第2話 今夜の眉間の皺も素敵ね。
三日目の深夜十二時。
前日と同じく胸の上に肘をついて覗き込んだ彼は、まだベッドの中に入った直後のようだった。
『こんばんは。ご機嫌如何?』
「君が俺の上に現れるまではいつもと変わらなかったな」
『あら、それじゃあ私が上に現れてご機嫌になったのかしら? ちょっぴり恥ずかしいけれど嬉しいわ』
「本当にいい性格だな」
『ふふ、ありがとう。はぁ……もしかしなくても、今が一番幸せだわ』
軽口を叩くのに付き合ってくれる顔から、今日も治安維持のために街を歩き回ることで忙しかったのだろうと推測できる。悪いとは思ったけれどこちらも時間のない身だから、簡単に今日私が見繕ったお相手の説明だけして早く寝かせてあげようかしらね。
『ええと……今日のオススメ令嬢はパーシモン男爵家の次女ね。名前はご自分でお調べになって。彼女とっても良い子だわ。誰の目がなくても使用人に優しいのよ。ちょっと顔立ちは地味だけど、磨けば光るわ。私と違って意味の分からない我儘も言わなさそうだし。何より勤勉。自堕落な私の対極』
サクッと要点だけを話したら、彼は私の下で「そうか」と言った。嫌いな人間相手にも返事をしてくれる律儀さにキュンとくる。
名前を教えないのは、さすがに自分の口から出した他の令嬢の名を、うっかりでも彼が復唱したりするのを聞くのが嫌だからだ。我ながら心底面倒くさい女だと思う。でも仕方がないわね、初恋だもの。
初恋は面倒なものなのよ。たぶん。
だけど同じくらい素敵なものなのよ。きっとね。
馴れ馴れしく名前を呼んだりしたら……怒るわよね。こんな何人の男の名前を呼んだか分からない私の唇で呼ばれたって、彼の名前が汚れてしまうだけだもの。昨日名前を呼ばれたくらいで調子に乗っては駄目。大丈夫、心得てるわ。
『それじゃあ、疲れているでしょう? もう眠っていいわ。お休みなさい』
「君はどうするんだ」
さすがにここで“貴男の寝顔を見て悶えてから明け方に帰る”とは言えまい。でも迂闊にも質問をしてきたのはそちらなのだから、会話の時間が長引くのは仕方がないわよね? どちらにしても私にはご褒美でしかない訳だし。
『それってこの後の予定を聞いているの? 心配しないでもこんな姿で他の男性の寝所に向かったりしないわよ』
「そんな心配はしていない。霊は眠ったりしないだろう」
“そんな心配をしていない”というのは、どれくらいまでなら前向きに捉えてもいいのかしら。
たとえば“そんな”は【一途な君に限って】とか。だったら“心配”は【浮気】なんてとか。じゃあ“していない”はそのまま……いえ、ここは【するはずがないだろう】とかにしてみようかしら。
――うん、なかなかいいわね。私も貴男が大好きよ、ダーリン。
『ええそうね。今までは夜に暇を持て余すことなんてなかったからちょっと退屈だけど、その辺を散歩してすごす予定よ。この姿では本もめくれないもの。読みたかったものがだいぶ貯まっていたのに残念だわ』
内心の行きすぎた意訳などおくびにも出さず、彼の身体を跨ぐように座り直して肩をすくめて見せると、彼はまたも「そうか」と返事をしてくれた。眉間の皺は深くなる一方で……もう、大好き。
だけど残念ながら、このまま私が上に乗っていても眠ってくれるつもりはなさそうだ。まぁ、大嫌いな人間に身体を跨がれて眠れる人なんて普通いないわよね。名残惜しいけど一旦帰ったふりをして、眠った頃に寝顔を覗きに来よう。そうと決まれば即退散だわ。
『今夜も貴男とお喋りできて楽しかったわ。それじゃあ、また明日の深夜十二時に会いましょうね』
一方的な別れの言葉と共に、私がいなくなった数分後に金縛りが解けるようにしておく。空気に自分の身体を馴染ませて消えていく私に、彼は今度こそ“そうか”とは答えてくれなかった。
◆悪役霊嬢は深夜十二時、推しの上で愛を囁く◆ ナユタ @44332011
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