●6 指先一つで山を穿つ 2








 幸いなことに竜玉の爆発による被害は、エムリスが実験場に選んだ広大な平原だけで済んだ。


 まぁこれだけの領域を『だけで済んだ』と言うのは少々おかしいが、とにもかくにも人的被害はなし、アルファドラグーンの王城まで魔力の汚染が届かなかったのは不幸中の幸いと言う他ない。


「実験に失敗はつきものだよ、アルサル。失敗は成功の母だ。どんな成功も数え切れないほどの失敗の屍の上に立っている。だからこれも偉大なる一歩に違いはない」


 いったんは謝罪したが、エムリスは懲りずにまだ言い訳じみたことをのたまう。そんな彼女は、あれだけの爆発だったというのに、無傷どころか何事もなかったかのごとく綺麗なままだ。まぁ、それは俺も同様なのだが。


 前にも言ったかもしれないが、魔王の息吹、ドラゴンの全力ブレスでも傷一つ負わないのが俺達である。それが、魔王を倒した勇者と魔道士という存在ものなのだ。


「たったの一歩にしては、被害が甚大すぎると思うけどな、俺は」


 数千から一万ほどの兵士を集めて訓練できそうな広さの平原だ。それが竜玉の爆発によって一気に荒廃し、高濃度の魔力によって汚染されてしまった。一般人はしばらく、この土地を使うことはできまい。


「大丈夫さ、元から人界は魔力の薄い土地だ。なにせ魔族や魔物がほとんどいないからね。そう長い時間をかけずに大気中に霧散して、すぐ無害化されるさ。まぁ、植物たちには悪いことをしたけれども」


 人間に対しては情が薄いくせに、植物に対しては謝罪めいた言葉を口にするエムリス。そういえば、こいつは昔から少々人間嫌いのがあったっけな。


「でもおかげで色々とわかったことがある。改めて竜玉は危険な代物だとわかった。特にボクぐらいの魔力をあてるとすぐに暴走してしまう。だが、自分で言うのもなんだがボクほどの魔力の持ち主はそういない。ということはだ、一般的な量の魔力をあてればそうそう爆発することはない、ということになる。これは重大な知見だよ。つまり、その……君のお土産の爆発には確かな価値があったんだ。わかるかい?」


「はいはい、別に無理してフォローしようとしなくてもいいぜ。お前にやるつもりで持ってきたんだし、爆発させるのはちょっとばかし予想外だったが、壊されたりする程度のことなら想定してたしな」


 もとより実験道具にされるだろうと思って持参したミアズマガルムの竜玉だ。まさかこんな派手な使われ方をされるとは思わなかったが、消耗品になるだろうことは予想していた。


「なんだい、その言い種は。まるでボクが他人からのもらい物をどんどん使い捨てていくのが当たり前みたいじゃないか。これでもいただいたプレゼントは大切にするタイプなんだぞ、ボクは」


 遠慮なんてしなくていい、という意味で言ったのだが、エムリスは侮辱として受け取ったらしい。頬を膨らませて腕を組み、ふーんだ、とふてくされる。


 まったく、相も変わらずあつかいにくい奴だ。


「知ってるよ、わかってるって。別にお前が俺のプレゼントをないがしろにしたとは思ってないって」


「本当にぃ? なんだかその適当な言い方が、いやに疑わしいんだけどなぁ……」


 表現が悪かったのか、エムリスは胡乱げな視線を向けてくる。これはよくない流れだ。


「あー……それはともかく、あまり強い魔力をあてると竜玉は暴走しちまうことがわかったよな。じゃあ、次はどう改善していけばいいんだ?」


 俺は話題を逸らすため、実験に関する話を振った。


 すると。


「改善? そうだねぇ……」


 思考の材料を与えられたエムリスは、即座に視線を宙に泳がせて思索の海へと没入した。俺が言うのもなんだが、えらくチョロい奴である。


「……基本、魔力は一般的な人間にとっては毒になる。この国でも魔術を扱えるのは訓練を積んだ人間だけだからね。現在いまはどうしようもないけれど、将来的には〝生身で魔力を扱うのはよくない〟という傾向になっていくものと、ボクは予想している。ということは、だ。魔力を扱うのは魔術師ではなく、道具になっていくというのが自然な流れだ」


 実験の改善点を聞いたつもりだったが、エムリスの思考はその前提から始まった。どうも以前から、かなり壮大な計画を考えていたらしい。


「つまり〝魔術道具〟だね。実際に開発された後は〝魔具〟とか〝魔術具〟とかそういった呼び方になるだろうけれど。その手の物が作られていくのは目に見えている。なにせ魔力を扱えない、魔術の知識も持たない人々にも使えるのだからね。瞬く間に流行して、量産に次ぐ量産で、すぐ世界の隅々にまで行き届くことになるだろう」


 何かどこかで似たような話を聞いたことがある気もするが、多分、失われた記憶の一部だろう。文明の発展、技術の進化というのは市井しせいの人々の手に渡って初めて成し遂げたと言えるものだ。その原則を、エムリスも肌で理解しているのだろう。


「魔力と魔術には、理力と理術にない利点がある。ことわり――つまり世界のルールを無視できるところだ。理術は手続きが面倒だからね。同じ現象を起こすにしても、魔術の方が手間がなくて便利だ。つまり、魔術道具というのは作成する際の工程が少ない。設計する上でも量産する上でも、これはかなりの強みだ」


 不意にエムリスが本に座ったまま、両腕を緩く広げた。淡い魔力が小柄で華奢な体から放たれ、平原全体へと広がっていく。


「もちろん小型化だって出来る。いや、魔術道具の小型化は必須だね。そうでないと出回らない。だから――」


 エムリスが両のてのひらを上に向けて、くい、と動かした。途端、草一本なく荒れ果てた大地から、無数に浮き上がるものがある。


「……なんだこれ?」


 俺のすぐ近くからもいくつか浮き上がってきたので、思わず声に出た。


 黒い小石――いや、違う。石というには少しばかり透き通っていて、綺麗だ。


 そう――これは砕けた竜玉だった。


「……もしかして、さっきの破片か?」


「その通り。爆発させてしまったのは想定外だったけれど、これはこれで好都合さ。細かく砕けた竜玉は、それでもなお魔力を生成できるのか? 出来ない場合、どうにか出来るように加工できないか? これは大切な命題だ。上手くいけば魔術道具の開発が一気に現実のものとなる」


 したり顔で頷くエムリス。なるほど、転んでもただでは起きないってか。研究者のかがみってやつだな。


 宙に浮いた竜玉の欠片達が、吸い込まれるようにエムリスの周囲へと集まっていく。そのまま、まるで惑星を取り囲む〝輪っか〟のようになって、宙に浮くエムリスの周囲をグルグルと回り出した。


「というわけで、君のくれたお土産はまだまだ有効活用させてもらうよ。けっして無駄にはしない。それだけは覚えておいてくれたまえ」


 びしっ、と人差し指を突きつけて、エムリスは誇らしげに宣言する。


「はいはい」


 やれやれ、どうにかいい感じのところに着地できたな。話を逸らしたつもりが、一周回って戻ってきたのには少し驚いたが。


「ちなみに、さっきは理力と理術を下げるような話をしてしまったけれど、こっちにも利点がある。というか、魔力も理力も聖力もそれぞれ一長一短があるからね」


 適当な相槌を打ったのにエムリスの話が続いてしまった。こいつ、本当に会話に飢えていたんだな。よく喋る。


理術りじゅつ魔術まじゅつと違って世界のことわりを無視できない。ちゃんとことわりに沿って術式を構築しなければ発動しないんだ。しかし逆に考えれば、それだけ強度があるとも言える。一度完成した術式はそうそう破綻しないし、安定度がとても高い。これは魔術にはない強みだね」


「――ということは、魔術は術式強度が弱くて、破綻しやすいってことか?」


 俺の反問に、しかり、とエムリスは頷く。


「そう。だから魔術道具に込められるのは簡単な術式に限られるね。破綻しようもない、短くて単純な魔術だけに。それでも世界のルールを無視できる分、簡単ながらもそれなりの効果が見込めるはずさ。理力で動く同じような物も作れるだろうけど、手間がかかるから量産速度においては引けを取るだろうね」


 このあたりの話においては、エムリスは魔術や理術の研究者というより、職人しょくにん商人しょうにんのような側面を見せる。まぁ、両方の分野に関して造詣ぞうけいが深いのだろう。研究一辺倒の人格破綻者でないところが、こいつの美点だと俺は思う。


「さらに強度を上げて安全性を高めるなら、その時は聖力せいりょくの出番さ。まぁ、ボクには扱えないからニニーヴや聖神にまつろう人々の協力が必要となるけどね。しかし、そこまでやるとコストがかかりすぎるだろうから、流石に量産には向いていないね。もっとお金がかけられて、大掛かりで、用途の限られたものを開発するのなら、そういった手法の方がいいのだろうけれど」


 ここまで来ると、もはや経営者か社長かという視点の話である。


 と、そんな風にエムリス先生によるありがたい講義を拝聴はいちょうしていると、


「……ん? なんか……焦げ臭くないか?」


 俺はふと鼻に違和感を覚え、くんかくんかと空気を嗅ぎながらそう言った。


「え? さっきの竜玉の爆発には火の気はなかったはずだけど……」


 エムリスは僅かな異臭に気付かないのか、キョトンと小首を傾げた。


 が、俺の研ぎ澄まされた五感は確かなセンサーだ。焦げ臭いと感じたのなら、どこからか匂いが流れてきているのは間違いない。


 俺はゆっくり周囲を見回し、


「――お? あれじゃないのか、匂いの元は」


「え?」


 俺が指差す先にあるのは、天へと昇っていく一条の煙だ。青空を背景に、白煙がもくもくと伸び上がり、まるで雲のようになっている。


「あの方角は……」


 ぽつり、とエムリスが呟いた。


 次の瞬間、はっ、と息を呑む音。


「――ボクの工房じゃないのか!?」






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