第一五話 YOUR MAJESTY(皇帝陛下)
「アルフィー!見るのだ!でっかいのだ!!ロンドンすげーのだ!!」
マリー王女は、ゆっくりとテムズ川を上るサプライズの後甲板の縁に手を置き、身を乗り出してロンドンの街並みを観ていた。
「ミス・テレーズ、落ちてしまいます。もう少しこちらへ。」
それに対しソフィーが冷静に王女を引き戻す。
つくづく思うが、ほぼ同い年で、同じ位のはずなのに、一体どうしてここまで差が付くのだろうか。
「ちぇー、あっ、あのでっかい建物がウェストミンスター宮殿なのだ?」
目の前にある大きな橋──ロンドン橋の一つ奥に見える巨大な建築を王女は指差し、こちらを向く。
「ええ、その通りです。でもあそこは議会の両院と裁判所ですので、謁見はもう少し内陸のセント・ジェームズで行われます。さて、そろそろ降りますよ。総員、停船だ!!畳帆作業急げ!!投錨よーい!」
俺の号令で事前に準備していた水兵達は滞りなく直ぐにサプライズは停船した。
「殿下、そちらの装載艇にお乗りください。おーい!降ろしてくれ!気をつけろよ!」
俺は殿下と、護衛の海兵とシアが乗ったのを確認して、装載艇を降ろさせる。
ゆっくり着水した装載艇は、ゆっくりウェストミンスター宮殿のある岸へ向かう。
その間にも、他のボートが降ろされ、最後のボートに俺も乗る。
「よっ、アルフィー。元気そうだな。」
ロンドン橋の近くに上陸した俺たちを迎えたのは、数台の馬車と、何人もの海兵と幾匹もの犬の護衛を引き連れた叔父のウィリアム・シャーロップだった。
「叔父うe……て、提督もお元気そうで何よりです。」
俺は一瞬叔父上と言いかけるも、言葉を飲み込み、言い換える。
「叔父上でいいと言うのに……まあ良いさ。それで、どれがアルフィーの彼女なんだ?」
俺の叔父は悪ガキの様にニヤニヤしながら後ろで制服を整えたりしている士官らを見回す。
「そ、そんなもの俺には居ませんよ!!と、言うか早く行かないと不味いのでは?いーや、不味いに決まっています。さあさあ、早く馬車に……」
俺は慌てて否定し、ウィリアムの背中をできる限り最大の力で押して馬車に乗り込ませようとする。
「そんなに慌てなくたって良いじゃないか。おーい、そこのお嬢さん方!誰か
叔父は大きな声で俺を指差し、尋ねる。
「「「
ハンナ、ソフィー、メアリー、ルナ、メイ(ロッテはウリッジ海軍工廠にサプライズを回航中)の五人が若干食い気味に言い出したので、俺は驚愕を通り越して、若干引いていた。
「よろしい。うん、実によろしい。それじゃ、その五人とアルフィーはあの紺色の馬車へ、殿下はあっちの黒いのに私と。残りは好きな
ウィリアムが大きな声で号令すると、直ぐに各自、馬車に向かって動き出し、マリー王女はウィリアムにエスコートされて一番豪華な黒い馬車に乗り込んだ。
「じゃ、俺も乗るか……」
そう言い、俺は腰を屈めて既に五人が乗り込んでいる馬車に乗り込む。
「あ、艦長はボクとソフィーの隣だよ。」
俺が入り、適当なところに座ろうとすると、一番奥に座っていたルナは自分の右隣、ソフィーの左隣の座席の空白をポンポンと叩いて俺が座るのを促す。
「おう、ありがとな。そういや、泊めさせて貰うのはバッキンガム・ハウスだったよな。ソフィーは久しぶりに家に帰るんじゃないか?」
俺はソフィーと言えば、といった具合に話を切り出す。
「そうですね、ジョージ兄さまは
俺は、
__一〇数分後
俺たちはその後も、他愛もない会話で暇を潰し、宮殿に着くまでに暇することは無かった。
「懐かしいな、ここでソフィーと話したのも、もう大分昔の話になるんだもんな。確か三年前ぐらいだったか?何と言うか、ほんとに大きくなったよなぁ。」
俺は馬車を降りるとすぐに目の前に広がる、アルビオンの国旗が勇ましく飜る懐かしい豪壮な宮殿を見上げ、まるで親戚のおじさんのようなことを呟く。
「艦長、あんまり恥ずかしい事言わないでくださいよ……」
ソフィーは、顔を赤め、恥ずかしさのあまり顔を手でいっぱいに隠した。
「艦長、私もソフィーと同い年なんですよ!」
俺が恥ずかしがるソフィーを笑って見ていると、ハンナが俺の横に立っていきなり言い出す。
「えっ?ああ、そう言えばそうだったな。でもまあハンナに関してはハンナがこのくらいの頃から一緒にいるからなぁ。あの時のハンナは天使みたいに可愛かったな……まあ、今も十分可愛いがな!」
俺はさらに一昔前前の事を思い出し、腕を組んで一人でしみじみとしていると、ハンナも顔を赤くして目を背ける。
「はいはい、そこの撃沈乙女製造機さん、早く行くぞ。」
俺が二人の顔を赤らめる少女に挟まれると言う訳のわからない状況に困惑していると、先に馬車から降車していたウィリアムが訳の分からないあだ名で俺を呼び出す。
「ヘイそこの一番可愛いお嬢さん、せっかくお父さんが時間を割いて逞しく育った娘を迎えに来てあげたのに何もないのかい?」
するとそこへまさかのジョージ三世皇帝陛下が宮殿の中から
「あ、お父様。出迎えありがとうございます。ソフィア、ただいま戻りました。もう帰ってもらってもよろしいですよ。」
たった今まで、顔を赤らめ再起不能になっていたはずのソフィーは、陛下が近づくに連れ、顔が真顔になり、遂には陛下の心にクリティカルヒットを喰らわせた。
「ウウ…グスッ」
陛下は、膝をついて泣き崩れるが、ソフィーはそんなことお構いなしに俺と話をしようとする。
ちょっとやめてくれると嬉しいんだけどな……陛下の目が時々こっちに来て怖いから………
「ああもう、だから別のやり方で行けば良いと言ったのに……父上、泣くのをやめて、お立ちください!貴方は皇帝でしょう!」
更に宮殿からは、陛下と瓜二つのシルバーの髪をした、煌びやかな赤い軍服を着た青年が出て来、陛下に近づいて慰めた。
「ジョージ兄さま!てっきり公務で来られないものかと!」
ソフィーは陛下に近づいた青年のチラリと見た途端、顔は満開の花が咲いたかのように嬉しそうになっていた。
そして俺は目の前に王家、しかも現当主と次期当主がいることに、大きく驚いていた。
「ああ、だからあんまり時間は無いんだけど、妹の帰還とあらば、来ないわけにはいかないよ。にしても、本当に逞しくなったな。」
ジョージ皇太子は嬉しそうにハンナの肩に手を置いてまじまじと見つめる。
「ありがとうございます。そうだ、兄さま、紹介しますね、こちら私の艦長です。」
そう言ってソフィーは俺に手招きし、俺はそれに応えてソフィーの下へ行き、皇太子殿下に対して、地面に片膝を付き、最敬礼をする。
「ああ、君が噂のアルフレッド・ファインズ=クリントンとか言う海軍士官だね?うちのソフィーが世話になっているよ。」
「ええ、とても優秀で、ほんと、文句なしですよ。殿下はいい妹さんをお持ちです。」
「ハハハ、そうだろう、そうだろう。ところで、君があだ名で呼んでいるの聞いた。うちのソフィーに手を出したらタダじゃ済まさんぞ。ソフィー、それじゃあもう行くよ、仕事が残ってるんだ。ほら父上、行きますよ!」
皇太子殿下は、俺にだけ聞こえるように、小さく、しかしはっきりと呟き、その場から去った。
「ハ、ハハハ……………」
俺は皇太子の見せた裏の顔に驚きを隠せず、暫くその場に硬直することとなった。
__翌日、セント・ジェームズ宮殿内、ステート・アパートメント
「告げる、アルフレッド・ジョージ・ファインズ=クリントン。
本日ここに、貴官がガリア王女、マリー・テレーズを革命派から救い出し、ガリア王家存続のための亡命を手助けした勇猛果敢な行動に、感謝と、敬意の念を表す。
その英雄的行動は我が国とガリア王家に対する大いなる貢献をもたらした。
よって、私は貴官にレディングのファインズ=クリントン男爵の爵位を授けるに相応するものと考える。この名誉は、貴官の命すら惜しまない勇敢さと、帝国に対する献身を称えるものであり、我が帝国の臣民のみならず、王国の民も貴官を賞賛するだろう。
私は、心から祝いの言葉を授けたい。今後ますますの活躍を期待する。」
皇帝ジョージ三世は、昨日の泣き崩れる姿は一体何だったのかと言いたくなるほど、凛とした、いかにもな威厳ある態度で、宣言文を読み上げる。
「はっ。ありがたき幸せにございます。このアルフレッド・ファインズ=クリントン、これからも精進を重ねさせていただきます。」
俺は頭を下げて、心の底から感謝する。
伯爵の次男坊である俺に貴族位なんてものは天と地がひっくり返っても無いと思っていたのもあり、貴族位としては最下位の男爵であろうとも、俺の心はうさぎの様に飛び跳ねる。
(まあ、実際のところ、娘にいい顔したかったから何だろうな……)
そう俺はポツリと心の中で呟く。
少し罰当たりではあるが、この程度のことのことで貴族の仲間入りができるのは多少大袈裟ではあるし、本当にソフィーに言い換えするためだけに俺をダシに使ったのだろう。
その日の夜は、仲間内ではあるが、呼べる範囲でお世話になった人たちを呼んで叙爵パーティをした。
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次回 Nightmare お楽しみに!
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