愛のないはずの結婚で…

優美

第1話

この作品は「浮気された俺の順風満帆ライフ」のヒロインである杏奈を主人公にした作品です。

また、この作品は感情の変化や夫の知らない場所での杏奈の行動を中心に楽しんでいただければと思います。


※この作品は「浮気された俺の順風満帆ライフ」とほとんど同時並行で執筆しています。物語の中で矛盾などが生じた場合は予告なく修正する場合がありますので、ご了承ください。


第1話


「このまま独身だったら、当主にはなれないわよ。」


この物語の主人公、鈴野杏奈は地主の娘で、次の当主になることはほぼ決定していた。

しかし、杏奈が29歳の誕生日を迎えて1ヶ月ほど経った頃に、急に母親から当主になれないと告げられたところだ。


「今さら当主になれないって…次の当主は私で決まりだって言っていたじゃない。」

「決まっていたわよ。でも、拓実(たくみ)が言ってきたのよ。『後継を産めない奴に鈴野家を任せるのか』って…、本当に鬱陶しい奴だわ…。でも、確かに拓実のいう通りよ、後継が生まれなきゃ先が心配なのは事実。ぐちぐちと文句を言って欲しくないのであればさっさと結婚しなさい。」

「……」


拓実という男性は、母親である恵美(えみ)の5つ下の弟で、杏奈の叔父さんだ。

昔から基本的に長男が当主になるという流れがあるかもしれないが、手段を選ばずにズバズバと物事を決めて行動し、確実に結果を残す母親と遊び呆けて何もできなかった無能な拓実叔父さんの場合は比べられることもなく、母親の恵美が当主になったという経緯がある。

しかし、この経緯から拓実叔父さんは事あるごとに母親の恵美や杏奈に突っかかり、次男の咲真(さくま)を次の当主にしたらどうかと騒いでいたのだ。

杏奈から見ても確かに鬱陶しい人だ。


「まぁ、どうせあなたに良い人なんていないんでしょ?相手が欲しければ私の方から見繕うから、できるだけ早く言いなさいよ。あと、今日は母さんの小物を施設に取りに行って。」


そういうと、杏奈の母親は杏奈の話を聞くことなく、背を向けて行ってしまった。

見繕う、か…

杏奈は人を物のように考える母親に不快感を覚えながら、祖母の小物を取りに行くために施設に向かった。

杏奈が向かっている施設は、杏奈の祖母が利用していた介護施設だ。

そんな祖母は先日亡くなり、もうすでに施設を利用はしていなかったのだが、今になって施設から祖母が小物をいくつか隠していたと報告があったのだ。


「杏奈様…着きましたが…」

「あぁ、じゃあ行ってくるわ。すぐに戻ってくる。」


杏奈は車を出て施設に入ると、事務室にいた理事長が明るく話しかけてきた。


「杏奈さん。こんにちは、本日はわざわざありがとうございます。鈴野様の小物はすぐに用意します。小松さん、頼めるかしら?」


理事長は杏奈に挨拶すると事務員さんに小物を持ってくるように頼んだ。


「ありがとうございます…、ん?」

「ん?どうしましたか?」

「いや、何で祖母は小物を隠していたのかと思って…」

「そうですね、棚の隅の方に見えないように隠されていたんですけど、何でそんなことをしたのかは私もさっぱりで…」


杏奈は疑問を感じながら挨拶を済ませると、施設を後にした。後ろから見送りのために理事長がついてくる。


「ごめんなさいねぇ、杏奈さん。駐車場までが少しあるから…」

「いえ、良いんですよ。私も少しは運動しないと…、」


杏奈はそう言っていたが、少々面倒だと思っていた。

この施設はすぐ外に駐車場があるのではなく、少しだけ坂を下ったところに駐車場がある。着物で歩いていくのは少々面倒だ。

理事長と一緒に駐車場に入ると、運転手がエンジンをかけ、外に出てドアを開けた。

ふーっ…、やっと帰れる。

杏奈が心の中でため息をついたその時…


「あっ…!」


持っていた祖母の袋に入っていた小さな紙が一枚、風に飛ばされていった。

杏奈は小さな紙切れを追いかけようと後ろを振り向いた瞬間、宙を舞っている紙を男性がキャッチした。


「これ…、」


男性はそう言いながら杏奈に小さな紙を渡した。


かっこいい、、、


「あぁ、ありがとうございます…。」

「いえ…。こんばんは、理事長。」

「こんばんは、優希くん。今日もよろしくね。」

「はい、もちろんです。」


紙を取ってくれた男性は理事長に挨拶をすると、早足で施設の方に歩いて行った。

その男性職員は杏奈よりも少しだけ背が高く、体型は綺麗な逆三角形でがっしりしている。また、顔は日本人にしては濃い顔をしているイケメンだ。

スタイルにも目が惹かれたが、なんと言っても顔が杏奈が思い描いていた恋愛小説の主人公そのものだった。


「あの職員を見たのは初めてですが、最近入ったのですか?」

「あぁ、斎藤くんですね。イケメンでしょー、あの子は元々ここで働いていたんですけど、一度やめちゃって…。でも、人材不足で大変って伝えたら復職してくれたんですよ。すごく良い子なんですよー。」


理事長は嬉しそうに話す。


「はぁ、なるほど…」


理事長は杏奈の母と同級生で、杏奈も直接的な関わりは少なかったものの信用できる人だと思っていた。

理事長が性格が良いというのであればその通りだろうし、見た目も杏奈が住んでいるあたりでは全くといって良いほどお目にかかることができないイケメンだ。

『この男ならちょうどいい、どころか、、、』杏奈はそう思いながら車に乗り込むと、すぐに電話をかけ始めた。


「ちょっと、頼みたいことがあるんだけど…」


数ヶ月後…


お互いの両親に結婚の挨拶などを済ませ、交際期間0、結婚式なしというとんでもない速さで杏奈は介護施設で見つけた男と結婚した。

この男の名前は『斎藤優希(さいとうゆうき)』という名前で、元々は別の人と結婚していたようだが、元妻の浮気が原因で離婚し、今はアルバイトと配信活動?とやらで食い繋いでいる状態のようだった。

杏奈は初めて優希を見た日にすぐに優希のことを調べさせ、優希が結婚しても問題ない人間である確認をするとともに、自分と結婚したいと思わせるような材料を集め始めたのだ。


※2人の出会については大きく省略していますが、ストーリーには大きく影響はないですのでご安心ください。また、結婚するまでの流れをもう少し知りたいという方は『浮気された俺の順風満帆ライフ』という作品をご覧ください。


杏奈は結婚について深く考えたことはなく、『いつか良い人と結婚できれば良いな』くらいにしか考えていなかった。

ただ、結婚というものが人生に大きく関わる大切なものだということはわかっていたため、心底嫌っている母親に世話にならずに自分自身で優希という結婚相手を見つけたのだ。

実際、バツ1だということは少しだけ気になっていたし、入籍届を出した後で自分の都合で結婚を押し進めたことに若干の罪悪感を覚えたことも事実だ。

しかし、見れば見るほど顔・スタイルがタイプだということに自覚させられるし、たった数日で性格の良さが伝わってくる。

この機会を逃せば自分の望んだ条件が揃った男と当主の座を逃すことになる。そんな状況は言うまでもなく論外だ、多少強引に動く価値もある。


これにより、杏奈と優希の2人は結婚し、新築の戸建てを建てるまでの間、杏奈の実家の離れに2人で過ごすことになった。

離れに住み始める1日目、杏奈の実家に優希の荷物を運び、杏奈の両親に改めて挨拶に行く。

ここで、杏奈の両親はバツ1の男との結婚に反対しなかったのか?という疑問を持つ方もいるかもしれない。

ただ、両親は特に杏奈の結婚相手について口出しはしなかった。

まず杏奈の母親だが、この女性は杏奈など話しにならないくらい気が強く、目的のためなら全く手段を選ばない女性だ。

また、杏奈の父親だが、杏奈の父親は過去に鈴野家に借金を肩代わりしてもらうことを条件に婿養子になっている経緯があるため、母親に意見することもできない空気のような人。

そんな杏奈の父親は結婚を報告した時も空気、『母親は夫になる優希が子どもを産める体か調べておけ』といっただけで特に反対もしなかった。


ある日の朝…


杏奈と優希は新しく住む新築ができるまでの間、杏奈の実家にある離れに住むことになった。

そして優希が住み始める1日目、杏奈はお手伝いさんと共に優希の荷物を部屋に運ぶ。


「なんだか、ごちゃごちゃしたものが多いわね。」

「そうですね、PCやモニターがいくつかあるのと、ゲーム機もたくさんありますから。」

「ゲームでお金稼いでいたのよね?本当に家に閉じこもっていながらそんなことができるの?」

「可能は可能ですよ。ただ、稼いでいたと言ってもそれだけで食べていけるほどは稼げませんが…。あっ、杏奈さん、それ意外と重いから危ないですよ。僕が持ちます…」

「あぁ、うん…。そう…」


そういうと杏奈はプイッと優希に背を向けて家に入って行った。

杏奈は初めて優希と出会った時のように素直に『ありがとう』とは言えなかった。

どうやって接すれば良いかわからなかったのだ。

その原因が男性経験がなかったせいか、優希がタイプだったからか、またその両方なのかは杏奈にはわからなかったが…


「杏奈さんの家広いですね…。」


離れに荷物を運んだ後、杏奈の両親が待っている部屋に向かっている途中で優希が中庭を見ながらつぶやいた。


「そうね、一般的な家よりは随分と広いでしょうね。それよりも、あなたは挨拶で余計なことは言わないで質問されたことだけに答えれば良いから。わかった?」

「はい、大丈夫です。」


優希にチラリと目をやると、少しむすっとしたような、不満そうな顔をしている。

言い方が悪かったということは杏奈も十分わかっていたが、優希に申し訳ないと思うよりも先に杏奈はこんな自分が嫌になっていた。

杏奈自身は否定したくて仕方なかったが、この時の杏奈の表情・話し方は本当に母親譲りだと言わざるを得ない。実際に顔が似ていると言うだけでなく、嫌々ながらでも長いこと接してきたことで親に似てしまうのは仕方ないことだ。


「お母様…夫を連れてきました。失礼します。」


杏奈が挨拶をして大きな和室に入ると、大きなテーブルの奥に義両親が並んで座っている。

優希も挨拶をして入ったのだが、杏奈の母親は優希をじろりと見ただけで何も言わなかった。

目の前に座ると、すぐに義母が話し始める。


「優希さん。まずは、娘と結婚してくれてありがとうございます。さっそくですが、なぜあなたが娘と結婚することを許可したかわかりますか?」

「はい…言うことを聞いてくれそうだったからですかね…」

「その通りです。よく自分の立場がわかっていますね。私は義母としてあなたに求めることはただ1つ、でしゃばらないことです。当主が杏奈に変われば、鈴野家に必要なことは全て杏奈が行います。あなたは杏奈のすることに意見せずに、サポートに徹しなさい。わかりましたか?」

「はい、わかりました。自分の立場は重々承知していますので、ご心配なく…。」


両親への挨拶はこんな感じだ。

杏奈の予想通り、父はほぼ空気だったし、低姿勢な優希を見て母も満足そうだった。

この父と母の様子を見て杏奈が不快に思わなかったわけではない。

娘の結婚の時にも何も言わない父親には再度ガッカリさせられたし、相変わらず人を道具のようにしか思っていない母親にはさらに嫌悪感が増した。


しかし、結婚して正式に当主になれば、もう杏奈に文句を言えるものはいない。今は当主になるために大きなミスをせず、その時が来るのを待つだけだ。

両親のような気持ちの悪い夫婦になるのはごめんだが、優希はすごく良い人だし、恋人という関係ではなく夫婦という関係になれたのだから、2人の関係はこれから考えていけば良い。


杏奈は優希の気持ちも考えずに呑気にそんなことを考えながら、自分の部屋に戻って行った。

その後は食事を済ませ、杏奈は先に入浴を済ませた。いつもより念入りに体を洗い、毛の処理をして風呂から上がるとドキドキしながら部屋に戻る。

結婚初夜…というわけではないが、今日は初めて優希と一緒に夜を過ごす日だ。


「お風呂、上がったわよ。」

「あぁ、そうですか。じゃあ僕も入っちゃいますね。」


杏奈が取り繕った冷静な口調で話すと、優希は持っていた本を閉じて笑顔でそう言って緊張など全くしていない様子で部屋を出ていった。

杏奈は優希とすれ違うときに少しドキッとしたような気がする。


これから夫婦の営みがあるというのになんとも思っていないみたい…、行為に慣れるとあんなに緊張しないものなの?


杏奈は自分だけ緊張していることに気づいて恥ずかしくなり、それを誤魔化すように夜の営みの手順を確認し始めた。


数十分後…


優希が部屋に戻ってきた。

綺麗に畳んであったはずの浴衣にしわを作っている。

普段であれば浴衣もまともに着れないのかと感じてしまう杏奈だが、この時はそれよりも子作りのことで頭がいっぱいになってしまった。


「随分と遅かったわね。男がこんなに風呂に時間をかけるなんて…、まぁ良いわ、さっさと始めましょう。」

「始める?何を?」

「結婚前にお互いに子どもができる体だとわかったんだから、子作りするに決まっているでしょ。早く脱ぎなさい私も脱ぐから…」


そういうと杏奈は部屋の電気を消し、優希の袖をひいて布団に座らせた。

杏奈はなんとか平静を装って手順通りに進める。

電気が消えているので顔は見えるわけがないのだが、それでも杏奈は緊張が顔に出ていないかと心配になってしょうがなかった。

暗くて何も見えないことで優希のカッコイイ顔や鍛えられた体のイメージで頭がいっぱいになってしまい、興奮が止まらない。


「杏奈さん。するのは初めてですよね?やり方はわかりますか?」

「バカにしないでくれる?子どもができる仕組みくらいわかってる。早くして…」


杏奈は興奮と緊張を抑え込むように強気で応える。


「でも、いきなりはできませんよ。」

「いきなり?」


杏奈は、言っていることが理解できなかった。


「はい、無理やり始めれば痛みを感じるかもしれませんし、性刺激が多い方が妊娠しやすいようですので、痛みを感じながらするのはよくないかと…」

「じゃあどうするのよ?」


杏奈は初めてで痛みがあることは知っていたが、想像通りの流れにならなかったことと緊張で完全に記憶が飛んでいた。

再度、杏奈は感情を押し殺すように強めに話す。


「とにかく早くしなさい。これに関してはあなたに拒否権はないのよ。」

「あぁ、はい…」


こんな感じで2人の行為は戸惑いながら半ば無理やり進んでいった。

ただ、この痛みというのは杏奈の想像を絶するものだった。

ただただ歯を食いしばって声を押し殺すことしかできず、『早く終われ!!』としか思えなかった。


「杏奈さん、今日はやめておきませんか?」

「はぁ…え?何で?」

「痛いんですよね?今日は初めてなわけですし、無理する必要はありませんよ?僕は男ですから杏奈さんがしたいときはいつでもできますし…」

「いや、でも…」

「大丈夫ですよ、1日くらいしなくても出産の時期は大きく変わりません。また、明日にしましょう?ね?」

「わかったわよ…、じゃあ今日は終わりね。」


急に杏奈はそう言うと、プイッと背を向けてた。


次の日…


日曜日だったが、杏奈は朝の5時ごろに目が覚めた。

痛みはほとんど引いていたが、若干むず痒いような痛いような妙な感覚が残っている。

昨日のことを思い出して恥ずかしくなっていたり、今日するのが怖くなっていたことで、洗面所の鏡の前で裸のまま座り込んだり立ち上がったりしていた。


「うぅ、寒い…」


今の時期は暖かくなってきてはいるが、朝や夜は少しだけ冷えることがある。それに杏奈のように裸になっていれば寒いのも当然だ。

しかし、杏奈が風呂に入ろうとしたその時、


ガララッ!!


優希がノックもせずに洗面所の戸を開けて入ってきた。


「ちょっと!ノックぐらいしなさいよ!!」


杏奈は叫ぶとすごい勢いで戸を閉める。


「あぁ、すいません!あ…そうだ…」


優希は何かに気づいたような声を出すと無断で戸を開け、杏奈に話しかけてくる。


「ちょっと!!」

「あの、昨日血が出ていたようですけど、大丈夫ですか?」

「血ぃ!?」


杏奈はほとんど叫ぶように答える。

しかし、優希は杏奈に怯むことなく話し続けた。


「少し血が出た程度なら大丈夫ですが、もし大量に出血していたり、次の日も血が止まらないようなら…」

「大丈夫!大丈夫だから!!」

「一緒にお風呂入りますか?」

「何でよ!!」


杏奈はまた戸を勢いよく閉めると、そのまま風呂に入る。


一緒に風呂に入る!?私が?彼と?バカじゃないの!!


その日の夜…


杏奈は優希が話しかけてきても顔を見ることもできなかった。

周りから見れば無視しているように見えただろうが、本音は気まずさから顔を逸らして何も言えなくなっていただけなのだ。

結局、杏奈はそのまま優希と話すことができずに夜になってしまい、夜になっても話すことはできなかった。


その時…


「杏奈さん。少しお話ししませんか?」

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