四章:犯人捜し⑤


(あの戦闘狂おとこより、ヴィーカちゃんのが強かったんですね)


 強い強いというのは聞いていた。実際、小柄な身体つきからは想像できない常人離れした腕力だったり、反射神経も体感している。しかし、まさか『四大』アナベルを倒したルッツより強いとは思っていなかったのだ。いや、ルッツが想像していたより弱かった。


 手段を問わなければヴィクトリアは将軍並みに強いらしい。そして、ルッツは将軍たちに比べると大分弱い。つまり、ルッツは彼女の敵ではない。鍵を壊し、そのまま彼を拘束した手際の良さは純粋に感心してしまった。


 見張りをどうにか出来たため、アナベルは無事物置を抜け出すことが出来た。ただし、今まで着ていた軍服は特注品だ。少し近づけば、出歩いているのが拘束されているはずの王宮魔術師だとすぐにバレてしまう。


 そのため、衛生下士官の軍服をリーゼロッテに借り、印象を変えるためにミアに髪を結ってもらい、眼鏡をカミラに借りた。度の入ったレンズではうまく前が見えないため、魔術で視力は落としている。


 これが昼間だったらこの程度の小細工は通じなかっただろう。しかし、薄闇が味方をしてくれた。何人か兵士の目には映ったはずだが、誰もアナベルを呼び止めることはなかった。


(礼拝堂はこっちだったはず)


 記憶を頼りに礼拝堂に向かう。近づくほど兵士の数が増えていく。王太弟が儀式をしているのだ。礼拝堂周辺を死角なく、兵士が警備をしているのに気づき、アナベルは顔をしかめた。


(これじゃあ、礼拝堂に近づけないじゃないですか)


 さすがに王太弟を護衛する兵士を倒すのはまずい。大事になってしまうし、出来ればひっそりとユストゥスと接触をしたい。どうにか侵入できないかと、建物の陰から礼拝堂を観察する。そして、二ヶ月前に礼拝堂に入ったときのことを思い出した。


 礼拝堂はかなり天井が高かった。普通の建物の二階分以上の高さだ。そして、その天井近くまで細長いステンドグラスが並んでいた。


 改めて礼拝堂の上の方を観察する。ステンドグラス部分と思われる窓のような場所がいくつも並んでいる。礼拝堂の屋根から、あそこを壊して中に入ることが出来るのではないだろうか。


(よし、その作戦で行きましょう)


 礼拝堂は他の建物から距離がある。魔術を使えば、他の建物の屋根から飛び移ることは可能だろう。


 アナベルは来た道を戻り、なんとか屋根に上れそうな場所を探す。一番確実なのは以前ユストゥスに案内してもらった屋根裏だろうが、あそこはジークハルトの私室に近い。おそらく、警備が厳重になっているはずだ。そのため、少し離れた場所から屋根に上ることを選んだ。王城の階段を上っていく。


 しかし、いつまでも幸運は続くものではなかった。


「君」


 途中で、声をかけられてしまったのだ。アナベルは足を止める。


 後ろ――階段の下から聞こえたのは若い女性の声だ。聞き覚えがない、落ち着いた声音だ。


「こんなところでどうしたんだ? 王城内とはいえ、こんな遅い時間に若い女性が一人で歩くのは良くない」


 きっと彼女は親切心からアナベルに声をかけてくれたのだろう。それを無視して逃げるべきか。いや、それはそれで不審がられる。刹那ともいえる短い時間に必死に思考を巡らせる。


 声を聞くかぎりは相手をアナベルは知らない。しかし、向こうはそうではないはずだ。誰もが王宮魔術師の顔は知っている。簡単な変装で誤魔化せるかは怪しい。


「どうした? なぜ、振り返らない」


 心配そうだった声音がどこか訝しむものに変わる。向こうが一歩足を踏み出す音が聞こえた。


 ――もうこれ以上は無理だ。


 一度誤魔化せないか試す。駄目だったら魔術で気絶させる。エーレハイデ人であっても、頭を殴打すればなんとかなるはずだ。


 覚悟を決め、アナベルは振り返った。そして、振り返った直後、アナベルは自身の決断を後悔した。目の前のいる相手が、どうしようもなく誤魔化しが出来ないことを悟った。


 階段の下から、こちらを見上げているのは――エルメンガルトだった。以前応接室で会ったときのように軍服を着ているのは、彼女もルッツと同じように解放されたからだろう。その右手には角灯ランタンが掲げられている。


「――君は……?」


 最初、彼女は不思議そうにこちらを見上げていた。それがすぐに何かに気づいたように目が見開かれる。


「おま――!」


 身体強化魔術を自身にかけたアナベルは階段を飛び降りる。そして、彼女が全てを言い切る前にその口を塞ぎ、近くの扉にその体を押し込んだ。



 ◆



 その部屋は物置のようだった。


 アナベルは床にエルメンガルトを押し倒し、両腕を押さえる。先ほどヴィクトリアがしていたのを見様見真似だ。縄か紐のようなものを持ってくればよかったと後悔する。何も手持ちにないため、相手を縛り上げることも出来ない。


「何でお前がここにいる!!」


 エルメンガルトが大声をあげる。以前も聞いた声音だ。先ほどは落ち着きすぎていて同一人物だと判別が出来なかった。


(あー、どうしましょうか)


 不審がられてもあのまま逃げ切ればよかった。こうなった以上、どうにか彼女を黙らせないといけない。


 一度、駄目元でエルメンガルトに昏倒魔術をかけてみる。しかし、やはりというべきか。彼女が意識を失うことはなかった。女性尉官が怒鳴る。


「元帥閣下の護衛はどうした! こんなところで何をしているんだ!」

「…………はい?」


 アナベルは思わず間抜けな声をあげてしまった。首を傾げる。随分と見当違いな指摘をされたからだ。


(……もしかして、私が拘束されていたことを知らないのでしょうか)


 そんなことを考えている間も、彼女は喧しく騒ぎ、暴れる。


「元帥閣下のお命が狙われているんだぞ! 何のための護衛だ! さっさと仕事に戻れ!!」


(それであれば――)


 もしかしたら、この状況を打開出来るかもしれない。アナベルは彼女に初めて会ったとき――決闘を拒否したとき以来、初めてエルメンガルトと会話をすることを試みた。


 ゆっくりと、冷静な口調で話す。


「護衛も何も、元帥毒殺未遂の疑いがかけられている人間が拘束されているのはご存じでしょう? 私も、その容疑者の一人として別室で軟禁されていたんですよ」


 ぴたりと、エルメンガルトは暴れるのをやめた。目をいっぱいに見開き、こちらを見ている。


「……お前が、容疑者?」

「炊事兵の男の子の手伝いをしたんです。野菜の皮むきです。調理に関わった人間として捕まりました」


 言葉を失う、というのはこのことなのだろう。彼女はポカンとしたまま、何も言わなくなった。やはり、何も知らなかったらしい。


 ――正義感が強くて、親切で、真っすぐで。


 リーゼロッテはエルメンガルトをそう評した。実際、彼女の生真面目さはアナベルも垣間見ている。現在のアナベルの扱いは誰が見ても不可解だ。そして、相性の合わないアナベルとエルメンガルトだが、一点だけ共通点がある。そこから説得の余地はないだろうか。


 真剣なまなざしを彼女に向ける。


「私はジークを殺そうとした犯人を見つけ出したいと思ってます。――貴方もそれに協力してくれませんか?」


 ジークハルトに心酔するオーベルシュタット家の令嬢はこちらをしばらくと呆然としていたが、「もう少し説明をしてくれ」と状況説明を求めてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る