第6話:旅商人の娘・ソフィア

拠点に辿り着いたのは、日がそろそろ地平線に隠れそうになっている頃だった。

馬車は森の中を全速力で走れないので速度を落としていたが、やはり徒歩より馬車の方が早いらしい。

馬車を一旦拠点前に留めた後、拠点の中に店主とその娘を招き入れて話を聞くことにした。

俺と店主が対面に座り、店主の近くにあった木の箱にその娘が座る。ノドカにはお茶の用意を頼んだ。


話は、店主の男が感謝の言葉から告げることから始まる。

「まず俺の名前はマック。旅商人をしているもんだ、そして、この娘はソフィア。俺ら親子を助けてくれたことに深く感謝する」

そういって、マックとソフィアは頭を深く下げた。

俺は特別助けたというわけでないので、気にしないでくれと言った後、なぜあのような状況になったのか聞いてみた。

マックの話は少し長くなったが、まとめると

・昔は武器商人として妻と一緒に店を持っていた

・しかし妻が亡くなると経営が上手くいかず、店を畳むことに

・武器はその時の店から持ち出しており、再び武器屋を開く資金を集めるため旅商人をしていた

・そんな時ノースウッドの街で領主に娘が見初められる

・領主は娘を妾にする代わりに、店の建設を援助をするという

・だが父として娘を犠牲にすることは反対だったので逃げようとした

ということらしい。

確かにマックの娘・ソフィアは、整った顔立ちと完璧なスタイルという素晴らしい容姿をしている。

それは馬車に乗ったソフィアをじっくり見たノドカが、かなり羨ましがっていたくらいだ。

反対にノドカは胸が小さくお世辞にもスタイルがいいとは言えない。その代わりに幼い顔立ちなので可愛いとは俺は思っているが、それを言うと調子に乗るから言っていない。


事情を聴いた俺は、今後どうするのかマックに聞いてみる。

「俺はこれくらいで夢を諦めることはできねぇな。亡き妻に誓ったことなんで、これからも旅商人は続けようと思ってる」

そうか……。うん?俺

俺が疑問を感じたのを察したように、マックは言葉を続ける。

「ソフィアをできたらここで生活をさせてくだせぇ」

突然の申し出に俺は戸惑う。

だがそれ以上に、ソフィアが怒声のような声量で抗議し始めた。

「お父さん!なんで私だけここに置いていくのよ!」

俺もそんな大事だと言われている娘を預けられるのは困る。

だが俺とソフィアの猛抗議を予想してたのだろう

「カイルさんもソフィアもちょっと待ってくれよ」

と言って、マックはその場を鎮めた後、その訳を話し始めた。

「まず俺とソフィアは間違いなくお尋ね者になるだようよ」

領主に逆らった者が、お尋ね者になるのは確実だろうな。

「そんな危険な旅に、自分の娘を連れて行こうとする親は、マトモな親じゃねぇよ」

……。

それを言うなら、こんな森の奥深くに娘だけ置いていくのもマトモな親ではないのでは?

「だが、ここには兵士をいとも簡単に倒せるカイルさんがいる。街以外に安全な場所なったら、ここが1番よ」

俺は随分買いかぶられているらしい。

「そして何より!俺もソフィアもカイルさんに助けられた。そんな恩人に何も返さず行くのは最低な輩だろ」

「恩ならお金を……」

ソフィアはお礼としてお金を提案しようとするが、マックに言葉を重ねられる。

「金や武器を置いていくって言ったってよ、俺たちの手元にどれくらい残ってるよ」

「っ……!」

その日の食事すら厳しい懐事情を知っているソフィアは何も言えない。

ソフィアを何も言えなくしたマックは、俺に頭を下げながらこう言ってきた。

「カイルさん。娘をどうか頼んます」

ここまで信頼され、頭を下げて頼まれたら断ることもできない。

俺は2つ返事で了承するしかなかった。


それからはこの話に関する話題は出すことはなく、マックは今日だけ拠点に泊まり明朝には王都に戻ることになった。

マックたちが持っていた食料と俺たちが保存していた食料を合わせ、少し豪華な夕食を楽しんだ後、ノドカとソフィアは拠点内にあるベッドで、俺とマックは馬車の中で寝ることになった。


深夜、俺は馬車の御者席にぼんやりと座っているマックに話しかける。

「……お前わざとソフィアをここに置いていくだろ?」

「ええ。やはり分かりますかね?」

少しだけ買っておいた酒の瓶と小さいグラスをマックに渡して、一緒に酒を飲み始める。

「お尋ね者なんて優しい言葉を使っていたが、領主に逆らったらよくて処刑、ふつうなら暗殺して知らない間に処理される。……マック、お前は死ぬ気か?」

「甘く見てもらっちゃ困りますよ、カイルさん。死ぬ気はありやせんよ」

ひょっひょっひょっと笑いながら、マックはお酒を満たしたグラスに口を付ける。

「ただこれからの商売は、今まで以上に厳しくなる。それでも旅商人を続けようとするバカな老人に、若い娘を道連れにしちゃあいけんでしょ」

そしてグラスの酒を一気に飲み干す。

「それにねぇカイルさん。あんたはきっと大物になる」

そんなまさかと思いつつ、俺もグラスを煽って酒を飲み始める。

「そんな大物のあんたと俺の娘がくっついたら、俺は大出世になると思いやせんか?」

「ぶぐほぉ!」

とんでもない発言を聞いた俺は、驚きすぎて咽てしまった。

それを見てケタケタ笑っているマック。


「そんなぶっ飛んだ話、俺は信じられんのだがな」

やっと落ち着いた俺がそう返すが、マックは意も返さず

「そうですかい?まぁもし大物になったら俺を御用商人にしてくだせぇよ」

コイツまだそんな戯言を言うのかと、俺はマックを見た時、ついつい口に出して言ってしまった。

「ふん。あんたはやっぱり商売人なんだろうなぁ」

それを聞いたマックは、優しい父親と利益を狙う商売人のどちらも併せ持ったような顔をして笑っていた。


翌日の朝、マックはソフィアと抱き合って別れを惜しんでいた。

俺は昨日とは違うフルフェイスの装備を着て、あれからノースウッドの街がどうなっているのか確認するため、マックの馬車に乗り込んだ。

ノドカは今後一緒に生活するソフィアに基本的な知識を教えるため、今日はソフィアと一緒に拠点に残る。

別れの挨拶を済ませたマックが御者席に座り、馬車は出発する。

「……別れは済んだのか?」

「昨日も言いやしたが、死ぬ気は毛頭もありやせんって」

そう言ってマックは鼻水を啜りながら馬車を走らせるのだった。

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