●6 指先一つで山を穿つ 6







「本当に申し訳ありません、魔道士殿。この通り、全ては我がきさきの独断専行によるものです。なんとお詫びすればよいものか……」


 うれいをびた顔で、まずは自らが関与したことではないと説明するドレイク国王。うん、そのあたりは見ていれば何となくわかる。


「ふぅん……」


 興味なさそうなエムリスの相槌。目を細め、検分するかのように国王と王妃を交互に眺めた後、


「それで? そう言われて、はいそうですか、とボクが引き下がるとは、まさか思っていないよね?」


 もはや敬語を使うことすら放棄して、横柄な態度を取り出した。


「――ッ!?」


 当然、モルガナ王妃が激発寸前の反応を見せる。すごいぞ、人間の青筋って本当にあんなくっきり浮かぶものなんだな。あのまま放っておけば、本当に憤死してしまいそうな勢いだ。


「……ッ……ッ……!」


 が、ついさっき国王にどやされたばかりだからか、ガチガチに身を固めたまま動こうとはしない。ブチブチと音を立てて親指の爪が噛み千切られていくし、椅子の手すりを砕かんばかりに握り締めているが、この場にいる全員が空気を読んで触れようとはしなかった。


「もちろんです。責任はもって、国王であるこの私にあります。王妃の言いがかりによって生じた被害については、すべてこちらで補償いたしましょう」


 エムリスが礼儀作法を完全に無視しているというのに、それでもドレイク国王は丁寧な対応を見せた。精神的によほど大人なのか、あるいは、それほど〝蒼闇の魔道士〟と呼ばれたエムリスの実力を恐れているのか――まぁ、頼みの軍がなすすべもなく突破されている現状にかんがみると、後者で間違いないだろう。


「すべて、ねぇ?」


 エムリスがやや首を傾けて、意味ありげにドレイク国王の言葉をオウム返しにする。取り返しなどつくはずがない、どれだけ貴重な本が燃えてしまったと思っているんだ――とでも言うかのごとく。


 揶揄するようなエムリスの言葉には答えず、ドレイク国王はこう続けた。


「――ですが、大変申し訳ないことに、まずは言っておかねばならないことがあります」


「何だい、それは?」


 事ここに至って妙な前置きをしてきた国王に、エムリスは退屈げに先をうながした。まるで、何を言われようが自分のやるべきことは決まっている、と態度で示すのように。


 しかし、次なるドレイク国王の言葉には、後ろに控えている俺ですら多少の意表を突かれた。


「私には出来ることと、出来ないことがあります」


「……は?」


 突然の珍妙な発言に、当たり前だがエムリスが眉をひそめた。露骨なほど不快感をあらわして、お前は何を言っているんだ的な声を出す。


「そして、言えることと、言えないことがあります」


 エムリスの反応に構うことなく、ドレイク国王はそう続けた。


 いや、意味がわからない。


 言っちゃあ何だが、国王が言っているのはごく当たり前のことだ。


 人間、出来ることと出来ないことがあるのは当然である。であれば、言えることと、言えないことがあるのもまたしかり。


 だが、それをこのタイミングで敢えて口にしたのは――一体どういう意味があるのか?


「それだけは、まずご理解ください。その上で、お話を続けさせていただきたく思います。蒼闇の魔道士エムリス殿」


 ドレイク国王の目付きは真剣そのもので、こちらをからかう意図があるようには思えない。いや、あの目はむしろ――何かをうったえかけている?


「……ふぅん? まぁいいけど、それで? 結局のところ、ボクの工房に奇襲をかけて燃やした理由については説明してもらえるのかな?」


 エムリスもドレイク国王の態度には思うところがあるようだが、ひとまず話を前に進める気になったらしい。単刀直入に核心かくしんに触れた。


 ドレイク国王は頷きを一つ。


「――今朝方けさがた、そこにおわす〝銀穹の勇者〟アルサル殿が、セントミリドガル王国から反逆罪によって追放されたという情報が入ってまいりました。外交ルートを通じた、正式な通達です」


 俺? と思わず自分の顔を指で差してしまう。というか、何も言わずとも俺が勇者であることに気付いていたんだな。まぁ、俺の顔なら各国の軍が集まる合同演習とかで見る機会もあっただろうしな。


 それに、魔界と隣り合わせで常に危険に晒されている国の王様なんだ。伊達や酔狂では務まるまい。


「その際、セントミリドガル王国からはこのような警告も受けました。曰く『国家転覆を目論んだアルサルをかくまう行為は、我が国への宣戦布告とみなす』と」


 おいおい。とんでもない警告をするな。それは十中八九じゅっちゅうはっくジオコーザあたりが言い出したことに違いあるまい。


 しかし過激に過ぎる。『宣戦布告とみなす』という警句そのものが、既に宣戦布告に等しい。


 アルファドラグーンだけでなく、他の大国にも同じメッセージを送っているのだとしたら、下手すりゃ世界大戦が勃発するぞ。


「これを受け、私共わたしどもはどう対処するかについて会議を開いていたのですが、そのかんに事態を憂慮ゆうりょした我がきさきが兵を動員し、先刻の離れでの爆発を機として、かかる事態を引き起こした次第であります」


 そう言って、ドレイク国王はモルガナ王妃に一瞥を送る。視線に気付いた王妃は、しかしかり、と言うように何度も頭を縦に振った。


「……なるほど。業腹だけれど、どうやらきっかけはボク自身が作ってしまったらしいね。確かに、さっきの爆発はボクの失態だ。実験を失敗させてしまったのだからね。そのことに対する叱責に関しては甘んじて受けよう。それが大切な工房を焼失するほどの間違いかと言われれば、大いに疑問が残るけれどね」


 竜玉の爆発についてはごまかしが利かないと判断したのか、エムリスはあっさり自らの非を認めた。


 謝罪しているようにはとても見えない態度ではあったが。


 少女の姿をした魔道士は、ふぅ、と吐息を一つ。


「……で、つまりこういうことかな? モルガナ王妃は勇者アルサルの古い友人であるボクが、彼を工房に匿っているのではないか――そう思って、襲撃をかけてきたわけだね?」


 エムリスのまとめに、ドレイク国王は頷く。


「アルサル殿らしき人物が城内に入り、魔道士殿の工房の方角へと歩き去って行った――という情報もありました。身内をかばうわけではありませんが、警戒するには充分な状況であったと考えます」


 まぁ、いきなり襲撃するのは拙速だったにせよ、この状況でその情報を無視するのは、確かに無能のすることだ。そういう意味ではモルガナ王妃はやって当然の行動を取ったと言っても過言ではない。


 やり過ぎはやり過ぎではあるが。


「そうかい、それでボクを〝反逆の魔女〟呼ばわりかい。なるほど、随分と頭の回転が速いことだ。確認もせずにそうと断定するとは――ね? いや、確かにアルサルはボクの所にいたし、歓待もしていたからね。あながち間違ってはいないのかな?」


 歓待? 茶の一つも出さず、せっかくの土産を爆発させておいて? とは思うが、表情筋を固めて俺はおくびにも出さない。


 と、ここで一瞬だけ、エムリスのまとう雰囲気が一変した。


「――でも、ボクを〝魔女〟と呼んだ件については、必ず落とし前をつけさせてもらうよ。どんな事情があろうとも、ね」


 ぞっ、と部屋の気温が一気に五度も下がったようだった。


 俺は敢えてエムリスの表情を見なかった。どんな顔付きをしているのか、見ずともわかったからだ。


 ドレイク国王も、近衛兵らも、そしてモルガナ王妃ですらも――恐ろしいものを見たかのように顔を引きらせ、蒼白にし、大きく息を呑んでいた。


 そうさせるだけの表情を、エムリスはしていたのである。


 南無三なむさん――と、そんな言葉が俺の脳裏に浮かぶ。意味は忘れてしまったが。


 んん、とドレイク国王が咳払いをした。それだけでエムリスが凍らせた空気が動き出し、場が仕切り直される。


 次いで、国王はエムリスに送っていた視線の矛先を、俺に向けた。


「……それ故、アルサル殿には特に確認したい。かの国が言う『かつての勇者アルサルは新しき魔王となり、世界征服を目論んでいる』というのは、真実か否か」


 言っていることは馬鹿馬鹿しいの一言に尽きるが、ドレイク国王の顔付きを見るに、冗談ごとでは済ませられない雰囲気だ。


 俺が新しい魔王? 噴飯ものの話だが、ここは真面目に答えなければ後々まずいことになるかもしれない。


 さて、どう答えたものか――と考えている内に、ドレイク国王が言葉を続けた。


此度こたびの一件、確かに我がきさき短慮軽率たんりょけいそつではありますが、それが真実だとすれば決して軽挙妄動けいきょもうどうなどではなく、結果として熟慮断行じゅくりょだんこうであったと評することもできましょう」


 国王だからなのか、それとも彼の性格なのか。やたらと小難しい言い回しを並べ立てているが、要は『世界征服の件が本当なら下げる頭はないぞ』と言っているらしい。


「真相はいかがか、アルサル殿」


 剃刀のごとき視線が、俺の顔に突き刺さる。いやはや、国の頂点に立つ人間という奴はどうしてこう眼光だけはやたらと鋭いのだろうか。どいつもこいつも精神力だけなら魔族の幹部級なのではなかろうか、などと頭の片隅で思う。


 だが、やはり答えは決まっていた。





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