最後の思い出作り

「王女殿下、こちらの希少金属採掘場でございますが……」

 ソフィーは視察先の担当者から説明を受けていた。

「そう。……こちらの部分の安全対策は何かおこなっているのかしら? 万が一のことがあれば、作業者が重傷を負う可能性があるわ」

 ソフィーが気付いた点を告げると、担当者はハッと目を見開く。

「見落としておりました。すぐに対策をいたします」

「ええ。最低限作業者の頭部を保護するものを準備したら重傷を負う確率をいくらかは下げられるけれど……根本的に対策するならこの部分を切り落とした方が良いのかしら」

 ソフィーは危険な部分を見ながら対策方法を考えていた。

「承知いたしました。後はこちらで対策いたします」

「頼んだわよ」

 ソフィーがそう言うと、担当者はビシッと礼をった。


「王女殿下、見事な采配でございますね」

 セヴランはソフィーに尊敬の眼差しを向けていた。

「……ありがとう、セヴラン」

 ソフィーの心臓はトクリと跳ねたが、それを顔に出さないよう品良く微笑んだ。

(まだ少し時間があるわね……)

 ソフィーはペリドットのブローチにそっと触れる。

 この日の視察は意外と早く終わり、時間が余ったのである。

「ねえ、セヴラン。少しだけ付き合ってくれるかしら?」

 ソフィーは自身の恋心を昇華させる為に、セヴランと二人でソレック島の町を少しだけ回ることにしたのだ。






−−−−−−−−−−−






「それで王女殿下、具体的にはどの辺へ行くおつもりですか?」

 二人で町を歩いている最中、セヴランはそう問いかける。

「そうね……」

 ソフィーは少し考え込んだ。

 普段あまり王宮から出たことがなく、王都アーピスの街も片手で数える程しか歩いたことがないソフィー。

 ソレック島に関して勉強をしていたものの、いざ観光気分で回る場合となるとどうしたら良いか分からないソフィーであった。

 セヴランは提案などはせず、ソフィーの答えを待っていた。

 セヴランにとってソフィーはあくまでも仕えるべき存在。

 仕えるべき主人を守り、主人の意向を尊重する。臣下としては正しい対応だ。

 セヴランが自身に全く恋愛感情を抱いておらず、仕えるべき王女としてしか見ていないことが痛いほど分かってしまうソフィー。

「ソレック島は初めてで、土地勘もないから、とりあえず周囲を歩こうかしら。きっと町の雰囲気も肌で感じることが出来るわ」

「承知いたしました。それにしても、流石は王女殿下ですね。採掘場視察での危険性について、見事な采配でした。それに、今回も実際に町を歩いて民の様子をご確認なさるのですよね」

 セヴランのペリドットの目は、ソフィーに尊敬の念を向けていた。

「……ええ、そうね。貴方にそう言ってもらえて光栄よ」

 ソフィーは少し悲しげに微笑んだ。

(本当にこの気持ちはわたくしの一方通行ね。大丈夫よセヴラン。貴方に迷惑かけたりしないわ)

 ソフィーは身に着けていた、細部まで意匠が凝らされているペリドットのブローチにそっと触れた。

「行きましょう、セヴラン。折角だから、わたくしの隣に来てちょうだい」

「え……? 王女天下の隣でございますか?」

 セヴランは戸惑っている。

 護衛は主人の少し後ろを歩くのが基本なのである。

「ええ。今回は……特別だから」

 ソフィーは微笑む。アメジストの目は、何かを覚悟したような眼差しだ。

「……承知いたしました」

 セヴランはソフィーの意向を尊重することにした。

 こうして二人はゆっくりと歩き始めた。


 洗練されている王都アーピスとは違い、素朴で穏やかな町並み。

 地元民や観光客で賑わっているが、時の流れはのんびりとしていた。

 小さな島なので漁業も盛んであり、市場には新鮮な魚介類が並んでいる。

王都アーピスではあまり見ない魚もあるわね」

「左様でございますね。この魚も……食べられるのですね」

 セヴランはソフィーの隣で、売られているグロテスクな魚を見ていた。ペリドットの目を興味深そうに丸くしている。

 ソフィーはそんなセヴランの横顔を見てクスッと笑う。

「他にも色々あるみたいだわ。行きましょう」

 ソフィーは少しワクワクとした様子でセヴランの手を取る。

 すると、セヴランはペリドットの目を大きく見開いた。

 ソフィーも自分がしたことに気付き慌てる。

「ごめんなさい。迷惑だったわね」

 ソフィーはシュンと肩を落とした。

 すると、セヴランは穏やかに微笑む。

「いえ、迷惑ではありません。ただ、少し驚きました。王女殿下はいつも真面目で少し大人びておられますが、年相応の面もあるのだなと」

 ソフィーはその言葉を聞き、胸の中に温かいものが溢れた。

 セヴランが少しだけ、王女としてではなく一人の少女としてソフィーのことを見てくれたのだ。

「……あ、申し訳ございません。不敬ですよね」

 慌てる様子のセヴランに対し、ソフィーは首を横に振る。

「いいえ。気にしなくて結構よ」

 ソフィーはふふっと笑う。アメジストの目は嬉しそうに輝いていた。

(こうなったら、楽しみましょう)


 その後、ソフィーはセヴランを連れ回し、町で様々なことをした。

 雑貨屋に立ち寄ってみたり、観光名所に立ち寄ったり、広場で大道芸を見たり、ソフィーにとっては初めてのことだらけであり、アメジストの目をキラキラと輝かせている。この時の彼女は、ナルフェック王国の王女ではなく、普通の十五歳の少女の姿であった。

 屋台で買い食いもしようかと思ったが、食中毒などソフィーに万が一のことがあれば、屋台側の者達に迷惑がかかるのでそれはやめておいた。

 隣にいるセヴランは楽しむソフィーを優しく見守っている。

 ソフィーはそんなセヴランの表情を見て、表情を綻ばせる。

(ああ、やっぱりわたくし、セヴランのことが好きだわ。たとえ叶わない恋だとしても、こうしてセヴランと過ごせるのは……幸せね)

 胸の中に溢れるときめきと多幸感。そしてほんの少しの切なさ。

 ずっとこの時間が続いて欲しいと願ってしまうが、それは決して叶わないこと。

 楽しい時間はあっという間で、離宮に戻らなければならない時間になっていた。

「セヴラン、今日はありがとう。楽しかったわ」

 ソフィーはいつもの王族として気品ある笑みだ。

「こちらこそ、王女殿下のお役に立てて光栄です」

 セヴランは臣下としてビシッと礼をった。

 もしソフィーが気持ちを伝えたとしても、きっとこれがセヴランの答えなのであろう。

 それでも、ソフィーは満足であった。

 ソフィーはペリドットのブローチにそっと触れ、目を閉じる。

(これでいいわ。この思い出さえあれば、わたくしはもう十分じゅうぶんよ。これで心置きなくアシルス帝国の皇太子であられるアレクセイ様の元へ行けるわ)

 こうして、ソフィーは自身の初恋に終止符を打ったのである。

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