第2話

ドン!ドン!ドン!


ダダダダダダダダ!!


「おぉー、15キルか…ランク戦にしては良い結果だな…」


『すげー』『強すぎw』『最初チーターかと思ったw』


「お、投げ銭ありがとうございます。今日は動画編集の日なんで、これで終わりますね。また明日ーー、」


元妻の浮気が発覚したことで離婚。

精神的に落ち込んだことで実家に戻ってきた斎藤優希は、離婚してから1年、27歳になった今でも部屋に引きこもっている。


そう…なんと斎藤優希は離婚のショックから立ち直ることができず、実家で引きこもりニートになっていたのだ!!!

というわけではありません。めんどくさいことして申し訳ない…。ちょっとやってみたかったんです。


実際、優希が部屋に引きこもっているのは事実なのだが、それは決して後ろ向きな理由ではない。

ここでも、優希の立ち直っていく様子を現在進行形で語りだすと長くなってしまうため、優希の1年を軽く振り返る形で解説していく。

1年後に立ち直ったと言っても離婚直後の優希は流石に落ち込んでおり、誰とも話す気力もなく、トイレと風呂以外は部屋から出てこない状態が1週間続いていた。

引きこもっていたのがたった1週間?そんなに落ち込んでないんじゃない?と感じる人も多いだろう。

しかし、外に出るようになっただけで立ち直ったというわけではない。


優希は1週間の間、離婚されたことで気分が止まることなく落ち込み続け、7日目にとうとう無心で自⚪︎をしようとした。

ただ、直前で踏みとどまり、優希は自⚪︎しようとしている自分に気づき、


俺は何をしているんだ!?死にたくない!!


という今まで感じたことのないとてつもない恐怖を感じて部屋から飛び出したのだ。

部屋から飛び出した優希は風呂に入ってジャージに着替えた後、何も考えずに全速力のランニングを始めた。

全速力で走っては止まり、全速力で走っては止まり、それを繰り返して1時間ほど奇妙なランニング?をした後、体力の限界を迎えて家に戻る。


シャワーを浴びながら、優希は運動に必死になることで初めて元妻のことを考えずに済んだこと、結婚していながら別の男に抱かれる程度の女のせいで自殺しようとしたということに明確な怒りを感じていた。


その日から、優希の生活はただ引きこもる生活から一変した。

まず、朝起きてすぐ全速力のランニングをし、その後筋トレ、体力的にきついと感じると1日中バトルロワイヤルのゲームに没頭する。

食事も適当な時間に摂っており、栄養バランスなども考えずにとにかく腹に入れているという状態だったので、運動はしているとはいえ健康的な生活とはほど遠い…


また、筋トレをしている人なら特に違和感を感じるだろうが、この時優希は筋トレをすることを目的にしているのではなく、(筋肉痛の中で筋トレをするのは痛い!苦しい!)という感覚で離婚のことを考えずにいられるようにしていたのだ。

もちろん、体に良いわけがない。真似しないように…

さすがに、鍛えている部位から鳥肌や寒気のようなものが広がったり、筋トレしている部位に変なあざのようなものが見えた時は怖くなってやめていたが…


※ちなみに、このような症状はオーバーワーク、筋トレのやり過ぎによるものなので、絶対に、絶対に真似しないように…


とにかく、そんなメニューで毎日を過ごしていたため周りは心配していたのだが、半年が経つころには浮気されたショックから立ち直り始め、必要以上に思い詰めることも無くなっていた。

さらにもう1つ、この半年で優希が成果を見せたことがある。

それは、優希が運動以外に取り組んでいたバトルロワイヤル式のゲームで、配信者として稼げるまでに成長したということである。

このバトルロワイヤルゲームは、ちょうど優希が運動を始めた時期にサービスが開始され、元々ゲームが好きだった優希は運動以外の現実逃避の方法としてこのゲームを始めた。


最初は現実逃避の手段としか考えていなかったが、サービスが始まってから1日のゲームのプレイ時間が7時間を下回ったことがないのだから、嫌でも上手くなる。

そしてある日、有名な配信者と一緒にプレイすることになった時にその配信者に腕前を褒められ、一緒にプレイするようになったことをきっかけに配信者デビューをしたのだ。

正直、配信者として何もかもが上手くいったというわけではない。

一度はチート(簡単に言うと不正行為で実力関係なしに強くなること)を疑われたことでオフラインで実力を証明するために会場に行ったり、配信者としてのお金の稼ぎ方が上手くわかっておらず、配信を見てくれる人は多いのに収益が伸びない、という問題もあった。


結果的にはオフラインで実力を証明したことで人気に拍車がかかったことと、オフラインの会場で配信者に稼ぐ方法を教えてもらったことで問題は一気に解決したのだが…


そしてやっと第2話の冒頭に戻る。

優希は離婚後1年が経とうとした頃には配信や動画投稿での収益で5万円から10万円ほど収益を得ることができるようになり、実家に住んでいるためその収益でも少しずつ貯金ができるほどになったというわけだ。


「ふーー…今日はこれで終わりっと…。」


いつもは配信をメインに…というか配信しかしていないのだが、今日は1週間に1度の動画編集の日であるため、昼過ぎにゲームを終えたのだ。


※ゲーム配信者は配信での投げ銭だけでなく、配信の切り抜きなどの動画を投稿して広告収入を得ることも可能なので、優希も1週間に1度という少ないペースではあるものの動画編集・投稿を行っている。また、配信者はサブスクなどで収益を得ているものも多いのだが、優希は配信での投げ銭と動画投稿による広告収入のみで稼いでいるため、特別に収入が多いというわけではない。まぁ、稼ぎ方が下手くそだということだ。


ゲームの画面を閉じ、動画編集ソフトを開こうとしたその時、


ブーーーーッ、ブーーーーーーッ


マナーモードにしている携帯が鳴った。携帯の画面には勤めていた介護施設の名前が書いてある。


「はい。斎藤です。」


優希は特に言葉遣いなどを考えずに電話に出た。


「こんにちは、優希くん?今お話しできますか?」


電話をかけてきたのは優希が勤めていた介護施設の事務長の鈴村さんで、優希が就職活動をしている時からお世話になっている人だ。

介護施設は利用者の下の世話などの業務があることや給料が低いことなどから新卒の学生などからは人気がないが、優希はどんな仕事でも真面目に取り組み、人当たりも良かったため、事務長をはじめ、職場での人間関係は非常に良かった。

優希は電話の声と話し方ですぐに事務長だということに気づき、嬉しくなって働いていた時のように事務長と話し始めた。


「ご無沙汰しています。お元気ですか?でも珍しいですね、急に電話なんて…」

「うん…優希くんが退職している事情は聞いているから悪いとは思ったんだけど、ちょっと相談があって…」


事務長がやめた自分に相談?優希は携帯を耳に当てながら首を傾げた。


「その、職場に戻ってもらうことはできないかな?あんなことがあった場所の近くに戻ってきたくないかもしれないけど、今までにないくらい人不足で困っているものだから…」


話すのを聞いていると、事務長は少し疲れているようにも感じる。

介護施設は業界規模で人不足なのだが、その中でも優希が勤めていた施設は特に田舎にあったことなどで、あまり新しい人材が入ってこない状況だった。

しかし、その施設は介護施設の中では給料が高い方で、休日数なども比較的多かったことから離職率は低く、1度入職した人間が離れないことで人材不足の問題に直面せずにいられたはずだ。


「人不足なんて僕がいる間に問題になったことがありませんが、なんでそんな状況になってしまったんですか?」

「それがね、あの後家の都合で退職する人が2人出て、パートの人も数人辞めちゃったの。それでも負担にならないようになんとか回せていたんだけど、最近続けて妊娠して休暇に入る人が出ちゃって…。それ自体はおめでたいことなんだけど、この施設人気ないから新しい人材も入ってこなくて…」

「そうですか…」


優希は大好きな施設のためであればぜひ力になりたいと思ったが、正直迷った。

それは辛い過去を経験した場所に戻ることに抵抗があったというわけではなく、現在配信者という仕事にやりがいを感じていて、楽しくなってしまったことが理由だ。


「少し考えさせていただいてもよろしいでしょうか?僕もあの施設は好きなので、できるだけ力になりたいのですが…」


優希は前向きに考えたかったのだが、曖昧に返事をした。


「本当!?ありがとう、急に電話をかけてごめんなさい。」

「いえ、大丈夫です。久しぶりに声が聞けて嬉しかったです。失礼します。」


優希は電話を終えると、編集も忘れて考え込んだ。


あの施設に再就職か…。あの施設は好きだけど介護の仕事は楽じゃない。副業を許可してもらったとしてもゲームの実力は絶対に停滞するだろうし、配信できる時間も短くなることでせっかく増えていた視聴者も離れるかもしれない。両立は難しいよな…

それに、本業と副業の両立ができなければいろんな人に迷惑をかけることになるし、どちらもうまくいかずに体を壊したら意味がない。でも、親は定職に就いた方が安心してくれるだろうし、俺も将来的にそっちの方が安心だと思う。


!? 


そうだ!施設に週に2日から3日、5時間から6時間程度のアルバイトで雇ってもらうことはできないだろうか?それができれば他の日は配信に全力で取り組むことができるし、施設の人や親には正社員に戻るまでのステップだといえば納得してくれるだろう。


優希は凄まじい勢いで考えをまとめ、その日のうちに施設に電話をかけ直した。


プルルルル…


「はい、有料老人ホーム⚪︎⚪︎園です。」

「失礼致します、先ほど事務長からお電話をいただいた斉藤と申します。復職の件でお話があるのですが…」

「え?優希くん!?私!覚えてる?ほら、木嶋美由(きじまみゆ)!」

「あぁ!木嶋さん!ご無沙汰しております。」


木嶋さんはこの介護施設の事務員さんだ。元々関わりが多かったわけではなかったが、優希が一人暮らしをしていたマンションは最上階のみがファミリー向けになっており、木嶋さんが妊娠中に体調を崩した際、何度か優希が手助けをしたことがある。


※もちろん、旦那さんには許可をもらっており、旦那さんとも仲が良かったです。


これにより、2人は事務と支援員でありながらよく話すようになり、優希の元妻、真波が浮気したという時に木嶋夫妻は自分のことのように怒ってくれた。


「ちょっと待っててね!すぐに呼んで来るから…」


……


「お電話変わりました、鈴村です。」

「こんにちは、斉藤です。復職の件についてお電話させていただいたのですが、正直、精神状態を考えるといきなり正社員で復帰するのは難しいと感じました。でも、もう一度働きたいと考えているので、アルバイトとして雇っていただきたいのですが、可能でしょうか?」

「え?本当に!?ありがとう優希くん。優希くんはしっかり働いてくれるからアルバイトでも助かるわ。本当にありがとう!」


これにより、結局優希は夜勤専従のアルバイトとして再度同じ施設で働くことになり、このことを報告すると両親は非常に喜んでくれた。


※夜勤専従は夜勤シフトのみに入る介護士のことで、主に経験がある介護福祉士がアルバイトや非常勤といった雇用形態で雇われることが多い仕事です。

中には日給3万円出すところもあるらしく、月に10回ほど出勤する介護福祉士もいるらしいですが、優希の場合は日給2万4千円で月に8回出勤することで月収19万円ほど稼ぐことができていました。

ちなみに、優希は介護施設に勤めて実務経験を積み、介護福祉士の資格を取得できるようになってからすぐに介護福祉士の資格を取得しています。


正社員ではなくフリーターのような状態で新居を決めるため、審査が通るか不安があったが、なんとダメもとで審査を出してもらった施設の近くの平屋(家賃5万円ほど)が審査に通ってしまった。

優希自身は絶対に通らないと思っていたのだが、フリーターと言っても優希は夜勤専従として働くこと、父親が保証人になってくれたこと、預貯金審査もしてもらったことで審査に通ることができたようだ。


※預貯金審査とは、自分の貯金額を見せ、審査の判断材料にしてもらうことです。

最低でも2年分の家賃を持っていなければ意味をなさないと言われているようですが、優希の場合は今まで貯金を頑張ってきたことに加えて慰謝料で結構な額をもらっています。

離婚後は実家で過ごしていたため貯金はほとんど手がつけられておらず、むしろ配信活動で少し増えていたほどなので貯金額は十分だと認められたのでしょう。


3週間後…


「おぉー改めて見るとちゃんとした平屋だな…」


入居日に自分がこれから住む平屋を見て優希は感動していた。


結構良い平屋で事故物件というわけでもなく、洋室が1つに和室が2つにダイニングキッチンもあり、一人暮らしにしては少々広すぎるくらいで、今まで空き状態だったのが不思議なくらいだ。

この広さを自分1人で存分に使えるなんて、なんて贅沢な男だろう!と優希は目を輝かせ、住み始めてすぐに配信するための準備を整えて可能な限りの防音対策を行なった。

防音対策といっても、防音テープを貼ったりする程度だったが…


そして、優希は夜勤専従のアルバイトと配信を両立する生活を始めた。


最初は体力的にきついと感じることはあったが、職場では復帰したことを歓迎してくれたし、生活に慣れてくるとそれなりに両立できるようになり、配信者としても今ままで通り稼ぐことができた。

配信者としての収入は相変わらずだったのだが、アルバイトと配信での収入を合わせるとそれなりの収入になっていたので、この先5年ほどの生活に不安があるわけではない。

ただ、優希は配信者としての認知度が高い理由は、今最も人気と言っても過言ではないバトルロワイヤルゲームで実力があるからだ。


ゲームのサービスが終了してしまえば配信で得られるお金は今まで通りとはいかないだろうし、人材不足の介護業界といってもいつまでもアルバイトの状態でフラフラしているわけにもいかない。


「30歳になる前には正社員として雇ってもらえるところを探さないとな…」


夜勤明けの帰り道、優希は帰りながら小さな声でつぶやいた。

正直なところ、今の職場で雇ってもらえることも可能だと思うが、優希は大学を卒業してから今勤めている施設しか知らない。正直なところ、介護士として食べていくのであれば他の施設も見てみたいのだが…


「ん?」


色々と考えながら家の前に着くと、家の前に着物姿の若い女性が立っていた。

しかも、近くに止まっている車は、素人目から見ても高級車だ。


その女性は優希が好みの気が強そうな顔をしたお姉さんタイプの女性だった。

ここだけの話、性格も結構きついのだが…

ただ、この時優希は夜勤明けということに加えて、なんとなく結婚はしないだろうとすら思っていたため、この女性を見ても特になんとも思わなかった。

そのため、この女性を見た時もなんか女の人がいるな…と思っただけで、挨拶をしただけですぐに家に入ろうとした。


しかし、その時…


「ねぇ、あんた、私と結婚しなさい。」


「は?」

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