第2話『みんなを幸せにしたい!』
既に日は落ちて暗闇が外の世界を支配している頃。
野中家では元気よくご飯を食べる白い少女『ましろ』を見ながら大人二人が話し合いを行っていた。
内容は勿論少女についてである。
「翼を持った少女かァ。にわかには信じがたいですなァ」
「そうは言っても中村さんも実際に御覧になったではないですか」
「それはそうでしょうがね。こんなのアニメの世界ですよ、センセ。鳥と人間の子供って訳でも無いでしょうに」
「もしくはどこかの施設で行われていた人体実験の被験者という可能性もあるかもしれません」
「あぁ。私も聞いたことがありますなァ。大戦時代にあったといわれとる何とかっていう特殊部隊ですか。殺人ウイルスを研究していたとか、超人を作ろうとしていたとか。色々と噂がありますがね」
「その実験を受け継いだ……どこかの機関が、彼女を作り出したのではないでしょうか」
「ははァ。流石は先生様だ。よくそういう事を思いつきますなァ」
男二人が、怪しげな陰謀論をまことしやかに語り始めた頃、ましろが要求したご飯のおかわりを持ってきた裕子は溜息を吐きながら、好きですねぇと呟いた。
そして、二人の妄言をバッサリと切り捨てながら一つの意見を投下する。
「そんな難しい話ではなく……ましろちゃんの言う通りただの天使なのでは無いですか? ねぇ。ましろちゃん」
「え? うん。そうだよ。ましろはね。天使なの!」
「ほら。このように仰ってますよ」
「確かにましろさんが言うのなら真実かもしれません。ましろさんは天使の様に愛らしいですからね。しかし……やはり天使というのは空想上の存在なのでは無いかと私は考えているのですよ」
「私からすれば、その何とか部隊も同じ様に空想上の存在だと思いますけどね。だって確たる証拠も無いんでしょう?」
「それは確かに、その通りですね」
「それに同じ空想なら、ましろちゃんは天使だって考える方が素敵じゃないですか」
「うん。そうですね。確かに裕子さんの言う通りですね。中村さん、ましろさんは天使のようです」
「まったく先生は奥さんに弱いですなァ。分かりました。では本官は天使ましろちゃんの目撃情報や捜索願などを調べましょう」
「ご協力ありがとうございます。ただ、やみくもに探しても難しいとは思いますので、可能であればましろさんの目的や向かおうとした場所を知る事が出来れば、何かヒントになるかもしれません。過去が分からずとも、未来は過去から連なっている物ですからね」
「へー。そうなんだ」
「ましろちゃん。今貴女の話をしているんですよ」
「えぇ!? ましろの話!?」
「そう。ましろちゃんがどこへ行こうとしていたのか。私たちは知りたいんです。教えていただけますか?」
「行こうとした場所? うーん。よく分からない」
「でしたら、何かましろちゃんがしたい事はありませんか?」
「ましろがしたいこと……? あるよ!」
「それは?」
「みんなを幸せにしたい!」
誠が推論を立て、裕子がましろに質問をすることで引き出したましろの未来。
それはみんなを幸せにしたい。という形のない夢であった。
無論ましろが目指そうとしている未来から過去を推察する事は出来るが、それは誠たちが知りたい外側の情報ではなく、夢や目標と言った内側の情報であった。
その為、結局ましろについては殆ど何も分からず、ましろという個の捜索はこの村や近隣の町どころか、全国、全世界に向かって行う必要が生まれてしまったのだった。
しかし、それはそれとして当面のましろの目標が決まったのは良い事でもあった。
ただ家に置いておくよりも、やりたい事があるならそれをするべきだと、ここに集まった大人たちは皆考えていたからだ。
そして結果的にましろは、この小さな村で天使として活動を始める事になる。
みんなを幸せにしたいという、ましろの願いの通りましろは困っている人を探して行動を始めるつもりだった。
しかしその相手がすぐ傍にいる事にましろは気づく。
そう。野中裕子である。
彼女は体が弱い。
だというのに、基本的に家の事は彼女一人で行っているのだ。
無論それは裕子自身がやりたいと望んでいる事だし、裕子自身困っているという訳でも無かった。
だが、それは裕子の考えであり、ましろの考えではない。
ましろにとって裕子はご飯を作ってくれて、優しくしてくれた恩人であり、その恩人が疲れた顔をして家事をしているのだ。
手伝わない理由など何も無かった。
そして燃え上がるましろのやる気と共にましろは動き始めた、のだが……非常に残念な事に彼女はあまり器用な人間では無かった。
洗濯物を干そうとすればシャツ一枚で手間取ってしまうし、掃除をすれば棚の上に置いてあったものを落としてしまう。
料理は……流石にここまでの実績を考えた裕子によって、台所への立ち入りを禁止されてしまった。
無論ましろは猛抗議した。このままでは恩が返せない。無能になってしまうと。
必死な形相で、裕子に迫るが……裕子は強かった。
「駄目です。台所にはましろちゃんは立ち入り禁止です」
「ねっ! どうしても駄目なの!?」
「はい。どうしてもです」
「う、ぐっ、でも! 何かお手伝いを」
「他の事なら良いですが。ここは包丁もありますし、火も使います。ましろさんはまだ家事レベルが低い為、立ち入りは出来ませんね」
「家事レベル! どれ位レベルを上げたら、ましろも台所に入る事が出来るかな!?」
「そうですね。今のましろちゃんはレベル3くらいなので、70くらいは最低欲しいですね」
「さ、さん……たったの……。ちなみに、裕子さんはどれくらい高いの?」
「私ですか? ましろちゃんを3とするなら私は五千です」
「ご、五千……なんて、すごい。裕子さんはせかいさいきょーなんだ」
「何を言っているんですか。ましろちゃん。私なんてまだまだですよ。ましろちゃんを3、私を五千とするなら、隣の高倉さんは八百万くらいありますよ」
「はっぴゃくまん!! もう凄すぎて何も分からないよ!」
「あぁ。ちょうどいいかもしれませんね。ましろちゃん。今からましろちゃんに凄く重要な指令を与えます」
「指令! はい! やります!」
「隣の高倉さんの所へ行って、何か困っている事が無いか聞いてきてください。そして、困っている事があったらお手伝いをしてくること。良いですか?」
「おぉー。人助けだー! 分かりましたー! ましろっ、いっきまーす!」
ましろは裕子の言葉に大喜びで外へ飛び出した。
そしてすぐに隣家へ向かうと、外から大きな声で高倉さんと名前を呼ぶ。
「たーかーくーらーさーん!! いますかー!?」
「あー。なんだ? どうした? 何かあったか?」
「高倉さん?」
「あぁ。そうだよ。お嬢ちゃん。高倉の爺さんだ。なんかあったかい?」
「裕子さんから、高倉さんが何か困っている事は無いか聞いてくるように言われたの! 何かあったら、ましろがお手伝いするよー! あー。でもでも、ましろは家事レベルが3だからあんまりお手伝い出来ないかもだけど」
「ガハハ! 家事レベルが3か! それは良い。俺なんか1くらいだからな! 俺が手伝うより、お前さんが手伝ってくれた方が3倍は役に立つぞ! よし。俺の方は特に困った事もないし。婆さんに聞いてやろう。おーい! 婆さん! お隣からお手伝いさんが来てるぞー!」
「はいはい。お手伝いさんですか? あら。裕子さんかと思ったら、随分と可愛らしい子が来たじゃありませんか。何かお手伝いしてくれるんですか?」
「うん! なんでもやるよ!」
「らしいぞ。ただな。どうやらこのましろちゃんは家事レベルが3しか無いらしい。難しい事は頼まん方が良いだろうな」
「そうですか……では、そうですね。そろそろ良い時間ですし。買い物に行きましょうか。お爺さん。車をお願いします。ましろさん。荷物持ちを手伝って貰えますか?」
「任せてー! いっぱい持つよ!」
それからましろは、高倉のお爺さんが運転する車に乗って隣町まで行き、買い物かごを持ちながら、ルンルン気分で珍しい物を見る様に店内を動きまわるのだった。
そんなまるで子供の様にはしゃぎまわるましろを高倉夫婦は優しい笑顔を浮かべながら眺め、普段よりもゆっくりと買い物を続けてゆく。
そして宣言通り、買い物が終わってからましろは大きな袋を一生懸命車まで運び、家に着いてからも台所まで何も落とさずに運びきる事が出来たのだった。
「おぉ。根性あるなぁ。偉いぞ。ましろちゃん」
「そ、そうかな!? ましろ。がんばった!?」
「あぁ。大助かりだ。なぁ婆さん」
「えぇ。ましろさんのお陰で本当に助かりましたよ」
「ホント!? やったー!」
「ありがとうね。ましろさん。はい。これはお駄賃ですよ」
「わっ、飴だー。缶に入ってるんだね。面白い! これ、くれるの!?」
「どうぞ。持って行って下さい。裕子さんと一緒に食べてくださいね」
「うん! ありがとう! お婆ちゃん!!」
ましろは笑顔で手を振りながら野中家へと戻っていった。
そして手伝った事や喜んでもらえた事を裕子に報告し、よく出来ましたと頭を撫でて貰ってさらに喜ぶのだった。
褒められるという事に嬉しさを覚え、味を占めたましろは帰宅した誠にも同じ話をして褒められてご満悦であった。
それからお婆ちゃんより貰った飴を裕子や誠にも渡しつつ、自分も舐めながら明日の事を考えるのであった。
恐らく今日の手伝いでレベルも上がっただろうし、きっと明日は裕子も色々と手伝わせてくれるだろうと。
布団の中でくふふと笑いながら明日へと気持ちを馳せるのだった。
しかし現実は残酷である。
「どうかな!? ましろもすっごくレベルアップしたんじゃない!?」
「そうですね。昨日のましろちゃんを家事レベル3とするなら、今日は3.1くらいですね」
「さん、てん、いち! 成長が、遅い!!」
絶望したましろは床に手をついて嘆きの声を上げるのだった。
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