初任給

爽太郎

第1話

初任給 (しょの①)




初めて働いた会社の給料日は、確か25日〆の月末払いだったような記憶がある。


給与明細は手元にあるものの、印字が消えてしまって何も分からない。

もしかしたら、20日〆の25日払いだったかも知れない。


ま、それはここでは重要ではないので先を急ぐ。


俺は初任給をもらったら何に使うか、早くから決めていた。


まずは収入を1/3ずつ、貯金、家に入れるお金、自分の小遣いに振り分ける…。


大体の給与額は聞いていたので、給料をもらう前から小遣いの使い途はあれこれ考えていた。


中でも、給料が入ったら真っ先にしたい事があった。


一つは、自分の金でカツ丼を食う事。


当時俺の中で、カツ丼は一番のごちそうで、いつも通勤ルートの途中にあるラーメン屋さんの、ショーケスに飾られたカツ丼のサンプルを眺めては、給料が入ったら食べたいなぁ…。と思ってた。



そのラーメン屋はとても小さく古びていたが、ショーケスのカツ丼の値段が520円と安かった。


繰り返すが、俺にとってカツ丼と言うのはごちそうで、自分の小遣いで食える代物ではなかった。


だが、働いて収入を得る事によって、カツ丼は手の届かない高級品ではなくなった。


そもそも外食自体、今まで親にもらった金でしか食った事がないのだから、自分で稼いだ金で飯を食う。

と言う事にちょっとした憧れもあった。


そう。

少し大人になったような…。


そしてもう一つ。


実はこのラーメン屋さんの二軒右隣に小さな本屋さんがあった。


ある日通勤帰り、フラッと寄った処、一冊のエッチな本が目に飛び込んできた。


タイトルは忘れたが、840円もする、当時16歳の俺にとってはハンパない高額な本だった。


驚いたのは値段だけではない。

その本に付いている付録もまた仰天だった。


表紙の横には、こう書かれてあった。



【アンダーヘアー付き】



「ア、アンダー……」



ブッ…(鼻血が出た音)




今思えば、一体誰のアンダーヘアーなのか全く分からないのだが、俺はこの本の見出しに異様に興奮してしまった。


(よし。カツ丼食べてエロ本買うぞ!)


俺はこう心に決めて、給料日までの毎日を、指折り数えて過ごしてた。




──────────────────────────────────────────────────────





そして給料日当日。


五時にタイムカードを押した俺は、手にした給料袋をバッグに仕舞い、自転車のカゴに入れた。


俺は大金を自転車のカゴに入れてる事が気が気でなく、片手でハンドルを握りながら、もう片方の手でバッグを押さえながら走ってた。


もしひったくりにでも遭ったら大変だ!

そう思ったからだが、バッグを掴んだまま自転車に乗ってる方が、如何にもお金が入ってますよと教えてるようなものだった。



会社を出てしばらく行くと、例のラーメン屋があるのだが、俺は敢えて遠回りをしてトイレのある公園に行った。


そこで金を数えるためだ。


道端なんぞで給料袋を開封した日にゃあ、いつひったくりに遭うか分からない。

そんな危険な場所で金は数えられないと、俺は行きつけの公園のトイレの個室を利用したのだ。(サ店か!)



バッグの中から給料袋を取り出し開封すると、中には七万ナンボのお金があった。


瞬間、俺の鼻から血が出てきた。



よく、興奮すると鼻血が出るなんて話しを聞くが、真偽のほどは定かではない。


だが、結果的に俺は大金を見て鼻血を出してしまった。


偶然だとは思うのだが…。

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