三歳からは貴族の勤めが始まり大人の仲間入りである『
この世界には十三歳になると無料でもらえるギフトと、適職の診断までついてくる謎設定の通過儀礼があった。
これが異世界お約束なのかどうかはわからないが、特にデメリットのない『天恵の儀』は、習得に時間のかかるスキルでないところに神のやさしさが感じられる。
ギフトは潜在能力が底上げされ、適職は職業選択の自由を神がお墨付きを与える素晴らしい企画だ。
「能力、ジリアン・ブライ」
統 率:C
武 力:A
知 力:E
内 政:E
外 交:E
魅 力:A
魔 力:A
スキル:剣術7/体術7/家事魔法7/索敵5/隠匿5/風魔法5/身体強化5/男装5/舞踊5/魔道具4/魔法陣4/魔力操作4/狩猟4/解体4/透過3/偽装3/礼儀作法1
ギフト:不眠/鑑定/頑健/探知/アイテムボックス/臨機応変/錬金術
性 格:短慮/軽率/鈍感/豪胆/任侠
称 号:『ボルドの麒麟児』
だが俺は世間のサーティーンキッズと違って『天恵の儀』は回避したい派なのだ。
なぜなら……見ての通り能力は明らかに”脳筋猛将タイプ”に育ってしまったからだ。
どの世界に猪武者で可憐な少女がいるのか。
神父が爆笑する姿しか思い浮かばない。
さらに魔法が使えるのに知力が低いせいか、使用人たちには生活大魔導師様と茶化され、一家に一人は欲しい無駄な便利魔法神と崇められる存在になってしまっている。
あまりに残念な乙女の能力の集大成は……最も時間を費やしたはずの礼儀作法1が不気味な輝きを放っている。
「ジル様~! 教会に出発するお時間ですよ。奥様がお待ちです」
「早くお乗りなさい」
個人情報ガバガバのこの世界。きっとどの教会も面白ギフトなんかで盛り上がり、国や貴族に情報を売って荒稼ぎしているのだろう。笑いたければ笑え……。
称号もいつの間にか勝手についている。
『ボルドの麒麟児』
まさかのキリンだよ。せめてウサギちゃんがよかった。
『黒衣の闇宰相』や『深淵の魔眼将軍』みたいな中二病の二つ名よりはいいが、まったく可愛くない。
「ジル様、いよいよですね!」
「ん? ああ。……そういえばティナは適職とギフトはなんだったんだ?」
天恵の儀にこだわる母に聞こえるようにちょっと大きな声で
「ジル、いくら貴女つきのメイドでも天恵の結果を聞くのは失礼ですよ」
「奥様、別にお二人になら知られても構いませんよ。適職は『船大工』です」
「「……」」
「えっとギフトは『
「「……」」
母が困った顔を俺に向けているのでフォローだけはしておく。
「す、素晴らしいねティナ。船大工かぁ。あれカッコイイよね、うちの領は海がないけど。……サービスギフトは……と、登攀かぁ! 序盤中盤終盤、隙がない珍しいギフトだね!」
ナイスフォロー! と母からの頷きが返ってきた。話題も変えておこう。
「俺はてっきり、ティナはメイドが適職だと思ったよ」
「うふふ、ジル様ったら。いいですか、天恵の儀でわかる適職はあくまで向いているかどうかです。その職業にならないといけないわけじゃないですよ。それよりも! 私はメイドに向いていないってよく言われていたので、本当に天恵の儀って当たってるなぁ、って思いました! すごいですよね!」
「……」
「そ、そうだね、あはは」
いや、待てよ?
あれからティナも成長しているはずだ。最初の鑑定から六年もたっている。
新しいティナを視てやるぞ! 結果次第で遠回しに教えてやろう。
「能力、ティナ」
統 率:E
武 力:E
知 力:E
内 政:E
外 交:E
魅 力:D
魔 力:E
スキル:礼儀作法2/家事1
ギフト:登攀
性格 :優柔/天然/一途
「……」
あれ? そうか! 彼女はものすごい大器晩成なんだ。きっと八十過ぎてから本番、死際にグングン伸びて、俺をあっという間に越えていくにちがいない。
「……」
鑑定はやっと習熟度がわかるようになっていた。
こうしてみると礼儀作法は俺の倍もあるし、家事が1もあるとは思えなかったので嬉しい誤算だ。彼女も立派に勤めを果たしている。
「ティナ。明日があるぞ」
◇◇◇
そうこう同情しているうちに教会に着いたようだ。
実は屋敷を出てボルドの表通りを通ったのは数回しかなく、裏通りで喧嘩をしているか、森へ狩りに行くときも基本こそこそしていた。
こうやって堂々と通るのは新鮮で楽しいし、退屈しない。
護衛の従士が踏み台を降ろし、扉を開ける。
真っ先に降り立つとそこそこ立派な古い教会が目の前にあった。
絶え間なく街中の異臭が風で運ばれてくる。
馬車の揺れもあって不覚にも朝食をリバースしてしまった。
暫くして落ち着くと、母はとっくに神父と挨拶やらなにやらを済ましているようで、急いでティナと中に入る。
「おおお! ジル様! 大変美しくなられて、どこのお姫様かと思いましたぞ。奥様、今年の社交界が楽しみですな! ささ、こちらへどうぞ」
荘厳な雰囲気の教会だったが、恰幅のいい神父の社交辞令と好色の混じった視線が台無ししている。
早く済ませたいが、やたら近いし説明が長い。
「―――というわけです。いいですか、決して何が見えても悲観してはいけません。また、ご両親に打ち明ける際は―――」
ラノベで最多の登場回数を誇る、魔力が凄すぎて割れる水晶を触るのかと思ったら出てきたのは石板だった。
しかも神父も立ち入れない完全の個室。彼が出ていくとすぐに俺は石板の前に立った。
「……よし」
俺はとっとと終えるため両手を石板に触れ、目を瞑った。
周囲はなんの変化もないようだが、俺自身は異変を感じている。
神の存在なのか、不信人な俺にもソレは聞こえた。
『適職:ヒモ ギフト:猛者』
……やばいなこれ。撤回だ、撤回。リセットだ!
それに適職ヒモってなんだよ。……俺は貴族だぞ。適職は貴族じゃダメなのか。
普通に船大工のほうがいいじゃないかっ! はっ! まてよ? ヒモは紐じゃないのか? 紐のほうがしっくりくるし、紐を扱う職業……そんなの聞いたことがない。……べ、べ、別に誰にも言わなくていいんだし。
もうさ、ギフトについてはノーコメントだよ。
こんな心を病みそうなゴリゴリのゴリラギフトを授かって真っ当に生きていける気がしない。
ジルちゃんはどうしても俺を猛将にしたいようだ。酒場で飲んだくれて暴れろと?
ちなみに何度もいうが俺は超絶かわいい女の子だ。
扉を出ると母と神父はこちらを気にも留めていないで話し込んでいる。
「ジル、もう終わったのね?」
「どうやら私は紐の扱いが上手いようです」
「ヒモ?」
「いやぁ、なんでもないです。いきましょう」
母は首を傾げ神父は一瞬口角が上がったように見えた。
のちに聞いた話によると神父が石板から読み解けるものは授かった適職とギフトだけで、案の定、猛者のギフトはクズ神父たちを爆笑させたらしい。
ただヒモに関しては誰もその職業を知らず、神父は翌日には忘れていたそうだ。
この“ヒモ適職”の真の恐ろしさが世界に伝わるのはもっとずっと先のことだった。
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