6、生命進化研究所

 生命進化研究所。それがこの建物の名前だった。

 研究所を作ったのは人間だ。人間は急速に数を減らしていた。理由はよく分からない……とにかく、ファイルの中には「減っている」ってことだけが書かれていた。

 設立者は、人間には「さらなる進化」が必要だと考えたらしい。そこで、他の動物が人間と同等の知性を獲得できるかどうかを実験していたようだ。

 そのために仮想空間を作り、『知性強化』をほどこした動物を没入ダイブさせる。

 そして、擬似的に人間としての自我を与えた動物の脳に何が起きるのかを観測する――それが、研究の内容だった。


 これでいくつかの疑問に答えが出た。

 どうして研究所がセキュリティを気にしていないのか……人間の数がとても少ないから、人間が入ってくることを想定していない。誰かが訪ねてくることなんてないのだ。

 そして、なぜぼくが犬の姿をしているのか。認めたくないけど、ぼくは正真正銘の犬だったのだ。『知性強化』がどんなふうに行われたのかは分からないけど、とにかくぼくは人間並みの知性を与えられて、自分を人間だと思い込んで生かされていた。そのために『学校』はあったのだ。


 クラスメイトが動物のように思えたのも当たり前だった。彼らは実際、動物だったんだ。まわりを見下しながら、自分だけがまともな人間だと思っていた――実際には、人間じゃなかったのに!


 ぼくはセントラルの内部データをさらに探った。これには時間がかかった。体重を後ろ足だけで支えるのは大変で、時々休まなければならなかった。

 セントラルが記録している、実験のデータを見つけることができた。

 昨日の日付で、たくさんの処理が行われている。まず、被検体ナンバー45番までの殺処分が行われていた。理由は、『知性が水準まで達さなかったため』。

 被検体ナンバー46番――ぼくのことだ――については、こう記されていた。「最終試験の直前に逃亡。処分用の焼却炉で自ら処分を行った。理由は不明」

 つまり、あの焼却所は仮想空間の中の『肉体』を削除するための場所だったのだろう。他のカプセルにいた動物たちのように、現実の肉体を『処分』してから、焼却所を使うのが正しい手順だったわけだ。

 ぼくがまどろんでいる間に処分が行われ、クラスメイト達は焼却所に投げ込まれたのだろうか。そう思うと背中の毛が逆立つ思いがした――そして、今では実際に逆立っていた。


(どうすればいいんだろう?)

 ぼくは床にお腹をくっつけて、目を閉じて考えた。

 どういうわけか、ぼくは『知性強化』がうまく働いてくれた。そのせいでぼくはいちばんいい成績を残し、【最終試験】に到達した。

 だけど、アオイがぼくを逃がしてくれた。アオイはきっと、この研究所にいる唯一の人間だ。ぼくが最終試験を受けることに気づいて仮想空間の中に侵入し、セントラルのセキュリティから身を隠しながらぼくに忠告してくれた――そのおかげで、ぼくは焼却炉から脱出できた。セントラルは、ぼくが死んだと思っている。


 あの扉の向こうに、まだアオイはいるはずだ。

 最終試験に合格したら、ぼくは殺される。彼女はそう言っていた。疑う余地はない……ほかの被検体はすでに殺されていた。

 ぼくは彼女に救ってもらった。今のぼくにできることは――そしてやりたいことは――ひとつしかなかった。


 彼女のいる、あの部屋に行く。そのために、カードキーを作らないと。

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