第8話

※第8話の内容は今後若干の修正が入る可能性があります。ただ、大きく内容が変わるわけではありませんのでご安心ください。

また、矛盾している点や誤字などの問題がありましたら教えていただけると幸いです。


「優希!!やめなさい!子どもが大勢見ているのよ!」


優希がギリギリと悠雅を壁に押し付けていると、義母が鋭い声で言った。

優希はハッとしたように周りを見まわす。


「優希さん、気持ちはわかったから、一度外で頭を冷やしてきなさい。」

「はい、すみません。」


義母に一喝されたことで優希はトボトボと外に出ていった。


………


まだイライラする…、不倫された時も怒りは湧いてきたけど、がっかりや裏切られたというショックまで入り混じっている状態だった。

でも、今は純粋に怒りの感情だけが湧き続けて治りがつかない状態だ。


今回ばかりはお義母さんに感謝しないとな…、あのままだったら殴るだけじゃ済まなかったかもしれない…


「あなたのせいで食事会は大荒れね。」


優希がぼーっと考えていると、後ろから突然義母の声が聞こえた。


「お義母様…」

「様なんて付けなくて良いわ、それにこれからは恵美さんって呼びなさい。それにしてもあなた、なかなか男らしいところもあるのね。図体のわりにナヨナヨしていると思っていたけど、見直したわ…」

「あぁ、いいえ。せっかくの食事会をぶち壊してすみませんでした。」


優希は初めて優しい表情を見せた義母に何も言えなくなり、頭を下げた。

こういう時に単純に怒ってくれると楽なのだが、こういった接し方をされると逆にどうしてよいかわからなくなってしまう。


「とりあえず、次の当主の決定は延期したわ。私は年齢的にまだ退く必要はないから焦る必要はないし…」

「もしかして、僕のせいで杏奈さんが当主になれない可能性があるんですか?」

「それはないと思うわ。今まで長男の拓実が息子を当主にするべきだと言っていたけど、幼児虐待をするような人間を認める人はいないでしょうし、杏奈自身が問題を起こしたわけではないから。」


優希はそれを聞いて心底安心した。

自分が杏奈にとってどんな存在か、自分にとって杏奈がどんな存在なのかは理解できていなかったが、自分が杏奈の目標の妨げになることは避けたかった。

しかし、ほっとしていた気持ちもすぐに悠雅への怒りでかき消されてしまい、優希は険しい表情に変わっていく。


「嬉しくないのかしら?杏奈に悪影響はないって言っているのよ、何が不満なの?」

「あの小さい女の子が虐待を受けていたんですよ?簡単に許せるわけがないじゃないですか。」

「別にあなたの子どもじゃないでしょ…、まぁいいわ。じゃあ、あの子どもの面倒はあなたが見なさい。」

「はい?」

「私が話をしてくるから、あなたは明代が迎えにくるまで外で待っていなさい。」


優希が間抜けな声を出すと同時に、義母は話しながら家に入っていった。


数分後…


ガララ…


「…、あっ…、チッ!」


家から明代が出てきたかと思っていると、子どもを抱いた悠雅と拓実が出てきた。

悠雅は優希を見ると舌打ちをし、悔しそうな表情を浮かべて車に乗り込んみ、乱暴に走り去っていった。

それに続くように明代さんが家から飛び出してくる。


「優希くん!あの子の面倒を見るって本当なの!?」

「明代さん…、いや、僕も何が何だか…、それよりも、あの子は大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ、お風呂に入ってご飯を食べたら安心したのか寝ちゃったわ。でも、恵美さんがあの子は優希くんと杏奈ちゃんが面倒を見るって言うもんだから…。とにかく中に入って。」


家の中に入ると、義母の姿はなく、杏奈が何か言いたげな表情をして立っているのが目に入った。

ただ、杏奈よりも先に親戚のみんなが優希の周りに集まってきた。


「やったな!優希くん!」「男見せたな!」「カッコ良かったわね!旦那がいなかったら惚れてたわよ!」「おぉ!…ん?」「あの子の面倒も見るって聞いたけど大丈夫なのか?」「それにしてもあの拓実と悠雅の顔は見ものだったな!」「やっぱり強いんだな腕相撲だ、腕相撲!」「太郎うるさい!」


「あの!みなさん、怒っていないんですか?ご兄弟の拓実さんにあんな事をしたんですし…」


親戚のみんなはそれぞれ顔を見合わせたが、すぐにみんなが吹き出したり、笑い出したりしている。


「怒るわけないじゃない!あの時の優希くんはカッコよかったわよ!」

「そうだ。それに優希くんは知らないのも当然だけどあいつ親戚の中でも相当嫌われているからな…」


太郎さんとその奥さんが優希に話す。


嫌われている?結構近くに住んでいて関わりも多いはずだし、何よりも兄弟なのに…


優希は兄が1人と弟が1人いるという3兄弟の家庭で生まれ育った。

ただ、一緒に遊びに行ったりはしないものの実家で会えば仲良く話すし、何かあればお互いに助け合っている仲だ。

そんな兄弟を持っている優希にとって、『兄弟から相当嫌われている』という状況は理解し難いものだった。


「はいはい、もう終わりにしましょう!せっかく準備したお食事が冷めてしまいます。優希くんと杏奈ちゃんはちょっとお話しできますか?」

「あ、はい。では失礼します。お騒がせしてすみませんでした。」


優希と杏奈は明代と一緒に部屋を出た。


「詳しく聞かせてもらえる?2人とも…、私が花ちゃん(悠雅の娘)をお風呂に入れている間に色々あったようだけど…」

「えぇっと、外に出た後にお義母さんが出てきて少し話しをしていたら突然、あなたが面倒見なさいって言い出したんです。だから、その…」


優希はチラチラと杏奈を見ている。


子どもと一緒にいれるのは嬉しかった。だが、今の優希と杏奈は妊活をしている状況。

優希が他の子どもの面倒を見たいと言ったと誤解をされれば、杏奈は反対するだろうと思ったのだ。


「やっぱり恵美さんの独断ね…」


明代さんが小さな声で呟くと、杏奈が部屋の中の様子を話し始めた。


「部屋では優希が出て行った後からお母さんが戻ってくるまでは、ひたすら静子さんと拓実さんが大声で揉めていました。しばらくして、突然お母さんが部屋に戻ってきて虐待をしているような男に当主の座を譲る気がないこと、花ちゃん?をこの家で私と優希が面倒を見る事を宣言して、他の人の話を聞くこともなくどこかへ行ってしまったんです。」


杏奈が少し戸惑いながら話す。


「それで大人しく帰っちゃったわけですか?当主の座についても簡単に納得するとは思えませんし、虐待していたとはいえ娘ですよ?簡単に受け入れるとは…」


優希はシンプルな疑問をぶつける。

明代もうんうんと頷いて杏奈の答えを待つ。


「えぇ、もちろん拓実さんも悠雅も血相を変えて反対していたけど、珍しくお母さんが大きな声で、反対するのであれば警察に通報する、と脅したんです。」

「恵美さんが…、やっぱり変ね…。でも、恵美さんが決定したのであれば簡単に覆すことはできないわ。だから、表向きには2人が面倒を見ることにするけど、基本的に私が面倒を見るから2人は安心して妊活に励んでね。それにしても、恵美さんはどこに行ったの?」

「部屋に戻ったと思います。他に行くところもありませんから」

「ちょっと恵美さんと話をしてくるわね。2人は食事を楽しんで…」


明代は急いだ様子でパタパタとお義母さんの部屋に走って行った。


その後の食事会は滞りなく進んだ。


「はぁー、今日は楽しかったな〜」「久しぶりにあんなに騒いだわ〜」「まさか俺が負けるなんて…俺は…必ずリベンジする…」「太郎が負けるなんてね…、しかもあんなに簡単に…」


「みなさん楽しそうでしたね。」

「呑気なものね、まぁ、私たちが育てるわけじゃないから大丈夫かもしれないけど…」

「……、」

「優希?」

「いえ、なんでも。今日はゆっくりと休みましょう。詳しいことはまた明日ということで…」


優希は杏奈が部屋に戻ったのを見届けると、すぐに花の部屋に向かった。

食事会の間も定期的に見に行っていたが、やっぱりぐっすり眠っている。


可愛い…、こんなに可愛い子になんで暴力を振るって放置なんてできるんだろう。

それに、無茶苦茶だということはわかっているが、虐待するようなクズに簡単に子どもができて自分たちのところに来てくれない現状を見ると「なんで?」と思ってしまうな。

この子が俺の元に来てくれれば誰よりも大切にできるのに…、いや、杏奈さんと妊活をするんだからそんなことは夢のまた夢か…


「……」

「わっ…!」


花は目を開けてじっと優希を見ている。

起きて泣き出すこともなく、優希に話しかけることもなく、ただただ見つめている。


「…、おはよう、花ちゃん。えぇっと…」

「薄かった…」

「へ?」

「ご飯…」


花はほとんど無表情の小さな声で話すと、再び目を瞑ってそのまま寝てしまった。


ガララ…


「あら、優希くん。どうしたの?」

「明代さん。花ちゃん、今ちょっと起きたんです。ご飯が薄かったって…」

「えぇ?そんなに薄味だったかしら?」

「あの、アレルギーとかは大丈夫だったんですか?」

「あぁ、つい最近までは関わりはあったからそれくらいはわかっているわよ。瑞希(みき)さんがしっかりと調べてくれたからそのへんは安心できたし。」


瑞希さん?、悠雅の妻か。そういえば、今日は姿が見えなかったけどなんでいなかったんだろう。


「ちょっと部屋の外に出ようか、花ちゃん起きちゃったらまずいし…」


………


「亡くなったのよ、花ちゃんのお母さんは。」


部屋から出ると、唐突に明代さんが話す。


「亡くなった、ですか…。えっと、病気か何かですか?」

「事故よ。花ちゃんのお母さん、瑞希(みき)さんがが亡くなった原因は、ちょっと詳しく話すとね…」


、、、、、


鈴野悠雅は現在25歳。25歳で子どもが生まれたとなれば、結婚と出産が少し早いだけという話だろう。

ただ、悠雅の娘である花の年齢は4歳。つまり、悠雅は21歳の時に子どもを授かったことになるため、悠雅は随分と早く子どもを授かったことになるのだ。

早くに子どもを授かったとなると、いわゆる「できちゃった婚」を想像する方も多いと思うが、悠雅と瑞希もまさにそれだ。


大学3年生になってすぐに妊娠が発覚、悠雅はすぐに結婚を決意し、父親に反対されながらも大学を中退し、バイトをしていた職場でそのまま正社員にしてもらった。

その後、給料は低かったものの鈴野家が所有していた家(空き家として半分放置されていたようなボロ屋だったが…)を格安で借りていたことに加えて、悠雅の奥さんも内職の仕事で収入を作っていたことで、余裕はないながらもなんとか生活ができていた。

実際、この時まで悠雅は目の前のことに必死で余裕はなかったものの、妻のため子どものために頑張っていた。

ただ、生活に少しずつ余裕が生まれ、2人目の子どもが生まれてすぐに悲劇が起る。


その日は、夜まではいつも通りだった。

悠雅が仕事に行くのを奥さんが見送り、そのまま奥さんは花を保育園に送り届けて家事・育児をこなす。

ただ、その日の夜、悠雅が家に帰ってくるほんの数十分前に花が体調が悪いと言い出したのだ。

弟が生まれてからというもの、花が体調が悪いと言い出すことはよくあったのだが、この日は悠雅の奥さんの「病院に行くのか?」という問いかけに対して花は「行きたい」と答えた。

この答えに本当に具合が悪いのだと焦った瑞希さんは嫌われている悠雅の実家ではなく、少し遠くにある自分の実家に弟を預け、そのまま病院に車を走らせていた。

ただ、花と一緒に病院に向かっている途中で、瑞希の車は後ろから走ってきた車に追突されてしまう。

チャイルドシートに乗っていた花は全くの無傷だったが、後頭部を強く打ってしまった瑞希さんは数時間後に突然倒れてしまい、そのまま帰らぬ人になってしまった。


こんなことになってしまったのは、瑞希さんが事故の後に花の体調を心配して頭など打っていない、と嘘をついていたことも原因の1つだ。

また、花が体調が悪いと言い出したのは親に構ってほしいという『赤ちゃん返り』が引き起こしたことで、もちろん花に悪気があったわけではない。

つまり、運悪く、良くないことが重なってしまったのである。

しかし、この事実を知って悠雅は娘の嘘が原因で瑞希は亡くなってしまったのだと怒りを爆発させてしまう。

しかも、そんな状態の悠雅を父親の拓実がそそのかし、今では食事会であったような状態になってしまったのだ。


………


「なるほど、そんなことが…」

「えぇ、そうよ。まぁ、幼児虐待が許されるわけではないけど、そういう過去があることも事実なのよ。」

「はい、でも同情はできませんね。もう少し発見するのが遅かったら花ちゃんは死んでいたかもしれないんですから。」

「あっ…、うん…、そうよね、優希くんが正しいと思うわ…」


2人の間にはしばらく沈黙が流れていたが、優希はなぜだか気まずくなってしまい、部屋に戻った。


ふざけるな!そんな事情で虐待が許されてたまるか!

赤ちゃん返りなんて当然のように起こるものだ!それに、子どもからすれば虐待の理由なんて関係ない!虐待は虐待だ!!


優希は自分に言い聞かせながら少し強く部屋の扉を開けた。


ガララ…!


「今まで何をしていたの?話をしようと思っていたのに…」


部屋に入ると杏奈が話しかけてくる。


優希は今まで怒りで震えていたのだが、なぜか杏奈の顔を見ると少し落ち着きを取り戻した。


「あぁ、はい。すみません、こんなことになったのにほったらかしにして…。」

「あぁ、うん。でも、あの子の面倒を見るってあなたが言い出したんじゃないのよね?」

「はい、お義母さんが突然言い出したので僕にもさっぱりで…」


杏奈は難しい顔をする。


「そう、わかったわ。じゃあ、明日からは仮にだけど子育てスタートってわけね。正直気は進まないけど、お母さんの言うことは絶対だから…。それに、家ができるまでの辛抱だと思えば良いか…」


優希は『辛抱』と言う言葉には引っかかったものの、義母のおかげとはいえ、杏奈が納得してくれて良かったと思った。


あの子には安心して過ごせる場所が必要だ。今は自分たちがどう思われても良い…、心の傷を少しでも癒してくれるといいけど…

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