●23 勇者の帰還 二回目 2





 ムスペラルバードとセントミリドガルとの国境を守るために築かれた、砂漠の大要塞ヘリオポリス。


 言っちゃ悪いが、俺にとっては何の役にも立たなかった巨大建築物である。


 その足元で、一人でのんびり、趣味の野営にきょうじていたところ。


 俺がミドガルズオルムを撃破してから丸一日を経て、ようやくガルウィンの率いるムスペラルバード軍の先鋒が追いついてきた。


 いや、ようやく、ってのは言い過ぎか。軍隊を動かすには時間も労力もかかるからな。むしろ一部だけとは言え、一日でよくここまで連れてきたものだと褒めてやるべきか。


 いやまぁ、別に連れて来なくてもよかったんだけどな。


 俺一人だけで全てことりるし。


 ぶっちゃけ足手まといまである。


 実際、こうして俺の足が一日近く止まっていたわけだしな。


 とはいえ、これも一応は戦争だ。


 一時いっときのこと――と俺は本気で思っているのだが――とはいえ、今の俺の立場はムスペラルバードの国王。


 公式発表こそしていないが、正真しょうしん正銘しょうめいこの俺が、正式にムスペラルバードの王位を継承した君主なのである。


 別に好きこのんで継いだわけでもないし、何ならシュラトになか脅迫きょうはくされ、ガルウィンやイゾリテにぐいぐい背中を押された結果ではあるのだが――


 俺も大人だ。グチグチと文句を言っても仕方ないことはわかっているし、それなりに立場もわきまえている。


 だからこうして待機していたのだ。


 俺一人だけで戦ったら『戦争』ではなく、『蹂躙じゅうりん』になる――なるほど、イゾリテの言葉は正鵠せいこくている。


 俺自身が散々言っていることだが、人界の『戦争』というのは、どこまで行っても〝人類のもの〟なのだ。


 そこに俺のような化物が介入しては、決して『戦争』とは呼称こしょうできないものへと成り下がる。


 ましてや、人間の配下もともなうこともなく単独で人間の国を攻撃したならば、確かにそれは『蹂躙じゅうりん』と呼ぶ他ない行為となるだろう。


 さながら魔王だ。


 圧倒的な力で、容赦も慈悲もなく相手を叩き潰す――


 そんな悪魔の所業である。


 故にこそ、俺は軍を率いてセントミリドガルに攻め込まなければならない。


 あくまでこれは『戦争』なのだと。人間のいとなみの範疇はんちゅうなのだと。


 そう主張するために。


「――アルサル様ぁあああああっ! 大変お待たせいたしましたぁああああああああっっ!!」


 俺の姿を認めたガルウィンが、相も変わらずの大声を放つ。部隊の先頭に立ち、ぶんぶんと大きく腕を振りながら。


 何だか当たり前のようにガルウィンが軍を率いてやって来ているが、これにはもちろん理由がある。別に旧体制の将軍やら幹部やらをクビにしたというわけではない。


 なにせ急な体制変更――というか、王位の移動である。ただでさえシュラトが王位を簒奪さんだつしたのがショッキングだったというのに、そこから間を置かず俺が国王になったわけで。


 肝心の王族らは重責じゅうせきという肩の荷を下ろして悠悠ゆうゆう自適じてきモードに入ったようだが、当然ながら、そんな王家に長年ながねんかけてつかえてきた連中はそうもいかない。


 激変げきへんする境遇きょうぐうにすんなり順応する者もいるが、無論そうでない者だって存在する。これはまぁ、軍に限らずムスペラルバードの各部門において言えることだが。


 そんなわけで今のムスペラルバードには、面と向かって刃向かう奴こそいないが、俺の命令に従う者もいれば、従わない者だっているのだ。いわゆる『面従めんじゅう腹背ふくはい』ってやつである。


 そういった複雑なパワーバランスを考慮した結果、古参こさんの軍の重鎮じゅうちんらには王都の守護を任せ、ムスペラルバードの一員としては新入りでありながらも新王である俺とは一番付き合いの長いガルウィン――既にイゾリテとともに内政の深いところまで侵入している――を、侵攻部隊の長とすることになったのである。


 ――うん、やっぱりとっととガルウィンとイゾリテを連れて国を出ていきたいなー。可及的速やかに。


 俺はガルウィンに手を振り返しながら、心の底からそう思う。


 大体にして政治せいじというか権謀けんぼう術数じゅっすうというか、そういうのは苦手なのだ。というか、大嫌いだと言っていい。


 出来ることなら、ゴチャゴチャと余計なことなど考えたくない。何事もシンプル・イズ・ベストである。まぁそう簡単にいかないのがつねではあるのだが。


 そういう意味では、小難しいことを考えずに兵を教導していればいいだけの〝戦技指南役〟という役職は、何気に天職だったのだなぁ、と思わなくもない。


「こ、これは……!?」


 大要塞ヘリオポリスの近くまで来たガルウィンが、俺より向こうに広がる光景を目にして絶句する。


「さ、昨日さくじつ、行軍中にこちらの方面から聞こえてきた音は、やはりアルサル様の戦闘によるものでしたか……!」


 ガルウィンに引き連れられてきた連中も、同じく俺の後方を見上げ、それぞれ呻いたり声を上げたりする。


 奴らの見ている方角に何があるのかと言えば、言うまでもなくミドガルズオルムの残骸だ。


 なんせセントミリドガルという国を一つ丸ごと取り囲む超巨大兵器である。


 サイズとしては長城――つまり城壁だ。地上から頂点までの軒高のきだかは、一番高いところでは四十メルトルはあるだろうか。かつて俺がいた世界における高層ビル並である。


 そんな、この世界においては規格外に過ぎるサイズの人工物じんこうぶつ――ん? 聖神が作ったものだから〝神工物じんこうぶつ〟とでも言った方が正確か?――の存在感に、ガルウィンを始めとした連中が目を剥いてしまうのも無理はない。


 俺の斬撃によってぶつ切りにされ、さらには内部からの爆発によって大打撃を受けた超兵器ミドガルズオルムは、しかしそれなりに原形げんけいを残していた。


 よほど装甲が頑丈だったのだろう。もちろんのこと中身はズタズタだろうが、遠目からはまだ十分『巨大な蛇の死骸』というシルエットをたもっている。


 当然、城塞と城塞の繋ぎの部分が破断はだんしていたり、装甲のあちこちがはじけて内部機関が露出していたりと、破壊痕には枚挙まいきょいとまがないが。


「……なんと言いますか、山と見紛みまがう大きさですね……」


 わかってはいましたが……と、鋼鉄の塊と化したミドガルズオルムの遺骸を見つめ、ごくり、と喉を鳴らすガルウィン。


 ここへ来るまでに山脈じみた影は視認していただろうが、改めて至近距離で目にして、その巨大さに圧倒されてしまったらしい。


 早くもムスペラルバード兵の大半が、俺に恐怖の目を向けている。


 さもあらん。


 俺こそは怪物を越える怪物。この山のごとき圧倒的な怪物を無傷でほふった、恐るべき化物ばけものなのだから。


 だが。


「流石です、アルサル様!! 〝銀穹の勇者〟のお力の前では、このような恐ろしい怪物すらも赤子の手をひねるようなものなのですね! 一騎いっき当千とうせん――いえ、万夫ばんぷ不当ふとうとはまさにこのこと! 実にお見事です!!」


 以前まえに魔界での戦いを経たせいか、ガルウィンは嬉々ききとして俺を褒め称えた。


 しかし、こんな風に俺を褒めそやしているガルウィンこそ、その〝銀穹の勇者〟の眷属になったおかげで『人類最強の剣士』と言っても過言ではない存在なんだけどな。


 というか、俺の密かに考案している【思惑】では、できればガルウィンが――イゾリテと協力してでもいいから――ミドガルズオルムを倒すというシナリオが一番よかったのだが。


 しかしながら、いくら何でもこのサイズはちょっとどころではなくキツい。国一つを囲むミドガルズオルムを相手にするということは、つまり国家一つと真っ正面からぶつかり合うことと同義だ。


 やはりこのデカブツをぶっ潰すには、俺か、俺の仲間である三人の誰かでなければ無理だったろう。


 聖神が本気出して製造した『聖具』とは、つまりそれほどの逸物いつぶつだったのだ。


「それでは、このままの勢いでセントミリドガルへと攻め込みましょう! この巨大な鉄の怪物なき今、内輪もめに終始しているセントミリドガルなど恐るるに足らず! 電撃的に王都を落としてしまいましょう!!」


「いやだから、なんでお前はそんなに楽しそうなんだ? マジで」


 ウキウキした顔で北を指差すガルウィンに、俺は堪らずツッコミを入れてしまった。


 これから自分の実父と腹違いの弟に攻め入ろうっていうのに、なんだそのやる気は。


 うん、まぁ、なんだ。確かにガルウィンやイゾリテの境遇を考えれば、オグカーバとジオコーザを恨んでいたっておかしくないとは思うけどな。


 もしかしなくとも浅黒い肌をした爽やかイケメンの腹の底には、ドロドロとした混沌の闇が詰まっていたりするのだろうか。


 いや、やぶ蛇になってもいけないので、これ以上は言及しないでおこう。世の中には、開けてはいけない扉というものがあるのだ。


「いいか、ガルウィン。やる気になっているのはいいが、前にも言ったように俺の前には出るなよ? 敵は俺が全部潰す。お前らは黙って俺の後ろをついてこい。いいな?」


「はい!! 了解しております!!」


 ビシッと音がしそうな勢いで背筋を伸ばし、ムスペラルバード式の敬礼をするガルウィン。緑の瞳がキラキラと輝いて俺を見つめている。こういう眼差しは嬉しい反面、少し空恐ろしくもある。このものすごい期待を裏切ってしまったら、一体どうなってしまうのか――と。


 ガルウィンは鋭い動きで振り返り、自身が連れてきたムスペラルバードの兵士らに声を飛ばす。


「我らが王、アルサル様が進軍する! 総員、決してアルサル様の前へ出てはならぬ! 我らは王の後ろを随行する! これは栄誉あることだ! 胸を張り、正々堂々と! 我らが王に恥をかかせるようなことがあってはならぬ! わかったな!」


 途端、おおおおおおーっ!! と盛大に声が上がる。


 こいつ、少し前にやってきた新入りのくせにもうすっかりムスペラルバード軍の手綱を握ってやがる。なかなかの手腕しゅわんと言っていいだろう。まぁ俺がこいつを育てたのだから、これは手前てまえ味噌みそなのだが。


 それにしても随分と兵の士気が高いな。ああ、そうか。俺がミドガルズオルムを倒したものだから、ちょっと調子づいているのか。俺みたいな化物はちょっと怖いが、それが味方なのだからこんなに心強いことはない――って感じか。


 人間、単純なものである。


「じゃ、行くぞ。少し急ぐからな、ちゃんとついてこいよ」


 そう言って、俺は足に力を籠めた。


 転瞬てんしゅん、その気配を感じ取ったガルウィンがすかさず命令を叫ぶ。


「――総員、理術で身体強化! アルサル様が【走られる】ぞ! 置いていかれないよう全力で走れ!」


 よしよし、察しがよくて素晴らしい。それでこそ俺の教え子だ。


『おおおおおおおおおおおおおお――――――――ッ!!』


 熱砂の大地に鍛えられた戦士達が雄叫びを上げる。


 その野太い合唱を背中に受けながら、俺は駆け出した。


 ドン! と足元を爆発させ一気に飛び出す。


 疾風しっぷう迅雷じんらいの速度で砂漠を馳せ、一息にミドガルズオルムの残骸へと近付き、大きな裂け目の間を通り抜ける。


 もちろん全力疾走とはいかない。そんなことをしたらガルウィンと兵士達がついてこれないからな。俺の感覚では小走り程度に抑えておく。


「うぉおおおおおおおおおおおっ!! アルサル様もっと速度を上げていただいても構いませんよぉおおおおおおおおおぉっ!!」


 俺のすぐ後ろに、まだまだ余裕たっぷりといった様子のガルウィンがついてくる。ムスペラルバード兵はさらにその後ろを必死に追いかけてくる。


 いやいや、お前は俺の眷属になったから余裕だろうが、他の兵士達はそうもいかんだろうが。見ろ、どいつもこいつも輝紋を全力で励起させて、理術で身体能力を全開にして走ってるだろ。


 ま、速度の基準は俺の教え子だった時のジオコーザぐらいに合わせておくか。それぐらいの速度なら、ムスペラルバード兵もどうにかついてこられるだろう、多分。


 つか、ジオコーザのレベルに合わせてもついてこれないならもう知らん。戦わせるつもりはないが、それでも足手まといだ。置いていく。


 セントミリドガルは五大国筆頭だけあって国土も広い。だが、理術を用いて身体能力を向上させた戦士の足なら、本気で走り続ければ半日程度で王都にたどり着くことができるだろう。


 本当なら、俺が全員をまとめて転移させてやれれば一番よかったのだが、流石にそんな芸当ができるのは世界広しと言えどエムリスぐらいだ。


 せめてアルファドラグーンみたいに騎乗用の魔獣が用意できればよかったんだろうけどな。これは俺のせいだが、急な行軍だったので準備する暇がなかったのだ。


 とはいえ、無い物ねだりをするほど無駄な時間もない。


 そんなわけで、我ながら原始的に過ぎると思うが、俺こと〝勇者〟にして臨時ムスペラルバード王であるアルサルの率いる軍は、歩行かちの全力疾走でセントミリドガル王国へと攻め入ったのだった。





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