●14 東国の興り、成長する英雄、新たな最終兵器 4




「ああ、あまり気にしなくても大丈夫だよ。これでもかなり回復してきているんだ。特に魔力を使うと、体の中に溜まっていたる〝怠惰〟の因子が減少するみたいでね。その分、反動で〝残虐〟の因子が元気になるようだけれど。このあたりはどうにかバランスを取っていかないといけないね。最近になってようやく検証することが可能になったから、まだまだ確かめないといけないことがたくさんあるよ」


 エムリスの『告白』を黙って聞いていると、どこか言い訳じみたことを言った。そんな体勢で『気にしなくても大丈夫』と言われて、本当に気にしない馬鹿がどこにいるというのだ。


「それでね、アルサル。どうしてこんな恥を晒すような話をしているのかと言うとね、ボクと同じことがシュラトにも起こったんじゃないかと思うからなんだ。ほら、シュラトも大概たいがい、友達を作るのが苦手なタイプだったろう? 無口だし、あんまり表情変わらないし、喋ったら喋ったでびっくりするほど声が低いし。だからこそ〝色欲〟と〝暴食〟を担当してもらったのだけど」


 俺は十年前、一緒に魔王軍と戦った仲間のことを思い出す。


 シュラトは〝金剛の闘戦士〟――その名にふさわしい巨躯とパワーを持った屈強な戦士だった。


 力こそ正義。パワー・イズ・ジャスティス。そんな言葉を体現するような、近接戦闘の鬼。


 魔術を使うエムリスとは、まさに真逆のタイプである。


「――もし、シュラトがひとりぼっちでいたがゆえに八悪の因子が暴走して、今回のような暴挙ぼうきょに出たのだとしたら……それはボクの責任でもある。十年前、この世界に『八悪』の概念を呼び込んで体に宿そうと提案したのは、他ならぬボクだ。そう、ろくに正体もわかっていないものを利用して魔王を倒そうと言い出したのはこのボクなんだ。だから……」


 小さな子供のように体を丸めているエムリスの表情は、俺には見えない。見えないが――まぁ、大体想像はつく。


 だから、俺に言える言葉はただ一つ。


「アホかお前は」


 それだけを言うつもりだったが、つい鼻で笑うという行為まで追加してしまった。


 はん、といかにも小馬鹿にしたような笑い方をしてしまう。


 それがあまりにショッキングだったのだろう。


「な……!?」


 ガバッ、とビクついた猫みたいな挙動で、エムリスが頭を上げてこっちを見た。ひどい罵声ばせいを浴びせられた、みたいな顔で俺を凝視する。


 別に〝傲慢〟が活性化したわけでもないが、こちとらすいいもあまいも噛み分けた――とまではいかないが、そこそこ味わった大人なのだ。十年間ぼっちで引きこもっていた奴とは。積み上げた人生経験の厚みに大差があるのである。


「なに悲劇のヒロインぶってんだ。似合わないにも程があるだろ。一体何を勘違いしているのかは知らんが、十年前のことは【俺達全員が満場一致で決めたこと】だろ。勝手にお前一人の責任にするなよな。そういうのは〝傲慢〟って言うんだぞ、ゴーマン。というか、どっちかと言うと俺の役割だろうが、それ。まったくお前らしくもない。気持ち悪いからやめてくれ、本気で」


 ついきょうって、ははん、と嘲笑ちょうしょうまでしてしまった。わざとらしく肩をすくめて、完全に煽りモードである。


「な、な、な――!?」


 変な体勢のまま、エムリスが白皙はくせきの顔を真っ赤に染めていく。振り向いた猫みたいな体が小刻みに震え、徐々に振り幅が大きくなってきた。


「まぁでも? そうやって殊勝にしているのは確かに可愛らしいけどな? 見た目は子供のまんまだし、実年齢は言わなきゃわからないからな。薄幸の美少女ってやつ? くくく……似合ってる似合ってる。すげーお似合いだよ」


 こういうの前にいた世界では『草が生える』って言ってたっけな。俺は手で口元を押さえて、プークスクス、とわざとらしい笑い方をする。うん、我ながらどう見ても嫌な感じのするオッサンである。自分からやっておいて何だが、ちょっと演出過剰だったかもしれない。


「こ、この――言わせておけばぁっ!」


 怒髪天を衝く勢いでエムリスが身を起こし、口を大きく開いて怒号を上げた。


 まったく、ここが亜空間でよかった。ガルウィンやイゾリテに聞かれる心配がないからな。ちなみにこの内緒話をするあいだ、二人には温泉宿のラウンジで休息を取ってもらっている。


「きゃ、かっ、勝手にゃ、勝手なことっ! びゃ、ばっか、ひ、言っ――言ってぇっ! きょ、このぉっ、なんっ、あー、えっ、その、なんっ――ば、ばかぁっ!!」


「いや言えてないしな。噛みまくってるしな。言いたいことをちゃんとまとめてから喋ろうぜ? 子供かな?」


 一気に興奮しすぎたせいか舌が回っていない――というか度々たびたび、声も裏返っている――エムリスに、俺はよせばいいのに茶々ちゃちゃを入れてしまう。


「むがぁぁぁぁーっ!!」


 本当に子供みたいに両腕を振り上げて怒るエムリス。まぁ、さっきみたいに魔力を使って攻撃してこないだけ、まだ理性は残っているようだ。精神が乱れた状態で魔術を行使したら、何が起こるかわからないからな。


 俺は片手を上げ、掌を向ける。


「まぁ落ち着けって。閑話かんわ休題きゅうだいだ。とにかくお前の言いたいことはわかった。シュラトがやらかしたかもしれない件について、責任を感じてるってことだろ? オッケー理解した。というか最初からそう言えよ、意味もなく俺をあおるんじゃなくて。――十年じゅうねんとうが百年ひゃくねんとうが【仲間】だろ? 俺達は」


「……………………ごめん……」


 余計な遠回りとか変な気の使い方をするな、という俺の主張に、エムリスはしばしの沈黙を挟んだ後、素直に謝罪した。


 この宿泊専用の亜空間で話がある、と最初に言い出したのはエムリスだ。


 何かと思ったが、結局のところ、先程の発言が全てだったということだ。


『――もし、シュラトがひとりぼっちでいたがゆえに八悪の因子が暴走して、今回のような暴挙ぼうきょに出たのだとしたら……それはボクの責任でもある。十年前、この世界に『八悪』の概念を呼び込んで体に宿そうと提案したのは、他ならぬボクだ。そう、ろくに正体もわかっていないものを利用して魔王を倒そうと言い出したのはこのボクなんだ。だから……』


 色々と言っていたようだが、要するに俺をムスペラルバードに向かわせたかった、の一点に尽きるわけだ。


 まったく。俺を上手く誘導しないとシュラトのところに行かないとでも思ったのだろうか。


 何気にそのあたりが一番腹の立つ俺なのであった。


「そんじゃま、シュラトのところには行く、ガルウィンとイゾリテも連れて行く――ってことで決まりだな。ほれ、行くぞ」


 善は急げとばかりに立ち上がると、エムリスは困惑気味に不思議そうな目を向けてくる。


「え……? で、でも二人に説明するって話は……?」


 どうするんだい? と言いたげな顔をするので、ふん、と俺は鼻息を一つ。


「そんなもんどうにかするに決まってるだろ。シュラトのところにガルウィンとイゾリテも連れて行く、ってのはもう決定事項だ。なら後は上手く辻褄を合わせるだけだろうが。大体、お前が言ったんだぜ?」


「え……?」


「基本は俺に任せる、主導権は俺にある――ってな。そう言ったのは他でもないお前だろうが。悪いがもう決定権は渡さないぞ。お望み通り俺が全部決めてやるよ。ちなみに文句のたぐいには耳を貸さないからな。いいから黙って俺について来い」


 そう言い置き、俺は亜空間のリビングルームを辞する。


 外の空間へと繋がる出入り口の前で立ち止まり、軽く笑って、


「――勇者を舐めんなよ? 伊達だてに魔王を倒しちゃいないんだ。不可能を可能にすることぐらい、造作もねぇって話だよ。十年前みたいに、大船に乗ったつもりで俺に任せとけ」


 我ながら大言壮語に過ぎるかな、と思いつつも、今度こそ俺は亜空間テントから退室した。


「……………………しってるよ、ばか……」


 そんな小さな声が背中に当たったような気もするが、おそらく空耳だろう。そういうことにしておく。


 さて――ガルウィンとイゾリテには何と説明したものだろうか。






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