仮面の女
ボウガ
第1話
暗殺者のペイルは、両親をアンドロイドと人間の共同テロ組織に殺されてからというもの、殺しにおいてしか感情を表せずにいた。大抵は夜間、暗視ゴーグルをつけ、あらかじめタグ付けされたターゲットを顔も見ずに殺害する。
彼女の信用できる相手は、情報屋のコザックだけだ。だがコザックは、彼女に隠れて彼女の命を狙っていた。
「そろそろ潮時か……急がなければ、痛みなく殺さなければならない」
コザックの姿をペイルは見たことがなかった。男ということと、専用の古い端末を利用してやり取りしているが、ペイルが彼を信用しているのは、彼が金だけを動機に生きているからだ。
彼女には、姉というべき人がいた。もっともお互いに腐れ縁という感じで、お互いに両親を殺された経歴をもつ。いつもにこにこした髪が赤い派手な女だが、何を考えているかわからない。
その日、ショッピングモールでの買い物をおえ、帰り際に袖口に隠した拳銃の銃口を、後ろからおしつけられた。
「あなたの暗殺命令がでたわ、暗殺者協会から」
暗殺者協会。暗殺者にとってもっとも権威ある組織であり、協会の意に反するものはたとえ暗殺者であっても、容赦はしない。
「彼はきっとあなたをかばうでしょう、だから私はこうするしかない」
「何をいっているの?」
「真相をしってしまったのよ、どちらか片方しか生き残れない、コザックの用意したルートの定員はひとつだけ、けれど、コザックがあなたをひいきにしているのは確実だわ」
ペイルは、背中に手をまわし、腰にさしてあるナイフを抜くと、銃口をずらした。そのまましゃがみ、姉の腹部に蹴りをまわすと。姉の拳銃を奪いそのまま頭部を撃った。
「ふん……」
いつかこうなるとわかっていたことだ。人との別れは、突然にやってくる。もっとも相手を殺すなどという極端な事は、この世界でしかありえないだろうが。
しばらく変装して逃げ回っていた。教会の手がまわっているのかスーツの男たちに追い回されている。コザックが何かをして、自分も巻き込まれたのだろうか。
裏路地をホームレスのふりであるいていると後ろで突然声がした。
「こっちだ……」
同じようなホームレスのような恰好をした男が、自分を案内する、向かう先はマンホールの下だった。
マンホールの下には、豪華な世界がひろがっていた。駅の地下とでもいうのだろうか、装飾も、内装もこっていて、何人も住人がいきかっていた。
「見た目はマンホールだが、実際は違う、水を避ける仕組みもあるしな」
奥へ案内されると、ある男がでてきた。ウェーブかかった前髪で、やさしげな眼もとをした好青年だった。その男をみてから、直感的に自分になじみのある存在だと感じた。だがあえてそれを口にしなかった。
その日のうちに仲良くなり、同じベッドでねた。そんなことは初めてだ。だが彼は、家族のような感じがした。
もの音がして起きると、暗闇がひろがっていた。夜中だ。そして物音がする、二つの物音。
「動くな、ペイル」
「コザック……」
「やはり、気づいていたか」
ウェーブの男はやはりコザックのようだ、ベッドの上で膝で立っているようで、何かを警戒しているらしい。
「お前らを殺せば、私も暗殺者になれるときいたんだ、だがなあ、ペイル、よく聞け……こちらにこい、お前だけは助けてやる、これはコザックが起こした問題だ、情報屋が、協会を裏切ったんだ」
「聞くな、ペイル」
「だがお前は、彼女を殺すつもりだったんだろ?俺が部屋にはいったとき、すでに拳銃を構えていた、彼女にむけてな」
その瞬間、電気がついた、リモコンは、ペイルがにぎりしめていた。裸のペイルをみて、目をそらす襲撃者の男。
「いいわ、私は、彼に殺されるなら……」
ペイルは違和感を感じた、襲撃者の男がコザックがやりてであることを知らないわけがない。わざわざ女の裸で目をそらすだろうか。
「コザック!!」
ペイルはコザックをおしたおした。その瞬間襲撃者は、ペイルのいたいちに拳銃をぶっぱなした。コザックはすぐに襲撃者をうった。彼の頭に衝撃がはしり、それは砕け散った。
「危なかった……」
「どうして」
「あなたは……お金さえだせば、私を助けてくれた、それがどんな少額であろうと、だから私は最初からあなたの好意に気付いていた……本当なら両親と一緒に殺されていた私、襲われた当初から逃げ方を教えてくれたじゃない」
「そうか、じゃあ君には死んでもらわないとな」
コザックは立ち上がると、ペイル拳銃をかまえた。ペイルは目をつぶった。
《ズドンッ》
コザックは、ペイルの持ち物を粉々に粉砕した。それは携帯端末だった。二人は夜の街を逃げながら、コザックはペイルに自分の過去を話した。
「私は、暗殺者を使いながら、最終的に暗殺者を殺す。その制限時間は20年だ。20年もたてば、人は老いる、だから協会の暗黙のルールとしてその規則があったんだ」
「じゃあ、なんで今回は?どうしてそんなに私に同情するの?」
「21年前、他の暗殺者に誤って君の家族の情報を売ってしまった、私は子供がいたことをしらなかったんだ、だがわざわざ両親と同じ道をたどることはない、彼らは20年近く暗殺者をやっていたから、殺せと言われたんだが、子供がいたなら、命令に従わなかった」
それでもペイルは彼が何かを隠している気がした。
ある埠頭にたどりついたとき、異国へ逃れる船といって、小型の船に案内された。最新型の自動運転らしいがどうみても一人乗るのがやっとの形状をしていた。
「ここでおわかれだ」
「でも……」
むりやり口づけをされ、そして船におしこまれた。すぐそばで、ばちゃばちゃと波音がして、コザックはその正体をみた。子供がおぼれている。
(深夜に?)
コザックをとめようとよびかけたが、すでに遅かった。コザックは、海に飛び込んだ。かつて彼が自分をアンドロイドだと皮肉っていたことがあったが、あれは事実だったのだろう。人間を守るという原則がプログラムされているアンドロイドは、人間と認識したものを反射的に守る習性がある。
「コザック!!!」
このときほど、鈍くなった自分の感情を呪ったこともない。うまく叫べず、伝える方法も思いつかなかった。少年がにやり、と笑うと少年が光につつまれ、コザックもろとも爆発した。人の血はながれず、ただオイルだけが、水面にゆれていた。
ペイルは涙を流した。両親の死以来初めてのことだった。そして、彼の望み通り、自分を殺すことにした。
《ズドンッ》
ペイルは半年後。左腕を丸見えの義手にしていた。ペイルの左腕は教会によって改造されていて、そこに教会のGPSが組み込まれていると確信していた彼女はそれをあの日、船上で破壊した。
コザックはただ一枚の手紙だけを残してしんでいった。そこには彼の生い立ちがかかれていた。彼もまた幼少期に両親を殺し屋にころされていた。汚い仕事をしていて、何かへまをしたらしく殺されたのだという。それ以来誰も信じずに、あらゆる人間を恨む気持ちでやってきたが、しかし、ペイルに罪悪感を抱き、助けているうちに自分の中に宿っていた隠された気持ちに気付いた。
「本当は、誰かにすくってほしかったんだ、君もそうだろう?」
ペイルは、遠い異国の地で、今はただ、人助けのための機械修理屋をやっている。人が復讐心を忘れるにはこんなにも犠牲が必要だったが、人が人を救うためには、大した犠牲を払うことはないということを肝に銘じながら。
仮面の女 ボウガ @yumieimaru
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