●10 地獄の戦場 11








 我ながら健闘しているものだ、とガルウィンは思う。


 アルサルの〝〟を受けて眷属けんぞくになったことで、身体能力は飛躍的に向上した。もはや昨日までの自分とは別の生物になったかのようだ。


 理力りりょくも充実している。体内の貯蔵タンクを丸ごと入れ替えたかのごとく、大量にして質の高い理力が全身を駆けめぐっているのを感じる。


 だからこそ、強大な威力の反面、消耗の激しい〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉を連発することも出来ているのだが――


「おおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」


 これでもう何発目の剣理術だろうか。〈赫奕かくやく紅蓮剣ぐれんけん〉――刀身に纏った劫火を全方位に向けて薙ぎ払う剣理術を発動させ、周囲に迫ってきた魔物の群れを牽制けんせいする。


 すかさず腰を落とし、全身に力を込め、


「――〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉っっっ!!!」


 大技を敢行かんこうした。


 山吹色のきらめきがほとばしり、光の斬撃が疾走する。


 前方に向かって扇状に広がる熱閃を放つガルウィンの必殺技は、数にして数百から千の魔物を一度に消滅させることができる。


 この剣理術をもってすれば、たとえ相手が貴族アリストクラットクラスの竜種であろうともほうむれるだろう――とアルサルからお墨付きをもらっている。


 妹イゾリテの魔術と比べれば射程範囲や攻撃範囲の面でおくれを取るが、その分、の速さと回転数でまさる。


 まさしく前衛型と後衛型の違いであった。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 息が上がる。いくら〝眷属化〟によって凄まじい恩恵が与えられているとはいえ、やはり限界はある。


 既に五千近くの魔物をほふったと思うが、未だ迫り来る魔物の勢いは衰えを知らない。


 だが同時に、これだけ酷使しているというのにアルサルから預かった勇者の剣は刃こぼれ一つせず、切れ味が落ちることもない。使い始めてからずっと、ガルウィンの戦いを支えてくれていた。


 不思議なことに、使い慣れない剣だというのに違和感が全くない。他人の剣なのだから多少は使いにくさがあってもおかしくないはずだが、何故だか手に馴染んでいる。まるで、何年も前から愛用していた得物えもののように。


「――まだ、まだぁっ!」


 だからガルウィンは戦意を吼え、剣を構える。


 そこへ、


「お? あっちはカタがついたみたいだな。じゃ、こっちもそろそろお開きとするか。もういいぞ、ガルウィン」


「え……?」


 唐突にアルサルの声が、またしても思いがけず至近から聞こえ、ガルウィンは驚く。


 どうやって忍び寄ったのか、やはり振り向けばアルサルがいた。


「というか、今の見えてなかっただろお前。上でイゾリテの魔術が発動したのわかったか?」


「イゾリテの魔術ですかっ!? い、いえ、自分はそれどころでは……」


 まったく覚えがない。目の前の敵を倒すことに集中していて、そちらへの注意は完全におろそかになっていた。


「ま、仕方ないか。〝眷属化〟で手に入れた力の試運転中だったわけだからな。だが、味方の動向をリアルタイムで把握するのは必須技能だぞ。次は気をつけろよ?」


「は、はいっ!」


「ちなみにイゾリテの魔術で一回、エムリスので一回、都合二回の雷属性の魔術が発動した。見てみろ、飛行型の奴らが一掃されてるだろう?」


 言われて、慌てて頭上へと視線を向けた。


「確かに……」


 先刻のアルサルの『大切断』の直前、空中へ飛び上がっていったはずの魔物の姿が綺麗さっぱり消えている。


 雷属性の魔術ということは、それなりに派手な光と音を伴っていたはずだが――まるで覚えがない。自身の放つ〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉の陰に隠れてしまっていたのだろうか。


 我ながら随分と追い詰められていたのだな、と他人事のように認識する。


「――しかし、アルサル様。本当にあなた様はすごい御方おかたですね……」


「ん? 何だよ急に」


 話の流れを無視して褒めそやしてきたガルウィンに、アルサルが軽く眉をひそめる。


 だが、ガルウィンとしてはそうも言いたくもなる。何故なら――


「見てください、アルサル様が自分のそばにいるだけで、魔物が全然近付いてきません」


 そう、さっきまで猛り狂ってガルウィンを惨殺せんとしていた魔物の大群が、アルサルとの会話が始まった途端、全く動かなくなったのだ。


 唸り声を上げ、しかし遠巻きにこちらの様子をうかがっているだけ。


 言わずもがな、アルサルを恐れているのだ。知性のない魔物が、本能的に。


「だろうな。魔物はほとんど知性がないから、本能で相手の強さを嗅ぎ分けてる。ちょっとでもビビったら近付いてこないのが普通だ。本能的に負けることがわかってるのに、それでも突っかかってくるのは知性とプライドを持つ魔族ぐらいだな。あいつらは本当に始末に負えないから困るぜ」


 やれやれ、と当たり前のように現状を受け入れて愚痴をこぼすアルサル。テンションがローチェアでコーヒーを飲んでいる時とほとんど変わらない。


 ここは魔物の大群の真っ只中なのですが――と言いたくなるガルウィンだったが、言っても無駄なので口にはしなかった。


「そういえば、先程の西方十二魔天将もそうでしたね。見る限り、プライドのかたまりのようでした」


 ともあれアルサルがいてくれるおかげで一息つける。ガルウィンは会話しつつ、呼吸を整えた。


「上級魔族になると大抵があんなもんだ。知性があるってのに話にならないからな。どっちにせよ戦う他ないってんなら、魔物も魔族も同じなんだよな。ぶっ殺すしか手がない」


 知性のない魔物は本能だけで襲いかかってくる。知性のある魔族は、しかしその矜持きょうじがゆえに話し合いができない。


 なるほど、人類と魔族が共生できないわけだ――とガルウィンも納得してしまう。


「だから思い知らせてやらねーとな。俺達に近付いたらどうなるかってことを」


 そう言って、ポン、とアルサルがガルウィンの肩を軽く叩いた。


 そのままガルウィンのわきを抜け、前へ出る。


「ま、エムリスの宣言で『果ての山脈』が吹っ飛んだのは人類側からの攻撃じゃない、ってことは伝わっただろ。後は、改めて人界には【俺達がいる】ってことを骨の髄まで刻みつけて、こっちに手出しできないようにしてやるだけだ」


 アルサルが足を進めると、その分だけ魔物の群れが後ろに下がる。さながら、不可視のオーラにされているかのごとく。


「――なぁ、そうだろ?」


 と、これまでガルウィンに語りかけていたアルサルの声音が、明らかに転調した。ガルウィンにではなく、別の誰かに矛先を向けたかのような、そんな変化だった。


「見てるんだろ? 盗み聞きしてるんだろ? わかってんだよ、そろそろ観念して出て来いよ。さもないと――」


 次の瞬間、肌があわつほど恐ろしい声が響いた。




「力尽くで引きずり出すぞ」




 銀光がひらめいた。


 大気が爆発し、腹の底を打つ重低音が響き渡る。


 アルサルの体から銀の輝きがほとばしったかと思うと、衝撃が怒濤どとうとなって放たれ、一気に駆け抜けた。


 進行方向を塞いでいた魔物の群れは、決河けっかの勢いではしる銀光に吹き飛ばされ、そのまま声もなく光の中で消滅していく。


 高空から見れば、アルサルの銀光は東に向かって疾走しているのがわかっただろう。


 その先にあるのは『魔界の玄関口』とも呼ばれる、岩と土と砂だけしかない不毛ふもう荒野こうやだ。


 その一角に、巨人の剣がごとき銀光が突き刺さる。


 炸裂。


 爆音が弾け、一瞬にして巨大な土煙が舞い上がった。


「――――」


 山のごとく、もうもうと立ちのぼる爆煙。


 あまりにも一瞬の出来事すぎて、ガルウィンはまるで反応できなかった。


 まばたきをしたら遠くで大爆発が起きた――体感としてはそう言っても過言ではなかった。


「ア、アルサル、様……?」


 突然の独り言と、過剰なまでに強烈な銀光の一撃。


 すわ乱心か――とも思ったが、違う。


 次の瞬間、巨壁のような土煙の向こうで、空間がひずむのを感じた。


「――!?」





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