第31話 ファルシードの戦い
「門を開けよ!」
ファルシードの命令が響き渡る。
正門が開かれる。それは二〇日ぶりのことであった。それまで籠城を決め込んでいたタルフィン王国軍が初めて、軍事行動を開始したのだった。
まず門から出るのは馬に乗ったファルシード。そして近衛のラクダ兵。その後ろには大群の重装歩兵がつづく。堂々たる行進である。街道を前に、ゆっくりと歩みを進めていく。
兵たちの顔には微塵も不安な表情は浮かんでいない。
ただ、彫刻のようにじっと正面のみを兜の下から見つめ歩みを進めていく。
「タルフィンの軍勢が王都をでました!その数五〇〇程度。先頭は騎兵ですが大多数は歩兵の模様!」
斥候が馬上のガジミエシュ=ハンにそう報告する。ガジミエシュはただ、遠くを見つめ静かに黙っていた。
「ハン、揺動にも思われます。ご一考を」
軍師らしき人物が、そう言上する。少しの沈黙の後、ガジミエシュは決断する。
「正面の敵を殲滅する。いかなる罠があろうとも、顧みるに値せず。我らが恐ろしさを知らしめてやろう」
静かな口調で命令するガジミエシュ。
騎兵たちがそれに従う。
最強の騎馬軍団が動き出した――
ファルシードは目を凝らす。
砂煙を上げて近づいてくるトゥルタン部の騎馬軍団。
黒い魔神が地面を這いずりながら来るようなその光景は、恐怖そのもののであった。
「重装歩兵!防護柵を建設せよ!」
ファルシードは命令を下す。
重装歩兵は手に持っていた大きな盾を、街道の上に設置する。
街道は部分部分に石が埋め込まれており、そこに盾がはめられるようになっていた。
『籠城戦ばかりでは勝機はありません。その際に、防御する砦が必要になるでしょう』
ロシャナクの発案。
ゴルド=タルフィンから伸びる街道には至るところに敵の進撃を防ぐ、防護柵を即席に作れる『しかけ』が施されていた。
無数の盾により、防護壁が築かれる。
ファルシードが右手を上げる。防護柵の背後にいた兵士たちが弓を引き絞る。
「――撃て!」
空に向かって矢が放たれる。そして二撃、三撃――
一方トゥルタンの騎兵軍団は恐るべきスピードでファルシードの本陣にまっすぐ、突っ込もうとしていた。
その刹那。
彼らの頭の上に悪魔の雨粒が降り注ぐ。
無数の矢が――
タルフィンの矢は重く、そして鋭い。
トゥルタンの騎兵の兜をやすやすと貫通し、また馬をも貫いた。
放り出されるように、傷ついた兵が地面に叩きつけられる。
無敵のトゥルタン騎馬兵の勢いがとまるかと思われた次の瞬間――
大きな馬がタルフィンの軍の前に現れる。
ガジミエシュ=ハン――大将自ら戦線の矢面に姿をみせたのであった。
矢の雨など、ものにもしない。
数騎とともに敵陣になだれ込む。
即席の盾の防御壁などものにもしない。
槍を振るい、タルフィンの兵士たちをなぎはらうように倒していく。
勝負は決した。
すでにタルフィンの重装歩兵はさんざんに打ち破られていた。
ファルシードも決断する。
「全軍、退却!」
当然の判断である。しかし、敵はさらに早かった。
ファルシードを命がけで守ろうとする家臣たち。
しかし、玉ねぎの皮をむくように一人、また一人と脱落していく。
王都の門が眼の前に現れる。
ファルシードは馬をめぐらし、声を張り上げる。
「全軍、王都の中に撤退せよ!」
そう言いながら、剣を抜くファルシード。
眼の前にはガジミエシュ=ハンとその部下たちが彼を見つめていた。
『国王陛下が自分を犠牲にして、敵を抑えようとしている!』
城壁から上がる声。
「構わない!早く門を閉めよ!」
ファルシードは命令する。
ゆっくりとファルシードに近寄るガジミエシュ。
「王たるもの、その心意気は認めよう。しかし――」
軽く刀を一閃する。かなりの間合いがあるにも関わらず、ファルシードは弾かれ落馬する。
「降伏せよ。それが嫌ならば死ね。弱き王は罪悪でしかない」
見下ろしながら、そうガジミエシュは吐き捨てる。
ファルシードがもう一度剣を手につかもうとする。よろよろと立ち上がろうとする。
それを見ていたガジミエシュはゆっくりと大きな剣を馬上から振りかぶろうと――した次の瞬間――あたりはまばゆい光に包まれた――
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