中編

「ねえ、コンスタンサ様。貴女のドレス、よく見せてちょうだい」

 カツンと一歩、ヒールを響かせてコンスタンサに詰め寄るテルマ。

「……ええ、どうぞ」

 コンスタンサは若干後退あとずさりながらも、テルマの要求を飲む。

(……このドレスしか持っていないのだけれど、この場には相応ふさわしくなかったかしら?)

 恐る恐るテルマの表情を伺うコンスタンサ。

 テルマは真剣な様子でコンスタンサが着ているネイビーのドレスを穴の開く程じっくり眺めていた。

「……あの、テルマ様? わたくしのドレスに何か……?」

 コンスタンサは恐る恐る聞いてみた。

 するとテルマはスッとドレスからコンスタンサに視線を移す。

「コンスタンサ様、このドレスはどのようにして手に入れたのです?」

 テルマのアメジストの目は、コンスタンサを射抜くようだ。

「えっと……母の形見でございまして……」

 コンスタンサはおずおずと答えた。

「そう。お母様の……」

 テルマは腕を組み、再びコンスタンサのドレスを見つめる。

 そこへ、一人の令息がやって来る。

「やあ、テルマ。またご令嬢を虐めているのかい?」

 彼は悪戯っぽい笑みである。


 黒褐色の髪にアンバーの目。ぱっと見は地味だが、よく見たら美形の令息だ。


「あら、嫌だわルーベン。虐めだなんて。わたくしはそのようなことはしないわよ」

 気の強そうな笑みで返すテルマ。

 彼女に泣かされた令嬢令息達はかなり多いのだが、虐めている自覚はないらしい。

「じゃあご友人達と一緒にこちらの令嬢を取り囲んでいるのは何故なぜだい?」

 ルーベンと呼ばれた令息は、きょとんと首を傾げる。

「ドレスを見せてもらっていただけよ。何か文句あるかしら?」

 テルマはやましいことは何もないように、堂々としていた。

 コンスタンサはルーベンが自分よりも高位の令息だと判断し、カーテシーで礼を執る。

 するとルーベンもそれに気付き、優しく微笑む。

「楽にしてくれて構わないよ」

「ありがとうございます。ポンバル伯爵家長女、コンスタンサ・マティルド・デ・ポンバルでございます」

「これはご丁寧に、コンスタンサ嬢。レンカストレ公爵家長男、ルーベン・ホセ・デ・レンカストレだよ。テルマの従弟いとこだ。以後よろしく頼む」


 聞いた話によると、ルーベンの母はテルマの父の妹のようだ。また、彼はコンスタンサよりも一つ上の十六歳である。


「こちらこそ、よろしくお願いします、ルーベン様」

 コンスタンサは品良く微笑んだ。

「それで、テルマはコンスタンサ嬢のドレスを随分熱心に見ているようだけれど」

「あらルーベン、貴方は男性だから分からないでしょうけど、コンスタンサ様が着ているドレスはかつて生きる伝説のドレス職人と言われたアントニア・イバネェスが仕立てたものなのよ。コンスタンサ様のドレスをよくご覧になって。絹の光沢が独特でしょう? アントニアにしかこの光沢が出せないの」

 そう語るテルマのアメジストの目は、真っ直ぐキラキラと輝いていた。

「残念ながら彼女は五年前に亡くなってしまったけれど、彼女の死後、彼女が仕立てたドレスの価値は更に高まっているの。今では彼女のドレスを譲ってもらう為に、お城が一つ建つ程の金額を出した方もいるわ。わたくしも、流石に着るまではいかないけれど、アントニアが手掛けたドレスをせめてもう一度だけでも見てみたいと思っていたの。そうしたら、まさかこうしてまた見られるなんて……!」

 テルマはうっとりと興奮気味であった。

「このドレスにそんな価値があっただなんて、驚きましたわ」

 コンスタンサはヘーゼルの目を丸くしていた。

「そうよ。貴女のそのドレスは」

「あら、お義姉ねえ様じゃない」

 テルマが何か言いかけたところで、コンスタンサにとって聞き覚えがあり過ぎる声がした。

 コンスタンサの義妹いもうとジョアナだ。そして彼女の隣にはドミンゴもいる。

「ジョアナ……それに、ドミンゴ様も、一体どうしたの?」

 ほんの少し不安そうに首を傾げるコンスタンサ。

「誰にもエスコートされずに会場入りして壁の花になっていたお義姉が人に囲まれていたから、心配になったのよ」

 心配と言いつつ、いつも通りコンスタンサを小馬鹿にしたような表情のジョアナ。

 彼女の隣にいるドミンゴもニヤニヤと下卑た表情だ。

 いつものことにコンスタンサはため息をつく。

 するとテルマが口を挟む。

「ちょっと貴女達、挨拶もなしにわたくしの話を遮って、随分と失礼ね! 一体どのような教育を受けて来たのかしら!? 貴女達のような無礼者はアトゥサリ王国のお荷物よ!」

 テルマは鋭いナイフで切り付けるような口調で、アメジストの目を吊り上げて二人を叱責した。

「やだぁ! この人怖いわぁ!」

 ジョアナはドミンゴにしがみつく。

「ジョアナ、俺が守るから大丈夫だ」

 ジョアナの肩を抱くドミンゴ。まるでヒーロー気取りである。

 二人は周囲から白い目で見られていることに全く気付いていない。

「お義姉様、こんな怖い人に目を付けられて大変ね。私なら絶対に無理だわ。せいぜい虐められないよう頑張ってね」

 小馬鹿にした態度のまま、ジョアナはドミンゴと共に立ち去った。

「あの方々は本当に何なのかしら!?」

 怒り心頭のテルマ。彼女の友人達も、ジョアナとドミンゴに憤りを感じている。

「確かに失礼過ぎるね」

 ルーベンも苦言を呈している。

「申し訳ございません。あの子はわたくし義妹いもうとなのでございます。もう一人の方は、一応わたくしの婚約者なのですが……」

 申し訳なさそうに肩をすくめるコンスタンサ。

「まあ、コンスタンサ様の義妹……随分と似ておりませんのね。ご婚約者も無礼なうえ貴女ではなく義妹といるだなんて……。ポンバル伯爵家でもあんな感じなの?」

 テルマはコンスタンサに同情的な眼差しを向けて問う。

「……はい。実は……」

 コンスタンサはジョアナからドレスやアクセサリーなどを奪われていること、自分の手元に残ったのが今着ている母の形見のドレスやアクセサリーであることなどを全て話した。

「彼女や君の家族は随分と君に対して酷い扱いをしているね」

 ルーベンはコンスタンサの境遇に怒ってくれた。

「確かにそうよね。でも、ジョアナ様は見る目がないようね」

 テルマはジョアナに呆れ切っている。

「コンスタンサ様が着ているドレスもそうだけど、アクセサリーもよく見たらかなり貴重なものじゃない! 貴女の髪飾りやブローチ、古代の神聖アーピス帝国時代に作られて、今やお城が一つ建つどころではない値段が付けられるものよ! 貴女の手元には、本当に価値があるものが残っているわ! 大切になさい!」

 コンスタンサのアクセサリーを見て、テルマは興奮気味に捲し立てた。

「ありがとうございます。テルマ様にそう仰っていただけたり、ルーベン様や皆様が怒ってくださって嬉しかったです」

 コンスタンサは表情を和らげた。

「コンスタンサ様、わたくしが貴女の味方になりますわ。あ、決してアントニアが手掛けたドレスを見たいからではなくて、貴女の力になりたいと思ったの」

 テルマはコンスタンサの手を握る。

「ありがとうございます。テルマ様がいらっしゃれば、とても心強いです」

 コンスタンサは柔らかな笑みを浮かべた。ヘーゼルの目は、どこか嬉しそうだった。

 隣にいたルーベンは、その表情に少し見惚れてしまう程である。

「何か困ったことがあれば、僕にも相談して欲しい。僕も、コンスタンサ嬢の力になるから」

 ルーベンはアンバーの目を優しく細めた。

 テルマの友人達も、コンスタンサの味方になってくれるようだ。

「皆様、本当にありがとうございます」

 こうしてコンスタンサは心強い味方を得るのであった。

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