●24 突然の悪夢の始まり 4




 いつかのアルファドラグーン城でもそうだったが、俺やエムリス、シュラトやニニーヴなどがその気になれば、人間の相手など文字通り『赤子の手をひねる』ようなものだ。


 というか、負ける方が難しい、むしろ。


 頑張って気合いを入れることもなく、ただ単に【抑えていた力を解放する】だけで、威圧感にあてられた相手が戦意喪失したり、場合によっては気を失って倒れたりするのだ。


 呼吸をするだけで地獄を作り出していた魔王と、スケールこそ違えど、存在のベクトルでは似ているのかもしれない。


『あの……アルサル様?』


『お? なんだ、どうしたガルウィン?』


 セントミリドガル王都、南の大通りを肩で風を切りながら歩く俺に、結構な後方に位置するガルウィンが通信を送ってきた。


『その……大変申し訳ありません。確かにこれは、アルサル様のおっしゃる通りでした……!』


『――? 何の話だ?』


 いきなりの話題に、俺は首を傾げる。


 ちなみに、さっきまで俺の進む先にはセントミリドガル兵が待ち構えていたりしていたのだが、今となってはもう誰も出てこない。


 そりゃそうだ。どいつもこいつも、俺の前へ出るなり即座に無力化されるのだ。ほこまじえるいとまもなく。


 普通の奴なら、ビビって出てこられなくなるのが道理である。


『いえ、アルサル様が出撃前に仰っていたことです。〝俺が戦えば誰も傷つかないだろ?〟――と』


『ああ、言ったっけな、そんなこと』


 ガルウィンの言葉に記憶野を刺激されて、思い出す。


『誰一人怪我することも死ぬこともなくセントミリドガルをおとせるんだ。やらない理由はないだろうが』――と、そのようなことを言った覚えがある。


『まったくお言葉通りでした……! もはや戦いにすらなっていませんが、確かにアルサル様おひとりで〝誰一人怪我することも死ぬこともなく〟、全てが終わりそうです。なんと素晴らしい……!』


 しみじみと感慨無量な様子のガルウィン。こいつ、基本的には大声で大騒ぎすることが多いが、たまにイゾリテみたいに静かに盛り上がる時があるよな。こういうところはなんとも兄妹っぽいと思う。いや、実際に腹違いの兄妹ではあるのだが。いやいや、こっちの世界じゃ知られてないだろうが、双子の母親なのだから遺伝子的には冗談抜きで兄妹みたいなものだとは思うのだが――


 などと頭の片隅で思考しつつ、後方のムスペラルバード兵の進軍速度にあわせて歩いているため、微妙に手持ち無沙汰な俺は、


『そうは言っても、魔界での戦いだって似たようなものだっただろ?』


 今回だって変わり映えしないじゃないか、という意味で言うと、


『あの時のアルサル様は剣を抜いていたではありませんか!』


 全然違いますよ! とばかりに強く反発された。


『今回は剣すら抜かず、ただ道を歩くだけで制圧範囲が広がっていくだなんて……なんと素晴すばらしい! 想像以上のすさまじいお力です! このガルウィン、おみそれしました!』


『いやまぁ、流石さすがに人間相手に抜くわけにはいかんだろ……最悪、斬る前に殺しちまうしな』


 何もせず自然体でいるだけの威圧感で、バタバタと倒れていくのだ。少しでも戦意ないし敵意を出して剣を抜いた日には、その〝氣〟だけで常人なら死に至らしめてしまう可能性だってある。


 俺が普段からアイテムボックスにある得物えものを抜かず、みずからの〝氣〟を収束させた〝銀剣〟を使っているのは、そういった理由もあるのだ。


 何故なら敢えて〝氣〟を集中させているだけあって、『流れ弾』がしょうじにくいのである。


『つまり人界においてアルサル様は最強さいきょう無敵むてきと! 古今ここん無双むそうと! そういうわけですね!』


『お前、それ声に出して言うなよ? 恥ずかしい』


 ガルウィンの褒めそやしが通信でよかった。後ろにいるムスペラルバード兵に聞かれてたら恥ずかしいなんてものじゃない。


 いちいち過剰なのだ、ガルウィンの褒め方は。いや、妹のイゾリテも相当なものだが。


『何をおっしゃいますか! このガルウィン、アルサル様をたたえる言葉に何一つ恥じる必要は――!』


 猛然もうぜんと俺の釘刺しに抗議しようとしたガルウィンだったが、


『待て』


 俺は全てを聞く前に制止をかけた。途端、ピタリと舌が止まるのが我が教え子の偉いところである。


『胆力のある【お客さん】だ。お前らは足を止めてちょっと待ってろ』


『はっ! 了解しました!』


 ガルウィンの応答を聞き流しつつ、俺は大通りの真ん中で足を止めた。


 本来であればひといきれでごった返しているはずの王都のメインストリートだが、戦時中ということもあって影を落とすものなど何一つなく、寂寥せきりょうかんに満ちている。


 そんな中、道の向こうから馬に乗って駆けてくる影が無数に。


 最初は足元の石畳いしだたみつたわってきていた震動が、やがて硬いひづめの音をともなっていく。


 先頭の馬に乗っている人物の顔には、見覚えしかない。


 ヴァルトル将軍だ。


「――反逆者アルサルゥゥウウウウウウウウウウゥゥゥッ!!」


 とんでもない形相で馬を駆けさせて来るヴァルトルは、最初からクライマックスだった。怒濤の勢いで迫ってくる。


「おいおい……」


 俺は思わず声を出してしまった。なんだ、あの顔つきは。俺が出て行った時と比べて、ものすごい勢いで悪化しているじゃないか。


 目は充血して真っ赤っか。目尻はつり上がり、口は大きく開き――かつて俺のいた世界で言うところの『般若はんにゃ』のようなつらがまえになっている。


 無骨で大きな鎧姿の上にそんな形相ぎょうそうを乗っけているものだから、とにかく迫力はくりょく半端はんぱなかった。俺が〝勇者〟ではなく普通の兵士だったなら、この時点で小便を漏らしていたかもしれない。


 そんな羅刹らせつと化したヴァルトルの後方には、十騎ほどの騎兵が追従ついじゅうしている。この距離まで俺に近付いても失神していないということは、どうも軍の中からそれなりに胆力にひいでた奴を選別して連れてきたらしい。一応は前回の失敗から学んでいる、ということか。


 だが、俺を相手取るにはあまりにも寡兵かへいに過ぎる。


 既に全員が馬上で剣を抜いているが、俺はこれっぽっちも脅威きょういを感じない。


「ここで会ったが百年めぇぇぇぇッ!! 今日こそ貴様に引導を――!!」


 一切の減速なく突っ込んでくるヴァルトルが、剣を振りかぶりつばを飛ばしながら怒号を放つ。後ろの兵士らも応じて雄叫びをとどろかせた。


 うん、そうだな。わかっているぞ。


 これもう話が通じないやつだな。


 問答無用――そうヴァルトルの顔が言っている。


 俺は、はぁ、と溜息を吐き、


「……もう本当に百年後に来てくれ」


 その場で足踏みを一つ。


 ズドン! と大地が大きく揺れた。


 すぐさま馬のいななきが幾重にも響き渡る。


「う――ぉおおおぉおおおおおおおぉッッ!?」


 一拍遅れてヴァルトルおよび兵士らの悲鳴が続く。


 いきなりの地震に馬が驚き、足並みが乱れたのだ。


 こうなれば速度が売りの騎兵とて、格好かっこうまとである。


「そらよ」


 足踏みした足で、そのまま軽く前蹴りを一発。


 空を切った足先から銀光がひらめき、ヴァルトルら騎兵に向かって勢いよくはしった。


 着弾。


「――ぉおおおおおおおおおおおあああああああああああああっっ!?」


 炸裂する光の爆発に、玩具おもちゃか何かのように馬ごとぶっ飛んでいくヴァルトル達。


 言わずもがな、さっき貴族軍のほとんどを吹き飛ばしたように、それなりに加減はしてある。


 大怪我ぐらいはするかもしれないが、まぁちゃんと鍛えている奴なら死ぬことはないだろう。


 巻き添えを食らった騎馬きばには悪いことをしたと思うが、こっちの世界の馬は骨折した程度では殺されたりしない。回復理術でしっかり治療が可能なので、生きていればまた乗り物として使われるはずだ。馬肉料理になることはあるまい。


「しっかし、気合いだけは大したもんだ。そこにだけは敬意を表するぜ、ヴァルトルさんよ」


 どうせ聞こえないだろうが、俺は見えないところまで吹っ飛んでいった男へ称賛を送る。


 いくら聖神のピアスで正常な判断力を失っているとはいえ、俺の威圧に逆らい、真っ向から立ち向かってくる気概きがいだけはまごうことなき本物だ。


 流石は一国いっこくぐんおさたる男である。


 同じくヴァルトルに率いられていた騎兵達も、人間にしてはいい線をいっている。もしガルウィンやイゾリテのように俺達の眷属になれば、万単位の魔物を単独でほふれるようになるかもしれない。


 まぁ俺達がいる限り、そうなる必要など皆無かいむなのだが。


『ガルウィン、【お客さん】は追い返した。先に進むぞ』


『はっ!』


 招かれざる客人――と言っても、あちらからすれば俺がそうなのだろうが――を手っ取り早く排除した俺は、ガルウィンに通信を送ると歩みを再開した。


 ここでヴァルトル将軍が現れたということは、後はもう王城に到着するまで一切の障害はないと見ていい。


 そう考えると、元は自分が所属していた国とは言え、あまりの薄っぺらさに背筋がぞっとしてしまう。


 ここにエムリスがいたなら、


『だから言ったろう? アルサル、君がこの国の〝かなめいし〟だったんだよ。肝心かんじんかなめ重鎮じゅうちんがいなくなったんだ。どんな組織であれ――それこそ図体が大きければ大きいほど、容易に崩れ落ちるものさ』


 などと得意げな顔をして放言ほうげんしていたに違いない。何故か脳裏にありありと想像できてしまう。


 いなくてよかった。本当に。


「……ま、崩れたんなら最初っから作り直すだけの話だしな」


 一人、虚空に向かって呟く。


 このまま行けば俺の【もくろみ】は問題なく成就じょうじゅするはずだ。


 そうなれば、晴れて自由の身である。


 今度こそ俗世ぞくせを離れて、悠々ゆうゆう自適じてきの生活を送るのだ。


 視線を上げると威風いふう堂々どうどうたるセントミリドガル王城が、天高くそびえているのが見える。


 いや、威風堂々は言い過ぎか。だって〝ズレ〟てるしな。中央で真っ二つにされて、右側が上に、左側が下に。縦方向にガッツリと。


 まったくひどい有様ありさまだ。この世界では珍しい、せっかくの高層こうそう建築けんちくが台無しである。誰だ、あんなことをしたのは。


 俺か。俺だったわ。


 いいさ、なんならあの城もぶっ壊して新しいのを建てればいい。


 上手くいけば人界は大きく変わるのだ。それぐらいは誤差みたいなものである。


 俺は常識的な速度で歩きながら、王城を見上げ、小さく呟いた。


「――というわけで、滅びてもらうぜ、セントミリドガル」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る