第三三話 アブキールへ集合せよ④

__一九時三〇分ごろ


陽はほとんど落ちかけたが、アルビオン艦はネルソンの名で事前に準備をしていた白いアルビオン海軍旗ホワイト・エンサインと、識別灯のおかげで一切の誤射無く、依然として戦闘を有利に進めていた。


「優勢であることはわかるが……如何せん暗がりで見にくいな……操舵手!慎重に艦隊に迎え!」

東側で戦闘を見守るインディファティガブルからすれば、西側の艦隊は僅かな光でさえ遮り、巨大な影を生み出すため、俺たちは正直なところ、艦影レベルでしか識別ができなくなっていた。


「アイアイ・サー!」

操舵手は重い舵輪を力一杯に回し、インディファティガブルも徐々に船首を曲げてゆく。


「ゼラスはダメージが少なさそうだが、少々敵に手こずっているようだな。」

既にゼラスの相手にしている艦は、マストを破壊され、自力航行不可能なほどに打ちのめされていたが、尚もその艦の艦長は負けを認めず、依然としてガリア国旗をはためかせているのがインディファティガブルの上からでも確認できた。


「艦長、カローデン座礁しました!」

俺は一瞬驚いて振り向く。暗がりの中、大きく船体を傾けるカローデンに、俺は思わず、

「だから警告したというのに、何のための海図だ。」

俺は、カローデンの甲板の上で焦って後悔しているであろうトラウブリッジ海佐にそう呟いた。


「ミュータインとリアンダーは救助と曳航に向かっておりますが、どういたしましょうか?」

操舵手が命令を促す。


「いや、戦闘の応援に回ろう。たった今戦線に参加する予定の艦が二隻失われたばかりだ、せめてスウィフトフシャーやマジェスティックたちを応援した方が良いだろう。ハード・スタボー!」

俺は座礁の度合いに限らず、曳航に三隻は返って危険だと判断し、巨大な敵の旗艦と対峙しているスウィフトフシャーに舵を切らせた。


__二一時


インディファティガブルの戦列艦に艤装する作業も終わり、俺たちはスウィフトフシャーとマジェスティックの交戦している艦の間に移動し、ほとんど攻撃できない二隻の艦首と艦尾に砲火を浴びせ続けた。


「ロリアンが炎上している!」

俺は思わずそう叫んだ。他の乗員はきょとんと首を傾げたが、直ぐにロリアンが敵の旗艦を表していること、そして砲門から炎がちらついていることを理解した。


「急いでここから逃げるぞ、抜錨せよ!」

俺は長い間忘れていたこの海戦の記憶を思い出して、戦慄していた。

確か、俺の読んだある本ではこう書かれていたからだ。


──フランス艦隊の旗艦ロリアン二一時頃に炎上し二二時船倉の火薬に引火し轟沈──


「あの艦は危険だ、もし北海の時のあの敵艦のようになりたくなければ、できるだけ離れるんだ!」

俺は、そこら中の甲板で小火が上がっては鎮火されているロリアンを指差してそう言った。


「あ、アイアイ・サー!抜錨!」

あまりに急な俺の命令に、ロッテは困惑しながら答える。


「艦長、そこまで心配しなくても良いんじゃない?」

ルナはそう言って俺に尋ねた。


「それはそうだが、スウィフトフシャーの艦長はどうやらあの火災をより強めさせるつもりらしい。さっきから砲撃が火災箇所に集中している。」

俺は艦尾まで行って、スウィフトフシャーが敵の燃えている箇所──艦首を指差した。そんな流暢なことを言っている間にも、火災はみるみるうちに広がっていき、火の粉が風に乗ってこちらまでちらほら舞って来た。


「なるほど……確かにそうだね、これはこのままいればいつか燃えちゃいそうだ。」

ルナは納得したようで、自らの持ち場へと戻った。


__二一時三〇分


すでにロリアンとケーブルで繋がっていたガリア艦はケーブルを外し、各々の方向へ逃げ、スウィフトフシャーやマジェスティック、その他付近のアルビオン艦もロリアンから離れ、来る時に備えていた。


「マジェスティックは南下して他のガリア艦と接敵か。」

俺はそのマジェスティックの右舷に位置し、再度戦闘を見守っていた。


「敵旗艦の艦尾で火災発生しました!」

もう二、三度目のロリアンの火災増加の報告に、俺はいつ爆破するのかと、心配そうにロリアンへ目を向けた。


__二二時


俺は、遂にこの時が来たのかと、怖い気持ち反面、興味深さもある奇妙な感情の渦の中で、唾を飲み込みロリアンを見守った。

ロリアンの甲板は既に炎で一杯になり、各艦は三〇分前よりもより遠くへ避難していた。


「始まったか!」

俺は思わずそう叫んだ。


北海の時とは火にならないほどの轟音と、帆が破け材木が木っ端微塵に砕かれ、時々聞こえる嫌な断末魔とそれらが水着し、水飛沫を上げる音が自分の耳を突き抜け、そしてそれらが終わると、無数の火の粉が両艦隊の頭上を舞った。


「旗 ヴァ ガー よ 信 !『手空きの は救 艇を降ろ て を救出 』と こ  す!」

乗員が何かを叫ぶ中、俺は突如脳に走った激痛に悶えていた。手には頭から吹き出すぬるま湯のような液体を押し留めるために頭を抑える。


「 あ  長!」

誰かが声が聞こえて、振り向こうといつもより重い体を動かすが、その途中で再度、頭に強い衝撃が走った。


__???時間後


「──長、艦長!」

誰かが大きな声で俺を揺さぶるのが聞こえた。


「う、ううん……?」

俺はか細いうめき声を上げる。


「ああ、よかった!」

俺がうめき声を上げたことがそんなに嬉しいのか!と、俺は一瞬辺なことを考えたが、背中に布の感触を感じ、俺は、自分が今ハンモックか何かの上で横になっている事が理解できた。


「その声は……メイか?」

俺は冷静に声の主を考察し、よびかけてみる。呼びかけてみる。


「は、はい!そ、そうです、メイベルです!」

メイは喜びの声を上げるが、先ほどまで泣いていたのだろうか、涙声も混じっていた。


「……なんだ?」

俺は、体を起こそうとして、違和感に気がついた。


「……その、何と言ったらいいか……」

メイは、上擦った声を出して答える。


「失明したのか……」

俺はそう言ってもう動かない瞼を触った。


「は、はい……でも、『右目は無事なはずだ。』ってメアリーさんが………左目は……その…………あの船が爆発した時に破片が命中してしまって………」


「そうか……ならマシかもな。それで、海戦はどうなった?砲撃音が聞こえないが。………まさか、負けたのか!?」

俺は最悪の状況に、思わず絶望の声を上げた。


「い、いえ、勝っています!……一応は。現在は実質的な停戦状態にあります。」

メイは急いで俺の言葉を否定した。


「なるほど……痛っ!」

俺はぼんやりと影が見えてきたので、体を起こしたが、天井の梁に頭をぶつけてしまった。


「ああっ、大丈夫ですか!?」

メイは驚いて俺の体に手を当てた。


「ああ、大丈夫だ、気にしないでくれ。」

俺の右目は、もうぼんやりとした影の判別だけではなく、ほとんど物の形を捉えることができていた。


「そうですか……停戦とはいっても、いつ海戦がまた始まるかわからないので、できれば直ぐに甲板に上がっていただけると嬉しいです。」


「ああ、そう言えばそうだったんだな。わかったよ、気分がマシになったらすぐ行く。」

俺は頭頂部を摩りながらそう答えた。


「そ、それじゃあ私はもう行きますね。お大事に!」

メイは元気そうな俺の姿を見て安心したのか、元気そうに敬礼して医務室を後にした。


「ああ、気をつけてな!」

俺もそれに応えるように笑顔で答礼をした。



「行った、か……」

俺は数十秒後、そう呟いた。


「ああああああああああああ!!!!!」

俺はハンモックから転がり落ちるのも気にせず、叫び続けた。

空虚な憎しみと哀しみを狂ったように叫びながら捨てれば、この地獄のような苦痛から浮いて抜けださせれるかと淡い期待を抱く蟻地獄の恐ろしい罠に陥ってしまったちっぽけなアリのように。


何も悪くない、悲しいことなど何もない。空っぽの左目は、まだそこにあるかのように思えて、俺はこじ開けようと踏ん張るが、左瞼はピッタリとくっつき離れなかった。


「はぁ……はぁ…………」

俺は赤ん坊のように、喚き疲れて、仰向けになった。揺れる上に硬い木の板の上では、到底寝れるものではなかったが、ハンモックに戻る気にもなれず、かといってこのまま起きているのも苦しいだけだと思い、いっそこの痛みが俺を楽にしてくれるのではないかと、体を動かさず、じっとしていた。


「おやおや、大きな赤ちゃんだね?」

次の瞬間、メアリーが扉を開けて入ってきたが、俺は何も言わなかった。


「……」


「いいよ、そのままで。」

メアリーはゆっくり俺の耳元まで近づいて座り、そう言った。


「よいしょっ………」

メアリーは俺の頭を浮かせ、自分の膝に乗せた。


「何も言わなくていいからね。アタシは知ってるよ、旦那様が大小問わず、人が死ぬ度に毎晩泣いてること。それなのに、自らその先頭に立って、決して逃げないところもね。」

メアリーは優しくそう呟いた。


「きっと、誰にも言えなくて、誰にも知られたくないようなことがいっぱいあったんだろう?アタシらはね、アタシらがバカなことやって笑ってる時も、悲しい時も、どうしようもないくらい怒ってる時も、ずっとそばに居てくれる旦那様のことが大好きなんだ。」


「………」


「旦那様がみんなのことを想ってる、それは紛れもない事実だよ。ただ、アタシらも同じくらい旦那様のことを想ってて、その気持ちが何者にも変え難い大切な思いだってことをわかってて欲しいんだ。」


「おや?」

その瞬間、艦内が僅かに揺れ動き、遠くから爆発音が響いた。


「艦長!南方側のガリア艦隊が攻撃を開始しまし、た………」

すると扉を開き乗員が報告に来たが、その途中で言葉が止まった。


「旦那様はまだ体調が優れないって。多分すぐ良くなるから、君は先に上に行って来な。」

メアリーはそう言って誤魔化し、その乗員を戻らせると、砲火の下で、数十分間俺たちは黙って動かずにいた。


_____________________________________


お久しぶりです、計画性皆無のhi9h1and3rsでございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)


まず、事の顛末を簡単にご説明いたしますとですね

三三話がタイトルだけ決めていて執筆がほとんど進んでいないことに気づく→

公開を延期してなんとか書き上げようとするも→

体調が悪くなったり用事が重なりドタバタ→

結果、似たような状況が重なったりしてしまい一週間もかかってしまいました、誠に申し訳ございませんm(_ _)m


この長い長いガリア革命戦争編ももうあと数話程度で区切りがつけられると思いますので、これからもアルフィーたちの冒険を応援し続けていただけると光栄でございますm(_ _)m


 訂正、応援コメント、何でもください!

『いいな』と思ったらレビュー、☆、フォローなど何卒よろしくお願いします!


 次回 左目は捨てても。 お楽しみに!

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