第2話
ぴゅうっと冷たい風が鼻先をなでた。
過ぎていく冷え切った空気は、冬の気配に満ちている。
授業が終わって、教室を出る時から、大神君は私の横にいた。
図書室で本を返し、目星をつけていた本を借りる間も、大神君は面白そうに私を見ていたから、ガラにもなく緊張してしまった。
好きな書籍のタイトルを見られるのって性癖を丸出しにしている気がして、生々しい脱衣を見られるよりも恥ずかしい気がするのは、私だけだろうか。
いや、やっぱり制服をガバッと脱ぐ方が恥ずかしいわ。などと妙な事を考えてしまうのは、めちゃくちゃ舞い上がっているからである。
とにかく体格の良い大神君は身長が高いので、チビの私は見上げるしかない。
大神君が、私の隣を歩いている。深呼吸しても、大神君が私の隣を歩いている。
チラチラと見上げて、目が合うと気恥ずかしいのでマフラーに顔を埋めた。
ただそれだけなのに、緊張する。今まで彼氏がいたこともないし、もっと言えばお付き合い以前の同級生を相手にして、どうしていいのかわからない。
当たり前のように「家まで送る」なんて言うから、叫び出しそうになった口を一生懸命両手で押さえたら、手から離れたカバンがドコッと道路に落ちてしまった。
当然だが、大神君にものすごく笑われてしまった。そしてカバンも拾ってくれた。気軽に「持とうか?」と口にするぐらい、大神君は本当に優しい。
そして、一緒に歩きだしたけれど、本当にどうしていいのかわからなかった。
だって私たちは、今までは交流してないクラスメイトで、一緒に帰る事すらありえない事だから。今すぐ目覚めて「夢でしたー!」と神様が現れても驚かない。
だけど、大神君は私の歩く速度に合わせて、ずっと横にいる。嬉しいけれど、走って逃げたいようなソワソワした気持ちでいたら、唐突に大神君が「花」と私を呼んだ。
「花って見える人?」
なにが? とピンと来なくて、見上げた顔がキョトンとしている自覚はあった。
キョトンとしている私に、大神君は「自覚なしかぁ」と困ったように眉根を寄せた。
「俺をよく見てるからって、無節操に見えるとも限らないか」
うーんと悩ましい顔でいたけれど、ふと気づいたようにコンビニを指さした。
「アレはどう思う?」
夏ぐらいに出来たコンビニはまだ外装も真新しく、看板もピカピカだ。
真横にある石造りの鳥居と、背後にある小山に登っていく石段は、ミッチリ生えている雑木のせいで薄暗く感じるうえに、冬っぽい寒々しい色をしていた。
でも、だからといって大神君が何を尋ねたいのかわからなくて、むーんと首をひねったけれど、すぐに気が付いた。
ハタハタと風に閃くノボリが、肉まんの季節到来を告げている。
「美味しそうだね! 大神君は肉まん派? それともあんまん派?」
瞬間、横を向いた大神君はブフッと噴出した。
「ちなみに、私はピザまん派! 大きい特性肉まんも月に一度は食べちゃう」
ふふふんと意味もなく胸を張ったら、大神君はちょっと目を見開いた後で、クツクツ笑いながら「食べるか?」と言ってコンビニに向かって歩き出した。
「え、でも丸ごと一個食べたら、夕飯に響いて怒られちゃう」
「嘘つけ。一瞬で消化するだろ」
「しーまーせーんー」なんてことを言いながら、私たちはコンビニで肉まんを買った。
新作の麻婆まんと特性肉まんとが魅力的過ぎて、数分かけて悩んだ末に麻婆まんに決めたら、大神君が特性肉まんを買って「半分やる」と言った。
パカッと割られてホカホカと湯気が立ち上る特性肉まんの半分に、私も嬉しくなって麻婆まんを割った半分を大神君に差し出した。
大神君の大きな手で持つと特性肉まんもチビサイズに見えたし、麻婆まんは更に小さく見えて、本当に一瞬で消化しそうだなと思った。
それにしても、こういう時間ってなんかいい。はんぶんこなんて照れる。
嬉しいなぁと思いながら、黙々と二種類を食べきった後で、私はハッとする。
「半分と半分を食べたら、丸ごと一個食べたのと同じだった」
簡単な算数なのに、美味しさに目がくらんで気が付かなかった。
ひーんと半ベソで焦っている私がツボだったのか、大神君は思い切り噴き出した。
横を向いても揺れ続ける肩に、恨みがましい視線を向けてしまった。
「誘惑したのは大神君なのに、ひどい」
上目遣いのそのセリフが更にツボだったのか、大神君は言葉も出ないくらい笑い転げた後で、私の頭に手を伸ばしてきたけど髪に触れる寸前になぜか引っ込めた。
ビックリした。頭をポンポンされるかと思った。
大神君は真面目な顔を取りつくろおうとしていたけれど、ぴょこぴょこ動く獣耳が彼の動揺を伝えてくるし、横を向いて「かわい」と言ったのを私の耳が拾った。
私自身は普通だと思っているけれど、友達には独特の間と感性があるよねって言われるから、大神君の「かわい」には素直に照れてしまう。
「なんか、学校での大神君と違うね」
笑ってるの見たことないって言うと、大神君はからかうように「嫌か?」なんて聞いてくるので、うーんと学校でのアレコレを思い出しながら「嫌じゃない」と答えた。
「学校の生真面目で無口な硬派っぽい感じもいいけど、今みたいに笑い上戸なのもいいよね。どっちも大神君らしいよ」
照れたように横を向いて「おう」なんて返事するのは学校で見る大神君と同じで、私も意味もなく笑ってしまった。そのまま二人して特別な事は何も話さず、亀みたいな低速で肩を並べて私の家まで歩いた。ピコピコ動く獣耳は、常に私を気にしている。
玄関先で別れるまで本当に特別な事は何もなくて、送ってくれたお礼を言うと「別に」と短く言うだけ言って、大神君はそのまま帰っていった。
遠ざかる背中に「また明日ね!」と声をかけると、振り向きもせず左手を軽く上げて「また」とだけ言って去っていく背中は、あっという間に見えなくなった。
それでも一緒に歩いた時間のぬくもりは、灯のように私の心に残っていた。
なぜだろう、本当に大神君といると胸がほっこりする。
まとわりつく冬の寒さも、私の気持ちのたかぶりを鎮められない。
空を見ると、重苦しい鈍色の厚い曇天だった。
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