蜘蛛の糸を登ったら
宿木 柊花
第1話
太郎(仮)は一本の糸をよじ登って来た。
たどり着いた白い場所は上下左右全てが煙でできているかのようにフワフワとおぼろげだった。
傷だらけの裸体に布切れ一枚で人々が重労働させられる場所は子供の頃にお寺で見た地獄絵そのまま。
太郎は労働の合間に天井から垂れ下がった糸を見つけた。
「ゴミか?」
引っ張っても切れず、自慢の犬歯でも切れない。不思議に思っていると背後から監督官の怒号が響いた、
『早くしろ作業に戻れ!』
走って行こうにも今度は糸が手に絡まって取れない。
焦る太郎。
迫る監督官。
『よし、全員いるな』
「……え?」
太郎に背中を向けて監督官はそう告げた。
まるで太郎は見えていないみたいに。
それでも太郎は糸を外そうと
体重をかけたり思い切り走ってみたり、ワイヤーアクションのように壁を駆け回っても誰も気に留める者はいなかった。
太郎の頭の中で何かがプツンと切れた。
壁を全力で駆け抜け、最高時速にまで到達した太郎は勢いそのままに監督官の頭を蹴り飛ばす。
スコーン。
拍子抜けする音と共に監督官はその場に倒れた。頭は普通に付いている。
周りの従業員はザワザワとしているが誰も作業を止めず、横目で見てはヒソヒソと話している。
気味の悪い光景だった。
大嫌いだが一応目の前で人間が突然倒れなのだ。それを大人たちが遠巻きに眺めるだけ。ましてや心配しない言い訳として作業を続けている。
「本物の地獄だな」
太郎はずっと手に絡まっている糸の先が気になってきた。
どんなに暴れても外れることも切れることもなかった糸。絡まっている手は体重を掛けても食い込むことも摩擦で切ることもなかった。
「登るか」
太郎は昔読んだ『蜘蛛の糸』を思い出した。
「なぁみんな、一緒にこの糸を登らないか?」
バカみたいな話だと思ったが全員が微塵も反応を示さなかった。オカルト好きの
「なるほどね」
薄々感じていたこと。
太郎はこの糸に触れたあの時から誰にも認識されていないらしい。
あの大暴れをしても誰も気にしなかったのが良い証拠だろう。
太郎は一人で登ることにした。
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