●27 神々の黄昏 2





「……ああ、本当にまったくだ……」


 他には聞こえないよう、口の中だけで小さく呟く。


 それは怒りの声。


 そう、俺は今、かつてないほどに怒りを覚えていた。


 思わず口をいて殺意をこぼしてしまうほど。


 無意識に殺害宣告をしてしまうほど。


 それでいて、怒りの炎は爆発的に燃え上がるわけでもなく。


 ふつふつ、と。まるで熾火おきびのごとく静かに、しかし確実に。


 臨界寸前の原子炉とは、あるいはこういった心持ちに近い状態なのかもしれないな――と、どうでもいいことを頭の片隅で思いながら。


 いやはや、まったく。


 何ともつまらない結末があったものだ。


 灯台下暗しとはまさにこのことだ。


 よもや、味方陣営の中に諸悪しょあく根源こんげんがいただなんてな。


 まったくふざけた展開だよ。


 よくも十年間も騙し続けてきてくれたものだ。


 おかげで、こっちは過去の記憶もこれからの人生もすべて犠牲にしたんだぞ。


 俺一人だけの話じゃない。


 エムリスも、シュラトも、ニニーヴも。


 いや、そもそもの話――今名乗っている名前からして、俺達の本来の名前ではないのだ。


 八悪はちあくの力を得る対価として記憶を差し出した際、本名すら手放してしまったので、仕方なく初代の勇者一行の名前をもらったのだ。


 個人として何より大切な、過去の記憶も、唯一の名前すら差し出して。


 そこまでして魔王を殺して世界を救ったというのに――〝勇者システム〟だと?


 箱庭? 魔王ユニットに英雄ユニット?


 はっ。要は神々のおたわむれ――娯楽だったというわけか、俺達の戦いは。


 いやもう本気でふざけんなよ。


 考えれば考えるほど腹が立ってくる。


 人間の命を、尊厳を、心を何だと思っていやがる。


 許さねぇからな。


 ああそうとも、許せるわけがない。


 こんなふざけた自作自演が許されていいわけがない。


 八百長もいいところじゃねぇか。


 なめるなよ、神様。


 人間の恐ろしさってやつを思い知らせてやる。


「――――」


 俺はそっと息を吐き、自己抑制セルフコントロールした。


 落ち着け。感情が高ぶっているせいで俺の中の〝傲慢〟と〝強欲〟が活性化してしまっている。このままではシュラトのように暴走してしまうかもしれない。


 呼吸を整えて、激情を抑えろ。


 そうだ。怒り狂うべき時は今ではない。この憤怒はしかるべき時に、しかるべき相手にぶつけるまで大切に温存しておくべきだ。


 なにせ、俺達四人は既に【決めた】のだから。


 この世界を創造した神々への――〝反逆はんぎゃく〟を。


 先程、聖神らが世界の滅亡を望んでいないこと、奴らが一枚岩ではないことを【朗報】だと表現したのはこのためだ。


 先述の通り、以上の二点は、たとえ世界の創造主たる神でもあってもすきがあることを示している。


 つまり――


 付け入る満々まんまんなのだ、俺達は。


 見ていろよ、聖神ども。


 お前らが上から目線で見下しているこの俺達の手で、せいぜい吠え面しておけ。


 覚悟しろ。


『――アルサル様、聞こえますか? アルサル様っ』


 お? いきなりの通信理術。女の声――となると、誰何すいかの必要などない。俺をアルサル様と呼ぶ相手など、そう多くはないのだから。


 とはいえ、珍しいな。こいつがこんなに焦った声を出すなんて。


『どうした、イゾリテ?』


『ご覧になられましたか? エムリス様が――』


 生唾なまつば嚥下えんげするような気配。無理もない。師匠と仰ぐ相手が全世界に対して喧嘩を売ったのだから。


 俺はつとめて声音――というか、念話の調子を柔らかくして、


『ああ、それな。大丈夫だ、問題ない。後で説明する』


『……そうですか。わかりました』


 兄とは違って、すんなりとイゾリテは引き下がった。あまりに素直すぎるので、むしろこっちが驚くほどだ。


『あー……俺が言うのも何だが、お師匠様が乱心したっていうのに、随分と落ち着いているんだな?』


『はい。アルサル様が問題ない、後ほど説明してくださるとおっしゃるのであれば、安心しない理由はありません。また、私は師匠マスターのことも信じておりますので』


 しれっとなかなかに気恥ずかしいことを言うので、少し面食らってしまった。


『……ものすごい信頼度だな』


『はい。アルサル様はもちろんのこと、エムリス様も破天荒ではありますが、決して意味のないことをされる方ではありません。私はお二人を信じておりますので』


『……そうか。じゃあまぁ、あいつに代わって礼を言っとくぜ。その調子で、これからもいい弟子でいてやってくれ』


『かしこまりました。アルサル様の御心のままに』


 なんとも従順な少女である。全幅の信頼を寄せられるのは気持ちのいいものだが、同時にそこはかとない重圧プレッシャーを感じる。どうにか期待を裏切らない俺であり続けたいものだ。


『これは一応のご報告ですが、私からは師匠マスターと連絡が取れない状態です。その点についても後ほどご説明いただけるものと信じておりますので』


 なんだ、エムリスの奴、イゾリテとの通信は遮断しているのか。さては〝怠惰〟の影響で面倒くさがったな? いや、それとも説明が難しいからか?


 まぁ、可愛い弟子に余計な話をして意味もなく不安にさせるのは本意ではない、ととらえることも可能か。そこについては俺も同じだしな。


『わかった。ああ、後ついでにお知らせだが、今ちょうどセントミリドガルを陥落としたところだ。国王も王太子も生きたまま確保しているから、安心してくれ』


『了解いたしました。流石はアルサル様です。これほど早く戦いを終わらせてしまわれるとは』


『それでな、詳しい説明は省くが、国王の地位をガルウィンに継承させて王座に就かせる。お前もこれからは王妹おうまいとして頑張ってくれ』


『はい。……………………はい?』


 珍しい。あのイゾリテがノリツッコミみたいな反応をしたぞ。流石のこいつでも予想外に過ぎたらしい。


『だから、ガルウィンにセントミリドガルの王になってもらうんだって。俺の代わりにな。のみならず、なんなら世界の王にまでなってもらうつもりだ』


『お待ちください。理解が追いつきません。何がどうして、そんな話になったのですか?』


 必死に冷静になろうとしているのが、強張った声音からもよくわかった。イゾリテにとっては不本意だろうが、俺としてはちょっと以上に微笑ましい。


『ま、説明はまとめて後でな。ひとまず呑み込んでくれ』


『……かしこまりました』


『ともあれ、ガルウィンとお前の素性を明かした上での正統な王位継承だ。となると、色々と小難しい手続きもあるだろ? イゾリテ、お前の力が必要だ。もう危険はないから、シュラトと一緒にこっちまで来てくれるか?』


『はい、アルサル様の御心のままに』


 どことなく不服そうなオーラが出ていたが、イゾリテは文句も言わず了承してくれた。


 とにもかくにも、これでくだらない戦争はおしまいだ。


 ここからは内政のターンである。


 オグカーバの王位をガルウィンへ。


 これにはジオコーザの廃嫡はいちゃくも必須だろう。あれでも一応は王位継承権第一位だしな。


 ま、王族や国家の細かいしきたりを俺は知らない。興味もない。そのあたりは当事者達に任せるのが一番だ。


 地位と権力を失ったオグカーバとジオコーザの今後も、ガルウィンとイゾリテに一任しよう。色々と複雑だが、肉親同士だからな。


 放逐ほうちくするのか、処刑するのか、あるいは逆に厚遇して飼い殺すのか。好きな方を選べばいい。


 俺はもうジオコーザを一発ぶん殴ってやったしな。溜飲りゅういんは下がっている。


 それよりも、考えるべきはこれからのことだ。


 やるべきことが山積みなのだ。


 イゾリテがこっちに来たら、ガルウィンをセントミリドガルの王にえるのに合わせて、俺はムスペラルバード国王の座から退しりぞくつもりだ。


 そして、色々と面倒もあるだろうが、セントミリドガルとムスペラルバードを併合へいごうさせる。


 ムスペラルバードの国民からは無責任だとかののしられるかもしれない。だが、この短期間でもう二度も王様が変わっているのだ。この際、三度目があってもいいだろうし、暮らしが保証されるのなら、国の名前が変わっても問題はなかろう。


 そも、俺みたいな奴が国王になった経緯からして、大いに間違っていたのだから。


 というわけで、セントミリドガルとムスペラルバードは一つの国となる。


 並行して、進めるべきは魔王エムリスへの対処だ。


 また、破壊された〝龍脈結界〟の穴から流入する魔力への対策も重要である。


 さらには、先を見据えた戦略として北の大国ニルヴァンアイゼンと、西の大国ヴァナルライガーへの平和的侵略か。


 なにせ俺達は、ヴァナルライガーの更に西にある聖神界へと殴り込みをかけようというのだ。


 人界を統一しておかなければ、おちおち戦いにのぞめない。


 もちろん統一された世界の王となるのは、俺ではなくガルウィンなのだが。


 全てが終わり、世界が平和になれば、今度こそ俺はお役御免。


 自由気ままなスローライフの旅を再開できる。


 ま、再開って言っても、今の所のんびり野営できたのはたった一晩だけだけどな。


 しかしまぁ、やるべきことを羅列してみると、やたらと簡単そうに思えるから不思議だ。


 が、実際に行動を起こすにあたっては、めちゃくちゃ面倒なのは想像にかたくない。


「……はぁ……」


 憂鬱ゆううつだ。別段、先が思いやられるというわけでもないのだが。表舞台を去るつもりの俺ですら、やるべきことが多すぎて辟易へきえきしてしまう。


 俺に宿った因子が〝怠惰〟でなくて本当によかった。


 思うに、八悪の因子の中でも〝傲慢〟や〝強欲〟はまだマシな方だ。場合によってはプラスのエネルギーに転化できるからな。シュラトの〝色欲〟や〝暴食〟、ニニーヴの〝嫉妬〟や〝憤怒〟だってそうだ。


 だが、エムリスの〝怠惰〟だけは毛色が違う。あれはエネルギーをマイナスにする因子だ。ある意味、一番やっかいな因子だと言えるだろう。


 そう考えれば、そんな最悪の因子を抱えたエムリスが、わざわざ魔王を名乗ってまでこの世界のために動いているのだ。


 ここで俺が弱音を吐くわけにはいくまい。


 ちょっくら気合いを入れていこうか。


「――さて、忙しくなるぞ……」






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