●8 果ての山脈にて 6
まず最初に、俺がエムリスに対して、ガルウィンとイゾリテの家庭の事情を説明した。
どんな話をするにしても、前提条件の共有は必要だったのだ。
もちろんテントを広げたり、タープを設置したり、焚き火を起こしたり、一時の生活空間を用意しながらだったが。
「へぇ、君達があの陛下の? いや、ボクはそのジオコーザとかいう王子とも会ったことはないから何とも言えないのだけど。しかし、あのオグカーバ陛下がねぇ。真面目そうに見えても、やっぱり男は
「おいやめろ、言い方考えろ」
血を分けた子供の前で『お前の親は性欲が強い』みたいな話をするんじゃない。
「おっと失礼。そうだね、こんな世の中だ。いざという時のために
「だから謝罪した
「うわ、ちょっと……アルサルにだけはそんなこと言われたくないんだけど……ボク引くわー」
「何でだよ……!」
とりあえずガルウィンとイゾリテが、セントミリドガル現国王の隠し子であり、かつては愛妾だった二人の母親がそれぞれペルシヴァル騎士爵、ディンドラン騎士爵へと嫁がされたところまでは説明できた。
「オグカーバ陛下には、本当によくしていただきました。父親として接していただいたことは一度もありませんが、それでも血の繋がりのある人間として多少の特別扱いはしてくださいました。自分がアルサル様の部隊に配属されたのも、その
俺の用意したローチェアに腰掛けたガルウィンは、緑の瞳に焚き火を映しながら静かに語る。
先述の通り、戦技指南役である俺の部隊に配属されるのは、王族や貴族の息子、もしくは使えそうにない『もやし』が大半である。
ガルウィンは見ての通り、前者だ。
ジオコーザなんかは両方の条件を満たしており、王族でありながら『もやし』でもあるという、最悪のパターンだった。
もちろん平民出身の『もやし』も何人かいたが――
ま、今となっては、どいつもこいつも立派に成長したものである。手前味噌になるがセントミリドガル軍の中でも、屈指の戦力に育て上げられたものと自負している。
そう。俺が見せる地獄を体験すれば、どんな軟弱な男でも屈強な戦士へと変貌する――〝勇者〟の教えとはそういうものなのだ。
「ですが、〝これ〟と〝それ〟とは話が別です」
突如、ガルウィンの瞳がギラーンと剣呑な光を放った。
隠し子とはいえ、王族の血を引くだけはある。体内で
「ええ、たとえ大恩ある陛下であろうとも許せないことがあります」
語を継いだのはイゾリテだった。
こちらは仮面のような無表情に静かな声音だったが、
いっそ目の前の焚き火よりも熱を覚えるほどだ。
「一体何をお考えになってのことかは存じ上げません。しかし、かつて魔王を倒し世界を救ったアルサル様を、よりにもよって反逆の罪で処断しようとするなど……言語道断ではありませんか!」
「お兄様、声が大きいです。アルサル様とエムリス様の前ですよ、控えてください」
「あ、ああ、すまない、イゾリテ……」
拳を握って怒鳴り声を上げたガルウィンを、間髪入れずイゾリテがいさめる。この兄妹、見た目こそよく似ているが、中身は正反対なのだ。
言うなれば、ガルウィンは真面目な熱血漢。
イゾリテは、冷静沈着なクールビューティー。
まさに火と氷がごとき、対照的な兄妹だった。
「しかしながら、私も兄と同感です。セントミリドガル王国は選択を
とはいえ、氷に例えられるイゾリテに感情がないわけではなく。その怒りは、むしろ高まるほどに熱が引き、ただただ冷酷さに拍車がかかっていくようだった。
「ですので、イゾリテと共に王都に確認をとり、アルサル様が出奔したという情報が確定したところで、私たちは爵位を捨て領地を飛び出しました。そして理術でアルサル様の行方を捜し……今に至るというわけです」
「いや、それはいくらなんでも
自信満々に、そうして当然ですが何か? みたいな顔で貴族の地位をかなぐり捨ててきたと豪語するガルウィンに、俺は力のない突っ込みしかできない。
しかしそうか、理術で居場所を特定されたか。
そういえばガルウィンとは同じ部隊だったのもあって、お互いの位置情報がわかるよう輝紋に識別コードを登録しあっていたのだ。
それをもとに理術を発動させれば、
ま、GPSみたいなものだと言えばわかりやすいだろうか。
「そもそもアルサル様ほどの御仁が将軍ではなく、戦技指南役などという役職に置かれているのがおかしかったのです。世界を救った功績を考えれば、公爵、ないしは侯爵の地位を用意し、王都に次ぐ領地を与えるのが筋ではありませんか」
「イゾリテの言う通りです! しかし、そのおかげで我ら二人はあなた様と出会い、よしみを結ぶことができたのですから、一方的に責めることもできませんが……くっ!」
淡々とイゾリテがそもそも論を語ると、ガルウィンが暑苦しい勢いで同意した。
しかしながら、もし俺が将軍であった場合は二人と仲良くなる機会などなかっただろうから――と数奇な運命に感謝の念すらあり、なかなかに複雑な心境らしい。
そんな二人の様子を、しかしエムリスは怪訝そうな瞳で見つめ、
「ねぇ、君達……もしかしなくともアルサルに洗脳とかされてないかい?」
などと失礼なことをぶっこきやがった。
「えっ?」
「はい……?」
案の定、ガルウィンとイゾリテは意外そうな反応を返す。
「いや失礼か。本人が目の前にいるってのに、お前は」
俺は冷静に突っ込みを入れつつ、焚き火台に向かって手を伸ばす。
俺がアイテムボックスから取り出した焚き火台には金属のフレームがついており、その上に五徳を設置して、野営用のケトルを置いている。そろそろ湯が沸く頃合いだ。
「だって仕方ないじゃないか。ここまで君に心酔している人間なんて、古今東西いた試しがないだろう? 失礼だとは思うけれど、疑ってしかるべきことだよ」
エムリスは悪びれもしない。傲岸不遜な言葉を聞きながら、俺はケトルを片手にコーヒーを淹れていく。既に人数分のカップを用意し、豆はミルで
「ま、それは確かにな。俺もいまだに、なんでこいつらがこんなに慕ってくれるのか、よく理解してないからな……」
俺のためを思って地位や名誉も捨てて追いかけてきてくれた――そのこと自体は嬉しい。嬉しいが、同時に『ちょっとやりすぎじゃね?』みたいな感覚もあるにはある。
かてて加えて――
ドリッパーに湯を落としながら、チラ、と俺はイゾリテの様子を盗み見る。
『このイゾリテ、以前からあなたをお慕い申しておりました……』
どうにか誤魔化したが、さっきの告白はなんとも強烈だった。
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