第30話 シェランの決意

 荒れ地の中。ガジミエシュ=ハンの前にうやうやしくひざまずく老人。その前には降嫁な絨毯の上に山盛りにされた金銀財宝が鈍い光を放っていた。

「――話とは」

 下馬もせずにガジミエシュは老スィヤームを見下ろす。

「われわれは、ガジミエシュ=ハンの支配に入ろうと思っております」

 ガジミエシュは降伏宣言に対して、無言をもって報いる。

「とうてい、我々の軍はガジミエシュ=ハンの強力なる騎馬軍団にかないはしません。今は強者たるハンに頭を垂れ、その慈悲を願うのみです」

「お前らの――」

 ガジミエシュは言葉を区切る。

「国王も同じ考えか」

 首をふる老スィヤーム。

「国王はまだお若く、分別がついておりませぬ。たとえ、反対されたとしても臣下のものがこのように正しき道を示すことは道理かと」

「道理か」

 ガジミエシュそう言うと、右手を上げる。

 地面に伏せていた兵隊たちが、一気に立ち上がる。

 そして、老スィヤームを羽交い締めにして縄を打つ。

「な、何を......」

「お前の判断は正しい。ならば、それに見合った処遇を与えよう」

 麻の袋がどん、と地面に投げ出される。

「われら草原の民にとって、一番の尊敬を込めた殺し方を適用してやる。ありがたく思え、私には向かった叔父たちですらこの方法はとられなかった」

 麻袋に囚人を入れ、地面にそれを埋める。その上を騎馬の大群が踏み鳴らすことにより、中の人間は潰され処刑が完了する。

「この方法は大地の神に死者が愛されることが約束される。死後の世界もさぞかし幸福に過ごせようぞ」

 ヒイィィィ!と老スィヤームが今までにないような悲鳴を上げる。

「なぜ!なぜ!私はあなた様にお味方したというのに......!!」

 ガジミエシュは首を傾げる。

「そうだ。だからこそ、麻袋の葬送を認めたのだが。嬉しくはないのか?」

 老スィヤームは気づく。

 トゥルタン部の人間と自分たちの価値観が全く交わらないものであることを。

 彼らにとって、たとえ降伏したとしても敵は敵。決して味方になることはないのである。

 がくんと老スィヤームはうなだれる。

 自分のしたことに人生最後の大きな誤りを感じながら――



「スィヤーム総帥は王都の地図も持ち出したようです」

 ファルシードにもたらされる凶報。この場面で有力者の裏切りは何よりつらいものである。

 ファルシードはゆっくりと振り返る。

 そこにはなぜかいやに、服が汚れたシェランの姿があった。

「この通りの状況だ」

 ファルシードは絞り出すようにそう告げる。

「もはや――」

 シェランは首をふる。

「逃げません」

 普段とは違う強い語気で、そうシェランは返す。

「もう、帰るところもないし。かといって、トゥルタン部に嫁ぐ気もありません」

「しかし」

「戦うしかないでしょう。この国を守るために」

 ファルシードはじっとシェランの瞳を見つめる。

 他の兵士たちもそんな二人を――

 しんとした時間があたりを包む。そして

「――すぐに作戦を練り直す。練兵場にて再び命令を出すゆえ、準備せよ!」

 そうファルシードが叫ぶと、兵士たちは大きな声とともに王の間から姿を消していった。

 いままで消えていた火が、再び燃え盛ったようだった。

 シェランの決意によって――


 残ったのはたった二人。

 ファルシードとシェランの姿。

 ファルシードはそっと、シェランの側に近づく。

 うつむいているシェラン。その足は細く震えながら。

「大丈夫か――」

 ファルシードが気遣いの言葉をかける。シェランは首をふる。

「ほぼ限界。強がるのも難しいね」

 そう言いながら、涙を流すシェラン。それをそっとファルシードが指先ですくう。

「立派な言葉だった。兵士たちも鼓舞されたことだろう。後は任せてくれ、なんとかして見せる」

 そう言いながら、そっとシェランの額に唇を近づける。

「もし、戻ってこれたら――今度こそ国王として――夫として認めてくれ」

 そう言いながらこつこつと歩み始めるファルシード。

 それをじっと見送りながら、シェランはある決意を胸に秘めていた。

 ――この国を守るためにすべきことを――

 

 

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