第9話




 翌日の新聞の一面を飾ったのは、もちろん謎の巨人たちだった。


■ハワイの謎の巨人は、噴火に巻き込まれ姿を消す


[ホノルル、8月X日]ハワイ島に出現した2体の謎の巨人はカイルア・コナを破壊した後、フアラライ山に移動したが、フアラライ山が突然の噴火。2体はマグマに呑み込まれた。

「ハワイ島の危機は去った」と作戦指揮にあたったアメリカインド太平洋軍のキース・H・タワーズ中将は語った。巨人の正体については、噴火がおさまりしだい発掘して調査すると言うが、700℃〜1400℃もあるマグマの熱で溶解せずに破片が残っている可能性は低いと思われる。

 なお、直前に行われた軍による空爆と噴火の因果関係について、ハワイ火山観測所のハンク・フォアマン研究員は「不明」としている。ちなみに米軍は1935年12月に同じハワイ島のマウナ・ロア山噴火へ爆撃を行ったことがある。これはヒロに向かう溶岩流の流れを変えるために行われたものである。作戦を立案した火山学者トーマス・ジャガー博士は成功したと主張したが、現在では成功したかどうか、懐疑的である。


 キース・H・タワーズ中将は新聞を机の上に叩きつけた。

 既に、フアラライ山で実際に爆撃を行った搭乗員や上級指揮官の証言に基づいて調査委員会がUSARPACに対して責任者の処罰について勧告を行った。爆撃とフアラライ噴火の因果関係は不明なものの、フアラライ山は活火山で、アメリカ地質調査所は噴火の頻度と、火口が町に近いことから「危険性が高い」火山に分類していた。もし万一、溶岩流がカイルア・コナやコナ空港に流れていたら……。イラクやアフガニスタンでいくつもの勲章を授かったタワーズ中将のキャリアに傷がついたではすまされないところだった。

 さらに正体不明の巨人の回収も絶望的。

 唯一の救いは、噴火時に巨人からイジェクトされたと思われる銀色の物体の中にいた男女の身柄を確保したことだった。


 一方で、一部の新聞の科学欄の片隅にはこんな記事が掲載された。


■太陽が知性を持つ? 若き中国人天文学者の仮説に場内騒然


[パリ、8月X日]国際天文学ネットワーク(IAN)の臨時総会で、中国からリモート参加していた若き天文学者が驚きの発言をした。なんと、太陽に知性がある、というのだ。彼は人の顔に似た太陽黒点ILPS9111の口にあたる部分の変化は、地球に向けた会話であり、それに返答することでコンタクトが可能だ、と主張した。しかし、発言の最中に通信が突然遮断された。中国政府によるものと思われる。消息筋によると、中国天文学が世界の笑いものになるのを避けるために行ったようだ。


 記事にある中国の若き天文学者とは曽之金のことである。名前が明記されていないのは、記者も気の毒に思ったのだろう。天文学者にとって研究者生命を絶たれるのは、死に等しい。正直な話、曽は自殺を考えた。しかし、思いとどまったのは愛する妻と、何も知らずに無邪気に笑う産まれたばかりの娘のおかげだ。それと、上司の伍家廉。長期休養、実質上の希望退職を薦めた後、伍は「すまない」と何度も何度も謝った。曽は恐縮して言った。

「伍哥、もうやめてください。あなたは何も悪くない。悪いのは僕です。太陽に知性があるなんて、まったく、どうかしてました」と無理に自嘲して笑った。

 それでも、伍家廉は「すまない」と詫び続ける。太陽知性説を後押ししたこと以外にも謝る理由があるようだが、曽はあえてそれを訊かなかった。

「これからどうするんだ?」

 と伍に訊かれて、曽は答えた。「故郷に帰ります」

「故郷はどこだっけ?」

「西寧市です。青海省の」

「帰ってどうする?」

 何も決めていなかったが、尋ねられて思いつきで答えた。「小学校の校長をしている父に頼んで、教職につければと思ってます。子供たちに天文学の素晴らしさを伝えられたら最高ですね」

 曽は子供の時、父親に連れられて見た青海湖の夜空を思い出した。青海省はチベット高原の一部で、標高が高く、空気は清く澄んでいて、夜空はあまたの星屑で隙間なく埋め尽くされていた。その星の光は遠く離れたところから、何万年、何億年かけて届いた光。無辺際な宇宙に比べたら自分はなんてちっぽけな存在か。曽はふぅと嘆息してから、孟子を口ずさんだ。

「仰不愧於天、俯不怍於人(仰いで天に恥じず、俯いて人に恥じず)」

 伍が困惑した顔をしたので、曽は清々しい顔で言った。

「伍哥、僕は今回のことで自分を恥じていました。でも、やめます。下ばかり向いていたら星が見えませんからね。研究には失敗はつきものです。堂々と上を向いて、これからも星の観測を続けていきます」


          X


 アオ、ノア、美登里、それに日見子とその野郎どもはハワイ島からFBIオフィスのあるオアフ島に連行された。

「してません。俺、操縦なんかしてません」

 FBI捜査官の取り調べに対して、アオ・アカナはそう供述した。

「ほお、そうか」FBI捜査官は表情も変えずに、「操縦はしなかったが、あの中にはいたんだよな?」

「……わかりません」

「わかりませんってことはないだろう。内部はどうなっていた? 何があった? 操縦桿や計器に漢字かロシア文字が書かれてなかったか?」

 矢継ぎ早の質問にアオは声を荒げた。「わかりませんって!」

 しかし、FBI捜査官は氷のような冷たい視線で、「興奮するなよ」

「してません!」

「してないならいい。念の為、もう一度最初から話してくれ」

 やれやれ、いったい何遍話したらいいんだろう。そのうち話の綻びが出たらそこを突くつもりなんだろうが、嘘はついてないので無駄なことだ。

 アオはいったん深呼吸をしてから話を繰り返した。マウナ・ケア山の上に現れたティキ像の形をした不思議な雲、地中から現れた黒い巨人、動画を撮影してYouTubeにアップした後、雲に囲まれて何も見えなくなった。そして、幻覚。

「どんな幻覚?」

「僕は宇宙空間に浮かんでいました。下はどれどろのマグマの海で、上空から巨大な星が落ちてきて、マグマの海にぶつかると、どろどろに溶け合って、そのうち雲が生まれ、白い雨が地上に降り注ぎ、青い海になって島々が……その時、声がしたんです」

「どんな声?」

「神聖な……神の声?」と言って、アオはFBI捜査官の顔色を伺った。

 FBI捜査官は事務的に言った。「続けて」

 アオは肯いて、「その声が言うんです。人間よ、来たれ、って。そうしたら、僕はある島の山の上に降り立って、体が巨大化していった……」


 マジックミラー越しに取り調べを見守っていたウィリアム・バムステッド支局長は、アオの見た幻覚は麻薬のせいかもしれないので、あとで検査するように、と部下に指示した。

 その部下と入れ替わりに、別の捜査官が入ってきて、バムステッドに報告した。

「被疑者と中国の関係ですが、確かに被疑者には中国人の血が混じっていますが、32分の1で、中国系コミュニティとも中国政府とも接触した形跡は見当たりません」

「ご苦労」とバムステッドは肯き、「ところで日本人の女はどうだ? 何か喋ったか?」

「いえ、何も。完全黙秘を続けています」

「やっぱりヤクザなのか?」

「日本の警察に問い合わせましたところ、少なくとも指定暴力団ではないそうです」

「ということは指定されていない暴力団?」

「あるいは右翼団体か。全員がイレズミを入れていることから、どちらかだと思われます」


          X


「美登里!」森園賀津雄は釈放された娘の美登里を迎えにホノルルまでやってきた。昨晩眠れなかったのだろう、目が充血して真っ赤だった。

「ごめんなさい、パパ」美登里は申し訳ない気持ちで頭を下げた。「勝手な行動を取ってパパに心配をかけたのは謝ります。でも、信じて。それ以外には何も悪いことしてないから。FBIに疑われるようなことは何ひとつ。それだけは信じて欲しい」

 賀津雄はふぅとため息をついて、「もちろん信じるよ」

「ありがとう、パパ」

「俺はいいがママもすごく心配してた。連絡しなさい」

「はい」

 美登里はモバイルで日本にいる母親にメッセージを送った。時差があるので、すぐには返事はないだろうと思ったら即座にレスがきた。母親も心配で一睡もしなかったようだ。

 母娘がレスのやりとりをしている間、ノアが賀津雄のところにやってきて、美登里を連れ出したことを詫びた。賀津雄はノアの顎に一発パンチをお見舞いしたい気持ちだったが(アメリカ映画の強い父親ならきっとそうしたことだろう)、理解がある対応をするにとどめた。

 ヤクザたちも釈放された。美登里が大熊の方につかつかと歩み寄ったのに、賀津雄は心臓が止まる思いがした。

「その節はありがとうございました」と美登里は頭を下げた。

「何もしちゃいないがな」と大熊は苦笑した。「けど、お互いに無事で良かった」

「そうですね」

 美登里が父親のところに戻った後、スキンヘッドの男が大熊に言った。「でも、兄貴。これからどうなっちゃうんでしょう? 海幸彦様があんなことになっちまって……」

「あんなことって何だ?」

「何って、火山の噴火に巻き込まれたことですよ」

「それなら大丈夫だ」大熊は自信たっぷりに答えた。

「だ、大丈夫ってことはないでしょう。海幸彦様は海の神様ですから、火には弱い」

「ばっかやろう。おまえ、海幸彦様にはホデリノミコトという異名があるのを忘れたのか」

「ホデリノミコト?」

「漢字で書くと、火の玉の火、照る照る坊主の照、それに命で。つまり、海幸彦様は火にもお強いんだ」

「おお、そいつは知りませんでした。でも水にも火にも強いって、海幸彦様って無敵じゃないですか!」

「おお、そうよ」大熊は可可と大笑いした。

 賀津雄はヤクザたちが話しているのは、日本神話に出てくる海幸彦のことだとすぐにわかった。火山の噴火に巻き込まれたというから謎の巨人の、海だから青い方だろう。

「海から現れた青い巨人が海幸彦なら、山から現れた黒い巨人は山幸彦か? しかし、何で日本の海幸彦・山幸彦がハワイに?」

 父親の呟きを美登里は驚いて、ノアに通訳して教えた。

「どういうことかしら?」

「うーん……」ノアは腕組みしてから、「このホノルルにあるハワイ大学マノア校には、僕の先生であるロジャー・ハマーシュタイン教授がいるんだ。連絡して、話を訊きに行ってみよう」

「はい」


          X


 太平洋統合情報作戦センターのニューマン中佐が興奮した様子でキース・H・タワーズ中将のオフィスにやってきた。

「脱出ポッドと思われる、例の銀色の金属体ですが、分析した結果、ニッケル合金と判明しました」

「何だ、ニッケル合金か」ありふれたものに思えて、キース・H・タワーズ中将はちょっと拍子抜けした。

「ただのニッケル合金じゃありません。成分はありふれたもの、それこそマグマの中に含まれる元素でできていますが、耐熱性、軽量性、それに柔軟性を併せ持ったすぐれものです。これまでにない未知の合金で、どこの国だって喉から手が出るほど欲しい、しかし製造方法がまったくわからない!」

「しかし、存在しているからにはどこかの国が作ったんだろう?」

「そうでしょうか? 巨人のボディに使われた、ロケットもミサイルも通じない謎の金属もそうですが、人間が作ったものではないような気がします」

「人間が作らなくて誰が作るんだ。ま、まさか……」


          X


 香港・マカオより南、つまり低緯度に位置する中国文昌宇宙発射場は、いま、特別な人工衛星の打ち上げの準備中だった。その人工衛星に積まれているものはX線レーザービーム。クリムゾン・キングと呼ばれる太陽黒点にX線を照射するには地上からは無理。というのも地球の大気がX線を吸収するからだ。そのため、宇宙空間から照射しなければならない。

 計画の指揮を執るのは、中国航天部部長(大臣)。国際天文学ネットワーク(IAN)で曽之金のリモート映像の通信を遮断したのも彼の命令によるものだ。彼は曽の太陽知性説をまったく信じていなかったが、それが通信遮断の理由ではない。彼はクリムゾン・キングは宇宙人が太陽表面に投影させたものと考えていて、太陽の自転を遅らせたり、奇跡のような科学技術を持つ宇宙人と、他国に先がけて独占的にコンタクトするために通信を遮断したのだ。

 宇宙人が敵対的宇宙人の可能性もありはしたが、国家安全部からの情報では、既にアメリカも動きだしたそうで、コンタクトを急ぐことにした。アメリカに遅れるわけにはいかない。もし、そんなことになれば、前任者、前々任者に続いて不名誉に解任されることだろう。

シーチューパー……」カウントダウンが始まった。「チーリューウースーサンアルイー、点火!」

 真っ白でスマートなボディの最先端部のフェアリングに真っ赤な五星紅旗を掲げたロケットがいま紅白の煙を吹き上げ発射台から垂直に飛びあがった。

 

                                 (つづく)

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