第8話『爺さんを解放しろ。しなければ撃つ』
田舎の夜は暗く長い。
特に横倉村は周りを背の高い山々に囲まれている為、周りの町や村よりも夜は長いといえるだろう。
しかも特に必要無いからと街灯の数は少なく、村人は夜あまり出歩かない為、太陽が沈んでしまえば、村の中は星や月の明かりだけが頼りとなる闇の世界となる。
そんな闇の世界を、懐中電灯の明かりも付けずに動き回る者たちが居た。
彼らは横倉村の入り口付近にある道路や、車が止められそうな場所を見て回り、そこに止まっている車のナンバーを紙に書いてゆく。
音もなく、闇の中に走り回る彼らは全ての車を調査し終わると、急いで村の中心へと向かった。
そして、よく集会に使われている家の中に入ると、焦った様子も見せないで報告をしてゆくのだった。
「大岡さんの言う通りだったな。殆どが県外ナンバーだ。何なら都内から来てる奴もあったぞ」
「って事はテレビ局か、新聞屋か、はたまた筋者かね」
「いったん事情は伝えてないけど。ましろちゃんはウチに移動してもらいましたよ」
「悪いね。聡」
「いえ。美月も久美子も、明美さんも喜んでますし。ちょっとしたお泊りって奴ですね。まぁどれだけ長く続くか分かりませんが」
「野中先生は駐在所に来てもらう事にしたよォ。ちょうどやんちゃしてるガキどもが居たからなァ。今頃先生のありがたいお説教時間だァ」
「駐在所はいつまで大丈夫だい?」
「いつまででも大丈夫だァ。元々俺の家みたいなもんだからなァ」
「分かった。まさかとは思うが、野中家に入ろうとする奴は居ないとは思うが、警戒はしておいてくれ」
「分かったよ。ウチは隣だからな」
「それにしても……厄介なことになったな」
「言うんじゃないよ。二人は人助けをしただけさ。それを見て自分勝手にすり寄ってきた奴がいた。ただそれだけの事さ。だが、こういう時の為に準備をしてきた。そうだろ?」
「そうですね。少し窮屈ですが、我が家だけでましろちゃんを三年は隠し通す事が出来ますよ」
「野中家の人たちにだって指一本触れさせないわ!」
「そういう事だ。向こうが何か派手に動くまでは何もするんじゃないよ。アタシらは何も知らない。ただの村人さ。良いね?」
「あぁ。子供らにもよく言い聞かせておく」
「そうだね。ただ、まぁ、アタシらは子供こそ未来の宝だと思ってるからね。子供に近づこうとする怪しい大人が居たら……それは何をやっても、問題ないだろうさ」
「そうだな。そら違いない」
「何でも山の向こうでは子供が通り魔に殺されたなんて事件もあったらしいぞ」
「おぉ、それは怖い怖い。まるで理性のない獣と同じじゃないか」
「なんだと? 獣が人里に降りてきているのか。危険だな。親としては子を守る為に何をやっても良さそうだ」
「ガハハ。そういう事なら俺に任せておけ。俺は熊狩りのプロだからな。無論熊以外だって問題ない」
「助かるよ。さて、という訳だ皆の衆。どれくらい長引くか分からないが、無事に終わらせようじゃないか」
「ましろちゃんの為に!」
「野中家の為に!」
「横倉村の平穏の為に!」
その家で行われた会合の内容は、野中家を除く横倉村の人間たちのみに共有された。
愛すべき仲間を護る為に、彼らはその身に秘められた刃を表にさらけ出すのだ。
翌朝。
早速野中家の前には、横倉村の人間ではない者がウロチョロしていたが、特に周りの人間は気にした様子もなく日常を過ごしていた。
無論、その行動は逐一監視されており、何かあればすぐに大岡や駐在所に連絡が行くようになっている。
そんな中、野中家の周りを散策していた男が隣家の高倉の爺さんに話しかけた。
「あのー。すみません」
「んあー? なんかあったかい?」
「いえ。こちらの野中さん? の家の方はどちらにいらっしゃるのでしょうか」
「野中さんなら出かけとるが、用事なら俺が聞こうか」
「あ、いえ。野中さんに直接お話を」
「いいよ。野中さんの事なら俺が大抵知ってる。しょっちゅう手伝っとるからな。ほれ。何の話だ」
「あーいや。野中さんの家のお子さんの事でお話を伺いたくてですね?」
「子供?」
「はい。子供です」
「おーい! 婆さん!! 人攫いだ!! 中村さんを呼んでくれ!!」
「えっ、ちょっと!? ひ、人攫いだなんて人聞きが悪い! 止めてください!」
男の焦った様な声にも高倉の爺さんは特に気にした様子も見せず、男を睨みつける。
そして、そのまま視線を野中家の周りでうろついている人々にも向けた。
「最近、山向こうの町で子供が誘拐されて殺される事件があったと聞いたぞ。お前ら、その一味だろう! 誰かー!! ここに殺人鬼がいるぞ!!」
「なんてことを言うんだ。この爺さんは!」
「おい! 黙らせろ!」
「俺たちは犯罪者じゃない!」
男たちはわらわらと高倉の爺さんを囲むが、彼は一歩も引く様子を見せず、自分よりも背の高い男たちを順に見やった。
そして、鼻で笑う。
「どいつもこいつもまともな仕事をしている奴の顔じゃないな。犯罪者どもめ」
「ふざけんな! 畑耕してるだけの爺が、偉そうに!」
男の一人が高倉の爺さんを止めようと、その体に軽く触れた瞬間、高倉の爺さんは勢いよく畑に倒れ叫び声を上げた。
全身を土で汚しながら、必死に叫ぶ。
今まさに命の危機が迫っているとでも言うように。
「ひ、人殺しだー!! 俺の事も口封じに殺すつもりだ!! うわぁぁあ!!! 腕が、折れた!!! もう立つことも出来ないぞ!」
そんな迫真の演技と共に放たれた言葉を引き金にして、一つの轟音がその場に居た者たちの耳に届いた。
大気を切り裂いて、空に向かって放たれた銃弾は、何も傷つける事は無かった。
だが、その発砲音に誰もが動きを止め、その音を出した主を見る。
「子供を殺そうとしている殺人鬼共が、口封じに爺さんを殺そうとしているだと?」
その男は毛皮の服を着ており、この場に居る誰よりも背が高く、猟銃を構える腕も丸太の様に太かった。
また、そんな腕が自然に思えるほどに体全体が鍛え抜かれており、熊狩りのプロというよりはクマ自身といった方が似合っている様にも思える。
そんな男が未だ白い煙の出ている銃口を男たちに向けて、冷たい目で射抜くのだった。
男たちは皆、生きた心地がしなかっただろう。
現実感のない光景だ。
しかし、今現実に、確かに起こっている出来事であった。
「爺さんを解放しろ。しなければ撃つ」
「ま、まま、待ってくれ。俺たちはこの爺さんに何もしていない!」
「ならば何をしていた」
「俺たちはこの家の人間に用があっただけだ」
「誘拐して殺すつもりか」
「違う!」
「なら、何故こんな田舎の村に来た。言っちゃ悪いがその家の人たちはお人好しなだけの普通の家族だ。それに何の……まさか!! 詐欺師か!! 善良な彼らから金を巻き上げるつもりか!? やはり撃つしかないようだな」
「違う! 詐欺師でもない! 話を聞いてくれ!」
「話を聞けというのであれば、話せ」
「……っ、私たちは隣町で起こった事件を調査しているんだ」
「調査? 警察か。なら中村さんに確認してもらおうか。嘘を吐いていた場合、撃つ」
「違う! 私たちは警察じゃない!」
「警察じゃないなら、何処のなんだ。何故。調査をする」
「私たちは、テレビ局の者だ」
「テレビ局? なんでテレビ局が来た」
「天使を見たという情報を貰ったからだ。映像だってある! しかも、聞いた話では何でも願いを叶えてくれるとの事だ! そ、そうだ。私たちがこの天使を見つけたら君たちにも分け前を」
男が遂に吐き出した言葉は止まることなく語られ続けていたが、不意に熊狩りの男が空に向かって弾丸を放った事でその言葉は止まる。
浮かべていた歪んだ笑みも凍り付いていた。
「そんな与太話の為に、他人様の家の前で怪しげな行動をしながら、爺さんを傷つけたのか」
熊狩りの男はテレビ局の人間だという男に向かって銃を構える。
先ほどまでとは違い、今度は本気で撃つつもりでだ。
そしてその気配を感じたのだろう。男たちは恐怖のあまりそのまま走り、逃げてしまった。
完全にその背中が見えなくなるまで銃を構えていた熊狩りの男だったが、居なくなってから高倉の爺さんに近づき、手を差し伸べてその体を起こす。
「大丈夫だったか?」
「あぁ。余裕だよ」
「そうか……それにしても」
熊狩りの男は先ほどまでの冷徹な目とは違う。憎しみに染まった目で男たちが走り去った方を見る。
その心には確かな怒りが渦巻いていた。
「まったくロクな連中じゃなかったな」
「そうだな」
「お前さんはどうする?」
「また近くで待機してるよ。戻ってくるかもしれないしな」
「なら、ウチに来い。茶を出してやろう」
「ありがたい」
二人の男たちは誰も居なくなったその場所を後にして、家の中に入るのだった。
彼らの戦いはまだ始まったばかり。
これから何人も、ましろの情報を求めて家に来るのだが、その度に二人は上手くその者たちを追い返すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます