第4話
「コホンッ…」
優希が咳き込んだことで我に帰り、緊張しながら優希の顔を見る。
近い…、何から話そうか…
「明代さん?という方はどんな方なんですか?」
「私の世話係だった人よ、小さい頃から可愛がってくれて…、まぁ、母親代わりね。」
「母親代わりですか。やはりお義母が忙しいとそういうこともあるんですね…」
「忙しい、というか、まぁ…、そうね。とにかく、明代さんは私にとって母親のような存在で、久しぶりにこの家に帰ってきたの。」
杏奈は母親の話題が出たことでなんとなく暗い気持ちにいなってしまい、急いで明代さんの話に戻した。
「明代さんは息子さんが住んでいる関東にしばらくの間行っていたのよ。息子さんの奥さんが入院することになってお孫さんの世話をする人がいないから。」
「なるほど、今日帰ってくる予定だったんですか?」
「いや、全然。あと1ヶ月くらい向こうにいるはずだったんだけど、たぶん私の結婚を聞いて帰ってきたのね。本当に明代さんらしいわ。」
「すごく明るい人でした。でも、一方的に話しただけで僕と仲良くなったって言っていました。少し強引な気もしますが…」
「それもそうね、少し変なところもあるから…。というのもね…」
ガララッ!!
「杏奈ちゃん!新婚旅行興味ない!?」
母親の元へ行ったはずの明代さんがバタバタと部屋に戻ってくると、戸を勢いよく開けて大きな声で言った。
「新婚旅行、ですか?」
「またなんで急に…」
バタバタ…
「ちょっと明代!新婚旅行はまだ早いんだって!」
「あぁ!そうだった!その前にお披露目会の準備をしないと!」
「それはまだ…、あっ!ちょっと明代!待ちなさい!」
バタバタと部屋にやってきた明代さんと、その明代さんを追いかけてきた母親。
そして、すぐにバタバタと走り去っていく明代さんを母親が追いかけていく。
いつも冷静で無表情な母親が完全に明代さんのペースに乗せられている。
「お義母さんが振り回されることなんてあるんですね…、明代さんみたいな感じだと怒り出しそうなものですけど。」
「明代さんだけよ。あんなふうに見えて明代さんはお母さんとは幼馴染だし、鈴野家は明代さんに随分と助けられたからね。」
「幼馴染?お手伝いさんなんじゃないんですか?」
「うん、あのね…」
※明代という人物については『浮気された俺の順風満帆ライフ』で解説しています。興味がある方はぜひそちらもご覧ください。
その日の夜…
「いやー、久しぶりですねー本当に。」
明代は自分で作った肉じゃがをパクパクと食べながら笑顔で話す。
「でも、なんで優希くんと杏奈ちゃんは新婚旅行にも行かないんですか?それに結婚式も、盛大にやれば良いじゃないですか。」
「あぁ、それは…。」
杏奈は優希の前で何を話して良いかわからずにモゴモゴと口を動かしていた。
せっかく優希と2人きりで話ができて距離が縮まった気がしたのに、ここで優希のことを軽く見ているような発言をすれば全て台無しになってしまう。
杏奈が優希の顔をチラチラ見ながら言葉を探していると…
「2人の結婚祝いなんてどうでも良いのよ。さっさと食事会でも開いて正式な結婚報告と杏奈が当主になる宣言をしないと。あいつがまたごちゃごちゃ言ってきたら困るからね。」
「またそんなこと言って〜、どっちかは絶対に言ってもらいますからね。特に杏奈ちゃんのドレス姿が見たいんですから。」
冷たく突き放す義母の言葉に全く臆することなく、明代さんは明るく話し続ける。
今回ばかりは大嫌いな母親に救われた。明代さんはもう他の話を始めているし、優希は肉じゃがをパクパクと食べていて気にしていないようだ。
母親の冷たい性格も役に立つ時があるんだな…
次の日…
母と外出を終えた杏奈は玄関でガックリと肩を落とした。
今日、杏奈は母親と貸し出している物件に住んでいる人のために民生委員を交えて話し合いをしていたのだが、仕事とはいえ杏奈は母親と一緒の空間にいるのがしんどくて仕方がなかった。
気疲れが半端じゃないわ…、でも、仕事の時は母はさすがね。全部ひっくるめて良い方向に話が進んだし、驚異的なスピードで話し合いが終わった。
母親は何も言わずに部屋に戻ってしまう。
普段、杏奈が母親と会話がないのは通常のことだ。
「ふー、疲れた。」
杏奈はそんな母親に目もくれずに部屋に戻ると、部屋の中で優希が座りながら振り返り、素早く立ち上がって杏奈の荷物を持ってくれた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした。」
「何?ニヤニヤして気持ち悪い…。」
「いいえ、なんでも…。ちょっとお話しませんか?」
「またそれ?私疲れてるんだけど…」
杏奈はそう言いながらも優希に優しく肩に触れられると、言われるがまま座ってしまう。
「な、何よ…」
「肩揉みましょうか?結構うまいんですよ、僕。」
「何?本当にどうしたの?」
「媚を売りたいわけじゃないんですよ。ただ明代さんといろいろ話したので…」
明代から話を聞いたと聞いた途端、杏奈はギョッとした様子で振り返った。
「え!明代さんから何を聞いたの!?」
「聞いたというか、元義両親のことを話したんです。その、自分の身勝手さに気付かされたというか…」
「あぁ、その話ね。いいのよ、私もそのことは明代さんと話したから。私も一方的に反対して悪かったわね。」
杏奈はこの気持ちを完全に吹っ切れていたわけではなかったが、どうにも明代の『浮気されてのであれば何か事情があるかも』という言葉が引っかかっていた。
ただ、相手を許してあげるだけではなく、自然と謝罪の言葉まで出た自分には驚いた。
優希が優しいからかな?安心するというかなんというか…
それにしても…
「あ、あの…」
「あぁー、気持ちぃ〜。優希本当にうまいわね。どこかで練習したの?」
優希が優しく肩を揉んでくれていたが、それが言葉にできないほど気持ちが良かった。
肩の重みが抜けていき、力もダラダラと抜けていく。
「練習なんてしてないですよ、ただうまいだけです。…僕の方こそすみませんでした、会いに行ったりしませんから、杏奈さんといますから…」
「変なこと言わないでよ、結婚しているのよ?私たち…」
「ですね、」
何よ…、変なこと…、でも、いいか、もう少しこのままで…
………
「杏奈さん、疲れちゃいましたか?」
「大丈夫よ、それよりも…いいわよね?」
「はい、もちろんです。」
優希は電気を消すと、杏奈の頭を優しく撫でる。
やっぱりこの瞬間だけは緊張する。大丈夫…いつも通り、キスから…
………
「…さん?杏奈さん?」
「んぅ?…、ひゃっ!!」
杏奈が目を開けると、目の前に優希の顔があり、杏奈は声をあげて驚いた。
「ちょっと!?何?ん!?キスした!?」
「してないですよ…、肩を揉んでいたらそのまま寝ちゃっていたみたいなんで…。もうご飯ですよ?」
杏奈は状況を飲み込むとすぐに顔が熱くなっているのを感じた。
なんて夢を見ているの私は!?優希とキスしようとしていた!?いや、ちょっと待ってよ…、私なんてこと言っちゃったのよ!?
「大丈夫ですか?熱でもあるんじゃ…」
「ーーーッ!」
優希が心配そうに手の甲を杏奈のおでこに手の甲を当てると、杏奈は無言で部屋を飛び出した。
………
それからしばらく、杏奈は優希と本当の夫婦のように仲良くなれているという実感を持てていた。
実際は少し会話が増えた程度だったのだが、全くと言って良いほど会話のない両親のもとで育ってきた杏奈は会うたびに会話をする関係でも仲が良いという実感が湧いていたのだ。
それに、杏奈は超美人でありながら29年間も生きてきて、一切恋愛経験はない。
優希の姿が見えるたびにワクワクしたり、優希が振り返るたびに少し緊張したり、優希がいるところに用事もないのに行ってみたりという生活は杏奈にとって今までにない楽しい生活になっていた。
※ここで、「杏奈が優希のことを好きになるのが早すぎるのでは?」と感じる方もいるかもしれません。しかし、杏奈にとってまさにこれは「初恋」のようなもの。まだ本当の愛を感じているとは言い難い状況ですが、「こんな人もいるんだね」くらいの気持ちで読み進めていただけると幸いです。
※杏奈が29年間の人生で恋愛ができなかった理由などは他の機会に書いていきますので、興味があればぜひご覧ください。
そして、そんな楽しい日々が続いて2週間後…
「優希くん!杏奈ちゃん!明日はついにお食事会よ!心の準備はできてる?」
「もちろんです。大丈夫よね、優希?」
「大丈夫、というか僕は特に何をするか聞いていないんですけど…」
明代さんと杏奈さんは準備万端だったが、優希は食事会というもので自分がどんな動きをすれば良いかまるでわかっていないような顔をしていた。
「実はね、優希くんは特にすることもないのよ。昔はお手伝いさんが少なかったからお婿さんやお嫁さんが手伝っていたこともあったんだけど、今はそんな必要もないからね。次期当主の夫としてドンと構えていれば良いのよ。」
「なるほど、そういうものなんですね…。」
優希は捨て犬のような顔で申し訳なさそうな顔をする。
優希がよくやる顔だ。これをやられると杏奈は優希に強く言えなくなってしまう。
可愛い…じゃなかった、私がちゃんとしないと!明日はいよいよ食事会なんだから!
次の日…
※ここから複数の人物が登場しますが、特に人物を覚える必要はないので、『こんな人もいるんだ〜』くらいの気持ちで読んでいただけると嬉しいです。
「おっはようございまーす!」
杏奈は着物に着替えた後、陽気な声が聞こえて玄関に走って行った。
最初に家にやってきたのは三女の静子(しずこ)だ。
年齢は義母の7つ下で42歳。家に入った途端明るい雰囲気が感じられる。
母親との仲は悪いが、杏奈との仲は良く、明代さんに似ている雰囲気があるため杏奈は静子が好きだった。
「全く、本当に騒々しいわね。静子は…」
「はん!別にあんたに会いにきたわけじゃないわよ。私は明代さんに会いにきたようなもんだから!明代さーん、元気〜?」
「おい、どけよ静子。」
静子とほぼ同時にやってきたのは長男の拓実(たくみ)だ。
年齢は義母の5つ下で44歳。25歳になる悠雅(ゆうが)という息子も一緒に来ており、その悠雅も小さな子どもを抱いている。
「チッ…」
義母がその場にいる全員に聞こえるようにはっきりと舌打ちをした。
『お前の顔なんて見たくないんだよ』義母の顔にはそう書いてある。正直言って、杏奈にとってはこの母親の気持ちには同意見だった。
拓実はなぜだか勝ち誇ったような顔をしてニヤニヤしており、悠雅の方は優希を睨みつけている。
何、こいつ、優希を睨みつけるなんて…
杏奈は悠雅を思い切り睨みつけて威圧したが、悠雅はすぐにそっぽを向いてしまった。
数分後…
しばらくして、みんな一緒と言わんばかりに入ってきたのは次男の賢治(けんじ)・三男の武蔵(むさし)・四男の太郎(たろう)だ。
それぞれ奥さんと子どもを連れており、みんな仲良さそうに話しながら入ってくる。※人数が多いので、今後機会があればじっくり解説します。
「おぉー姉ちゃんたち。ごめんごめん、ちょっと遅れちまった。」
「いやーどうせならみんなで一緒に歩いて行こうってことになってさ、おっ!君が杏奈ちゃんの夫か、結構がっしりしているんだな。後で腕相撲やろう!」
太郎さんが挨拶をした優希を見て話す。
「あぁ、はい。太郎さんもすごい筋肉ですね。鍛えているんですか?」
「いや、特に鍛えてるわけじゃないが、大工をやっているからな。ちなみに四男なのになんで名前が太郎なんだって思っただろう?俺も理由は知らん。あっはっは!」
これは太郎叔父さんが初対面の人と話す時に必ず話す内容だ。
いつもであれば「またこの話か」「男はなんで筋肉なんかで盛り上がることができるのか?」と思っていたものだが、この時の杏奈は「優希の方が強いわよ!」と訳のわからない対抗心を燃やしていた。
………
食事会に参加する親戚が全て揃い、母が話し始める。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。蓮美(はすみ)はこれなかったみたいだけど、他の親戚は全員揃っているから話を進めるわね。」
※蓮美は次女で、年齢は義母の3つ下で46歳。鈴野家の中で唯一他の家に嫁いでおり、現在は北海道に住んでいる。
母は小さく咳払いをすると、続けて話し始めた。
「まず、当主の第1候補だった杏奈がこのたび結婚をしました。これにより、正式に杏奈を次期当主に決定し、引き継ぎの方を行なっていきます。特に異論がなければ…」
「あるね。俺は断固反対する。」
母の話を長男の拓実が遮り、続けて話し始める。
やっぱり反論してきたか、どうせ自分たちが当主の座につくことはないのになんて見苦しい…
そこからは食事も始めっていないと言うのに、真っ向から意見が対立している2人の口論が始まった。
他の親戚はため息をつきながら顔を見合わせて、いつもこうだ、という顔をしている。
すると、太郎さんの奥さんが優希に話しかけているのが目に入った。
おそらく、明代さんを呼んできてくれと言っているのだろう。この状況をうまく治めることができるのは明代だけだ。
優希は静かに部屋の外に出ていく。
少しすると明代さんが部屋に入ってきたが、優希の姿はない。
あれ?なんで優希がいないのよ。
「恵美様〜、ご飯食べましょうよ。私たちお手伝いの面々が集結して作った最高の食事が冷えてしまいますよ?」
「明代、今は大事な話をしているのよ?少しは空気というものを…」
「えぇー早く食べましょうよ〜、今日はビンゴ大会も用意しているんですから早く食べてしまわないと…」
「は?ビンゴ大会?聞いていないわよ?」
「サプライズですよ、ちなみに景品はこちらです。」
明代は居間の隅に置かれていた大きな荷物にかかっているシーツをゆっくりと取る。
そこには高級なお酒やプラモデル、家電、トレーディングカードの箱が入っている。
「うぉっしゃーー!!!やるぜーーーー!」「欲しかったオーブントースタァァァァァァ!」「うぉあぁぁぁぁ!それ欲しかったプレミアムのぉぉぉーーー」「なんでそのカードがあるんだよぉぉぉ!?」
親戚のみんなは母と拓実を置いて大騒ぎになる。
明代さんが事前に欲しいものをピックアップしてこんな時のために準備しておいたのね。本当にさすがだわ。
それにしても、優希はどこに行ったのよ…
親戚の空気が変わり、食事が始まる。
食事は滞りなく進み、お酒が飲める連中が程よくお酒が入って良い盛り上がりを見せていた。
のだが…突然、襖が勢いよく開いて優希が子どもを抱えて立っている。
しかも、普段はキリッとしている顔をしていながらも柔らかい表情をしている優希が鬼の形相で立っていたことで沈黙が広まった。
「は?なんで花と杏奈が一緒にいるんだよ?」
沈黙が広がる中、悠雅が不満そうに言葉を漏らす。
「うん、今のでよくわかったよ。明代さん、この子をお風呂に入れてあげてください。」
「え?いや、この子は?」
「後でお話しします。お風呂の後はアレルギーを確かめてからご飯を食べさせましょう。随分とお腹が減っているようですから…」
「え?あっ、はい!」
明代はすぐに少女を抱き抱えると、パタパタとお風呂に走っていく。
そんな様子を見て優希の近くに座っていた拓実が不満そうな顔をして立ち上がった。
「おい、なんでお前が俺の孫と一緒に来るんだ?説明しろ。」
「お前と話すことはないよ。黙って座ってろ…」
優希は拓実の方を強く抑えると、半ば無理やり座らせた。
「おい、悠雅っていったかな?あの女の子はお前の娘で間違いないの?」
優希は周りの人を押し除けるように悠雅の前に座り、顔を近づけて話す。
「は?いや…娘は娘だけど…」
「ボソボソ喋るな。お前の娘で間違いないかと聞いているんだ。どうなんだ?」
「娘だよ、今日は家で留守番をさせてたんだ。文句あるかよ。」
悠雅は目を逸らせながら強気で答える。
杏奈の場所からは優希の顔は見えなかったが、声だけでも全く別人に聞こえてしまう。
「あの子は草を食べようとしていたんだぞ?フケも着いているし、服も洗濯していない様子だったけど、お前虐待しているんじゃないだろうな?」
「虐待?変な言いがかりつけるなよ…そんなつもりは…」
「ボソボソ喋るな!どうなんだ!?」
優希が怒鳴ったその時、お手伝いさんの1人が焦った様子で部屋に飛び込んできた。
「あのっ!あっ…すみません、あの、あの女の子、体にいくつも痣があって…、病院とかは…」
その言葉を聞いて優希は無理やり笑顔を作ると、お手伝いさんを見て言った。
「そうですか、とりあえず優しくお風呂に入れて様子を見ましょう。お願いしますね…、」
「はい、わかりました!」
お手伝いさんが走ってお風呂に戻る。
「決まりだな、お前はあの子を虐待していた。」
「虐待!?そんなつもりは…うっ、ぐっ…」
「本当になんでなんだろうね、なんでわざわざお前みたいなやつのところに…」
悠雅が話し終える前に、優希は悠雅胸ぐらを掴んで思い切り壁に押し付けた。
悠雅は苦しそうに息を漏らしたが、壁に押し付けられている力が強すぎて話せなくなり、苦しそうにもがいていた。
「ちょっと!?優希!?」
「優希くん!やめるんだ!」
杏奈は今の状況にハッと我に帰り、親戚と一緒に優希に駆け寄った。
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