●14 東国の興り、成長する英雄、新たな最終兵器 6




 これはもちろん俺達がこの世界の住人ではなく、異世界から来た者だという意味もあるが――


「より正確に言えば、【もう人間じゃない】。魔王を倒す直前までは人間だったかもしれないが、そこからはずっと非人間だ。詳しい説明は省くが、色々あって俺達四人は【そういう存在】になったんだ。だから断言する。シュラトは人間じゃない。そして、人間じゃない奴のやったことは『人の営み』の範疇には入らない」


 真剣な眼差しで、イゾリテ、ガルウィン、エムリスの順に視線を送る。


「よって、今回ばかりは好きにさせるつもりはない。とにもかくにも直接確認しに行って、事と次第によっちゃあ実力行使だ。以上、何か文句あるか?」


 ふんっ、と胸を反らして居直ると、クスッ、とエムリスが笑った。


「なるほど、そういうことならボクから言うことはもう何もないよ。君の中で理屈が通っているというなら、好きにするといい」


 などと偉そうなことまでのたまう始末。


 よくもまぁ、ここまで上手に仮面を被って演技ができるものだ。さっきは自分の責任だの何だのと言っていじけていたくせに――と、そういった思いを込めた視線を向ける。すると、それを察したかのようにエムリスはさっと顔を逸らし、ガルウィン達に水を向けた。


「というわけらしい。残念ながらアルサルは自分の中で理論武装しているようだから、君達の希望には沿えないそうだよ。また次の機会を心待ちにしようか」


 わざとらしく肩をすくめて、仕方ないなぁ、とでも言いたげに苦笑する。


 いや理論武装ってお前な。それじゃ俺が屁理屈をこねているみたいだろうが。随分な言い方をしてくれるじゃないか。


「ではもし、シュラト様を実力行使で止めたとしても……」


「そのままムスペラルバードの王位は手にされない、と」


 もったいない、みたいな顔を向けてくるガルウィンとイゾリテ。


 俺は当然のこと、


「いらん。王位なんてものはかせにしかならないだろ。金なら退職金がたんまりあるんだ。実際、ここまでずっと宿に泊まるときは最上級の部屋だったろうが。あれ一応俺が出してるんだからな。昨晩もこの温泉宿でいい部屋に泊まっただろ? 王様になったらこんな旅も自由に出来なくなるんだぞ。冗談じゃねぇって話だ」


 がんとしてゆずらない。


 一国の王ですら俺から見れば窮屈に見えるのだ。世界規模の王なんぞになったら、どれだけ自由を制限されるかわかったものではない。


 たくさんの金と自由気ままな立場――今ほど幸せな境遇もそうはあるまいて。


 俺は今の自分の立場がどれほど恵まれたものであるかを、これ以上ないほど理解しているのである。


「ちなみに、肝心のシュラトが【偽物】だったらどうするんだい、アルサル?」


「偽物?」


 エムリスの思わぬ角度からの突っ込みに、俺は虚を衝かれた。


「そう、勝手に〝金剛の闘戦士〟シュラトの名を名乗っている不届き者だったら? その場合は君の理屈で言うと『人間』ってことになるけれど」


 なるほど、その発想はなかった。


 が、確かに可能性はある。


 もちろん、ただの人間に五大国の一つであるムスペラルバードを四半日で制圧し、王位を簒奪するなどという真似が出来てたまるものか――とは思うが。


 それでもむしろ、俺達の知るシュラトの性格から考えれば、そっちの方がまだ可能性が高いまであるのだ。


 しかし。


「――仲間の名前を勝手にかたって舐めたことやってる奴を放置できるわけねーだろ。その場合も容赦なくとっちめてやる。むしろ余計にぶっ飛ばすぞ。二度とそんな馬鹿なことをしようだなんて思わないぐらい、徹底的にな」


 仮定の話ではあるが、言っている内に段々と腹が立ってきた。


 どこの馬鹿かは知らないが、そんなふざけた野郎がいたら絶対にただでは置かない。


 迷惑めいわく千万せんばんきわまりないとは、まさにこのことだ。


「そうか。いや、うん、そうだね。こちらから言っておいて何だけど、それにはボクも同意するよ。もしそんな不届き者がいたら、以降も同じようなことを考えるお馬鹿さんが出ないよう、入念につぶして見せしめにしようじゃあないか。首はどこに飾ったら効果的かな?」


「……俺が言うのも何だが、加減はしろよ? 一応、殺すのはなしだからな……?」


 同感の意を表したエムリスが、どこか楽しげに物騒過ぎることを言い出したので、思わず甘引きした俺はぬるいことを言ってしまう。


 いや首をどこかに飾る時点で色々とオーバーキルだからな。マジで。


「そういうわけだ。期待に沿えなくて悪いが、俺は『世界の王』なんて目指さないからな。というかだな……いい加減かげんあきらめろよ、お前らも……」


 ガルウィンとイゾリテに向かって俺は断固として主張したが、その直後には気が抜けたような溜息を禁じ得なかった。


 まったくもって二人の往生際の悪さがすごい。何度も断っているというのに、俺を王にして仕えるという希望をまったく捨てないのだ。


 ここまで来るといっそゾンビのようで、少々恐ろしくなってくる。


「いいえ! 諦めるなんてとんでもありません!」


「この世界を最も正しい方角へと導くのは、アルサル様を置いて他に存在しません。世界平和のため、ひいては私達兄妹のためにも、念願が叶うまで諦めることは絶対にありません」


 ガルウィンは大声でハッキリと。イゾリテは淡々と、しかし熱心に。


 前のめりに不退転の決意を語る。


 いや、まぁ、意志が強いのはいいことだ。夢を諦めないってのもいいことだ。こういう二人だからこそ俺もエムリスも眷属にしたのだし、成長が早いのも頷ける話ではある。


 が、それとこれとは話が別だ。というか、別にさせてくれ。


「愛されているねぇ、アルサル」


「愛って何だよ、愛って……」


 揶揄やゆするようにクツクツと笑うエムリスに、俺は哲学的な問いを返すしかない。


「ところで話はガラリと変わるけれど。他のニュースには目を通したかい、アルサル?」


「他のニュース?」


 そういえば、一面の見出しがあまりに鮮烈すぎて、そこで新聞を読む手が止まっていた。


 が、特段のことがないのにエムリスがこんな質問をしてくることはあるまい。


「……何かあったのか?」


 少々嫌な予感を覚えつつ、俺は声を低めて聞き返す。


「ああ、そう身構えなくても大丈夫さ。どちらかというと、君にとっては胸のすくお知らせなんじゃないかな?」


 そう言って、エムリスが宙に指を滑らせる。何かと思いきや、魔力でテーブルの上に置いてあった新聞を動かしたようだ。手も触れていないのに、新聞紙が浮かび上がってページをめくり、俺の眼前へとやってくる。


 そこには、


「――セントミリドガル王国、敗色濃厚?」


 との報が記載されていたのであった。





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