●43 無双 10
ふと俺の中に、一つのアイディアが生まれていた。それが実際に上手くいくのかどうか、根拠はない。
だが、妙な確信がある。これはいけるぞ――と。
もはや自分自身でも把握できない程の超変化を遂げた今であれば、不可能なことなど、そうそうあるはずがない――と。
「……そうだよな。やっぱ【コレ】しかないよな」
俺は一人、勝手に納得して、うんうん、と頷く。
もちろん聖神らはポカンと口を開けて、そんな俺を見つめているだけ。
そんな呆けた顔の群れに、俺は言った。
「お前らを俺の〝眷属〟にしてやる」
刹那、俺の全身から銀の輝光が放たれる。
無論のこと、ここにある肉体は俺本来のものではない。即席で作った、仮初めのアバターだ。故に、この輝きは肉体からではなく、俺の魂から発せられる輝きだ。
俺はいっそ爽やかなほどの笑みを浮かべ、続ける。
「つまり――お前ら全員、俺の言うことを聞くだけの下僕になれ、ってこった。そうすりゃ命だけなら助けてやるし、俺も面倒くさいことはやらなくて済む。最高の選択肢だろ?」
これ以上、効率的な方法が他にあろうか? いや、ない。
突き詰めて考えると、おそらくはこれがもっとも確実で、もっとも平和的で、もっともあと腐れのない、完璧な最適解なのだ。
「…………………………………………は?」
と、たっぷりの間を置いて首を傾げたのは、アポロン
その他大勢は、総じて石像になったように固まっている。多分だが、俺の言ったことが上手く
「よかったな。あ、でも、こればかりは礼を言っておくぜ。なにせ〝眷属化〟は、【他でもない〝お前ら〟がくれた力なんだからな】。この力のおかげで、俺はお前らを眷属にできる。お前らも殺されることなく、仕事が続けられる。マジ完璧だろ、これ」
俺は全身を覆う銀の煌めきを、右手へと収束させながら嘯く。
ここでちょっとした思考実験だ。想像してみて欲しい。もし俺がこの場にいる聖神の
血も涙もない
こいつら聖神が運営管理している箱庭は一つだけではない。俺達のいた世界と同じようなものが、幾十、幾百と存在する。
こいつらがいなくなったら、それらの管理は誰がする? 箱庭クラスタなどと呼ぶぐらいだ。もしかすると各箱庭には何かしらの相関関係があるかもしれない。箱庭が一つ滅べば、何だかんだ巡り巡って、俺のいた世界にも好ましくない影響が出る可能性もある。
故に、殲滅するという選択肢はなしだ。
気持ち的にはそれぐらいやってやりたいが、昂る激情のまま行動できるほど、俺はもう子供じゃない。
後のことをしっかり考える――それが大人のやり方ってものだ。
――つか、今の俺じゃ、昔みたいに『何もかもをかなぐり捨てて魔王を倒す』なんて真似、もう出来ないかもしれねぇな……
なんて自嘲めいた思考が意識の片隅によぎるが、これは
とはいえ、こいつらをぶっ殺せないのであれば、それはそれで後が怖い。
力尽くでも無理矢理でもロールバックを実行させる、ないしは俺自身の手で実施し、イゾリテを取り戻すのは確定事項だ。そのためなら俺は何でもする。どんな残酷なことも
だが、事が済めば、俺もいずれは箱庭へと戻らなければならない。聖神らが生きている限り、その小さな世界は奴らの掌の上にある。
当然、聖神らは一方的にやられたままではいてくれまい。こいつらは必ず復讐を誓うはず。必ずだ。
だから俺は、それに備えなければならない。
ではどうするか?
その答えが〝眷属化〟だ。
「逃がさねぇぞ」
何人かの聖神がここにきてログアウト――つまりアバターを捨て仮想空間から抜け出そうとした瞬間、俺は力を解放する。
俺の足元から銀色の輝きが全方位に向かって駆け抜け、仮想空間全体に広がる。一瞬にして空間全体へ伝播した力は、転じて
奴らの精神をこの空間へと閉じ込める、力の檻だ。
「逃がすわけねぇだろ? 今更なに逃げようとしてんだお前ら。これは、お前らがやってきた結果だろ? 俺が今、ここにいるのは――何もかも全部、お前らの責任だろ? なら逃げるなよ」
こうなってはもう、聖神らに逃げる術はない。いまや、この仮想空間そのものが俺の
任意の対象を眷属とするには、そいつに触れて〝氣〟を流し込む必要がある。その際、いくつかの条件があったはずだ。
確か、エムリスはこう言っていた。
『当たり前だけど〝眷属化〟は拒絶している相手には施ほどこせない。気を失っている相手にも効果がない。お互いに納得した上で契約を交わして〝眷属化〟する、これが基本にして絶対のルールだ』――と。
だが、今はその絶対のルールを【無視する】。
今の俺にはそれが可能だ。
俺の〝眷属化〟はもはや問答無用。相手の意思など関係なく、無遠慮、無慈悲、そして無造作に
拒絶不可能な絶対屈服。
それが聖神によって〝銀穹の勇者〟に与えた特集能力が一つ〝眷属化〟――その進化形だった。
因果応報。
俺と八悪の因子というイレギュラーこそあれど、もって元凶は聖神らの行いにあるのだ。
同情の余地など微塵もなかった。
「――ば、馬鹿な……」
遠雷のごとく重苦しい呻き声は、
当然だ。俺だってこんなことになるだなんて、想像もしていなかった。
ゼウスの独り言じみた呟きが呼び水となったのか、地に伏していたヘパイストスが我に返ったように、
「――ふ、ふざけ……!」
るな、とでも言いたかったのだろうが、まだ俺から受けたダメージが完全に抜けきっていなかったらしく、そこで
「ゲホッ! ガフッ……! ゲェッ! ……ふっっっざっっっける――!!」
しかし不屈の根性でヘパイストスは身を起こしながら、これでもかと声に力を込め、叫んだ。
「っっっなぁあぁぁああああああああああああああああああああぁッッ!!!!」
猛然と立ち上がり、雄叫びを轟かせる。今の今まで消えかけていたヘラの威光も力を増し、暗紫色の輝きがヘパイストスの全身を覆った。
おっと、こいつはすごいな。パッと見て、まるで主人公のような立ち振る舞いではないか。
不屈の根性で立ち上がる――まるで、そう、いつか魔王に立ち向かった自分達でも見ているかのような気分だ。
ドブ色の輝きを纏い、落ち窪んだ両目に熾火のごとき怨念の光を宿すヘパイストスは、俺を強く睨みつけ、憎悪に塗れた言葉を吐き出す。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなァァァァッッ!!!!」
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