【KAC2024-5】旅立ちの日に 【はなさないで】

創作感想用の何か(仮)

花ノ木笹葉は、振り返る。

「どうして……どうして、話してくれないんだ!!」


 花ノ木笹葉はなのき ささばは困惑していた。いや、もういっそ少し怒りを覚えつつもあった。幼馴染の井苅言葉いのかり ことはと、ずっと話せていないからだ。事実、それは中学一年の夏から、受験も控えた今まで、ずっとそうだった


 ―― 時は、おおよそ二年前まで遡る。

 二人は幼馴染というだけあって、以前は普通に話していたし、遊んでいたりもした。なんならクラスから幼馴染というだけで夫婦だのなんだのからかわれたりもしたけれど、別にそんなことは大したことなかった。強いて言うなら、言葉が嫌な想いをしていないかが心配だったが、それも大したことはないようだった。

 確かに、ちょっと家が隣で、部屋も窓越しと言ってもよく、親同士も仲が良く、ずっと二人で遊んできた。とはいえ、外でマスクをするのも慣れた、令和の世である今。当然、二人っきりで遊ぶ機会も少なく、二人でお風呂だのなんてのも無いに決まっており、皆が思うほどのいやらしい何かはなかった。ただ、そんなテンプレじみた幼馴染だからといって、恋愛感情なんてものも、全く無かった。


 だから、そういう事を意識することなんて無かったというか、自分と言葉が「そういう関係」になるような想像すらできなかった。親にその事を伝えたら「まあイメージできないものは実現できないからな……」などと流行りの漫画だかアニメかぶれじみたことを言われたりしたが、親までそう言うのなら、そうなのだろう。

 だけど同時に、大切な幼馴染であることに代わりはなかった。だから、ちょっとでも言葉が嫌がるようであれば、囃し立てた彼らには怒るつもりでいたし、逆に言葉が望むのであれば、どうしたものかは分からないけど、そういう関係になる……?というのもやぶさかではなかった。

 当然、あくまで大事なのは言葉の気持ちだ。だが、そこで自分も同じ気持ちじゃないというのも良くない……それも分かるのだが。だけど、言葉が本気で望むのであれば叶えてやりたかった。それが上手くいかないと分かっていてもだ。


 だが、言葉の反応は素っ気ないもので。あくまで自分は幼馴染であって、それ以上でも、それ以下でもない。そのような反応をするものだから、自分も安心したような、それでいて、なんとなく胸がチクチクするような。そんな気持ちになるのであった。


 そして中学一年の夏休み。普段は体育のプールも男女別で交流が無いのだし、たまにはとクラスでプールに行くことになった。流石に、これは自分も少しワクワクした。なにせ小学生の頃は、やれ流行病だとかで学校にも旅行にも行けず、酷い時は外食もなければ、リモート登校とやらでロクに会えもしない事も多かった、それが落ち着いてきた今、こうやって皆で集まれる機会というのは久しぶりだったのだ。

 ただ言葉とは家が隣なので、こっそりと窓で会話するなんて事もしていたが、バレたら大変だったので、親がいる時なんかは極力、控えていた。

 とはいえ成長期も迎えているこの頃、新たに水着を新調しなければならなかったし、なんだか関節も痛いし、だけど夏休みの宿題も計画立てて毎日コツコツやっていたのだから、それらをキッチリこなして約束の日時までに準備を終えるのは大変だった。


 そして久し振りに見た言葉は、なんだか、とても綺麗に見えて、なんだかドキドキした。だけど、きっとそれは見慣れない水着だからだと自分を抑えた。そんないやらしい人間になったつもりはなかった。あくまで、自分は自分。言葉は言葉。そうやって落ち着かせようとするのだが、どうも落ち着かない。ので、ひたすら男子と遊んで紛らわせようとするのだが、ここでもまた彼ら……いや向こうの彼女らにも囃し立てられるのであった。


 やれ、言葉とは付き合わないのかだとか。

 どうせなら二人きりにしてやろうかだとか。

 似た者同士、お似合い夫婦だぜだとか。


 そんな風に言われるものだから、動揺も相まって、どうにかなりそうだったが。だのに言葉は相変わらずの塩対応。なんなら「まだそんなこと言ってるの?」と言わんばかりの目で彼らを見るのだから、なんだかまた、胸に嫌な痛みが走るのであった。


 だからだろうか、そこで、そんなに泳げもしない言葉の浮き輪を、いや泳げるだろうって。二人で遊んでたからこそ、言葉の運動神経を信じ切っていた自分は、それを取ってしまったのだ。それは、深いところでは1.6mある波の出るプールでの事だった。

 そこからは大事件であった。自分が足が届くから、自分より背が高い言葉も足が届くだろう。そう思い込んでいた。だがそれは思い込みで、成長期を迎えていた自分は、既に言葉よりも背が伸びているのであった。10cm程度とはいえ、足が届かないものは届かない。毎日のように見ていたのに、どうしてそんな事に気付かなかったのか。確かに環境だとか理由はあったが、この時まで彼は彼女の変化を見逃していた。

 慌てて助けたものの、当然だがプールの監視員からは怒られるし、言葉は普段からは考えられないくらい泣いていて、男子からも女子からも軽蔑される羽目になった。

 もちろん、何度も本気で謝った、だけど反応が全くない。どうしても無いのだ。


 そして言われたのが、「もう、話さないで」


 その一言だった。ゾッとした。だから、ずっと言葉を宥めていたが、言葉の決意は固く、口をきく事はなかった。だのに恐怖心は消えないのか、怒りからなのか、痛くなるくらいにずっと手を握りしめてくるので、どういう事なんだと分からなくなった。

 だけど、自分は言葉を傷つけてしまったのだと、それだけは理解できた。

 それだけ信用の価値というのは重いのだと、ようやく自分は知ったのだった。


 そこから、地獄の二年が始まるのであった。

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