ソレック島視察

 ある日、ソフィーは母でありナルフェック王国の女王でもあるルナから呼び出された。

「失礼致します、女王陛下お母様。ソフィーでございます」

 扉をノックすると、中から「お入りなさい」と華やかかつ厳かな声が聞こえた。

 中に入ると、そこには月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にアメジストのような紫の目の、まるで芸術品のような美貌を持つ長身の女性がいた。


 ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ・ド・ロベール。

 ナルフェック王国の女王である。


 ルナは他人に考えを読ませないような、気品ある笑みを浮かべている。

 その部屋には、ソフィーとルナだけでなく、ガブリエルとセヴランもいた。

(お兄様とセヴランもいる……。女王陛下お母様は一体どういったことでわたくしを呼んだのかしら……? 何をお考えなのか全然分からないわ……)

 ソフィーは実母のルナを前に、緊張していた。

「ソフィー、貴女にはガブリエルと共にソレック島の視察に行ってもらいます」

 そんなソフィーをよそに、ルナは淡々と、そして有無を言わさぬ様子であった。


 ソレック島とは、北西の海に浮かぶナルフェック王国から少し離れた飛び地である。公用語はナルフェック語とドレンダレン語。希少金属の産地であり、観光地としても有名な島だ。


「え……?」

 全く予想外の言葉に、ソフィーはアメジストの目を丸くする。

「貴女はもう十五歳。来年にはアシルスの帝室に嫁ぎます。いずれはアシルス帝国皇妃になるのですから、視察のような公務にも慣れておく必要がありますわ」

 ルナは相変わらず他人に考えを読ませないような、気品に溢れる笑みだった。

「今回セヴランにはガブリエルの護衛だけでなく、ソフィーの護衛も頼みます。よろしいですわね?」

 ルナがセヴランに目を向けると、彼はビシッと礼をった。

「承知いたしました。精一杯務めさせていただきます」

「ソフィーも良いですね?」

 ルナのアメジストの目がソフィーに向けられた。

 ソフィーは一呼吸置いて頷いた。

「はい、承知いたしました」


 こうして、ソフィーのソレック島視察の件が決まったのである。







−−−−−−−−−−−






 ソフィーが視察の為にソレック島へ出発する日になった。

(お兄様とわたくしでソレック島の視察……。これはわたくしが今後アシルス帝国に嫁いでも公務に戸惑わないようにする為……。セヴランはお兄様とわたくしの護衛を兼任……。これに関しては、女王陛下お母様の考えが全く分からないわ)

 ソフィーの脳裏には、ルナの気品ある笑みが焼き付いている。

「王女殿下、どうかなさいましたか? もしかして、船酔いなど、お体の具合があまりよろしくないのでしょうか?」

 隣にいたセヴランにそう声を掛けられ、ソフィーはハッとする。

 彼のペリドットの目は、本気でソフィーを心配しているようであった。


 現在ソフィー達は船で移動中なのである。


「いいえ、大丈夫よ。ありがとう、セヴラン」

 ソフィーは品良く微笑んだ。

 その時、ガブリエルと目が合う。彼のアメジストの目は、ソフィーを真っ直ぐ射抜くようで、まるで忠告をしているようであった。

 それに対してソフィーは「分かっております」と答えるように頷いた。

 するとガブリエルは少し安心したようで、ソフィーから目を逸らし、船の外の景色に目を移すのであった。

 ソフィーは少し俯き、着けている意匠が凝らされたペリドットのブローチに触れた。






−−−−−−−−−−−






 ソレック島は北東部に浮かぶ島なので、ナルフェック王国本土と比べて気候はほんのり肌寒い。

 しかし、比較的温暖なナルフェック王国ではあまり見られない珍しい植物が数多くある。

 また、希少金属が産出される土地なので経済的にも比較的豊かな島だ。


(ソレック島……初めて来たけれど、かなり賑わっているのね)

 ソレック島にある離宮に向かう途中、馬車から見える景色を眺めていたソフィー。

 観光地でもあるので、自国だけでなく他国の者もかなりいた。

「ソフィー、お前はソレック島は初めてだったな」

「はい。王都アーピスとは違った賑わい方で驚いております。肌寒い気候だということは聞いておりましたが、百聞は一見に如かずでございました」

 ソフィーはいつもより少し着込んでいた。

「そうか。今日から三日間視察だが、今回はそこまで重要なものではない。ソフィーもセヴランも、肩の力を抜いて少し観光気分でも構わないぞ」

 ガブリエルはフッと笑った。

「ありがとうございます、お兄様」

「承知いたしました、王太子殿下」

 ソフィーはほんの少しだけ表情を和らげた。

 セヴランの方は、いつものようにビシッとしていた。


 ほんの少し談笑しているうちに、馬車は離宮に到着した。

 ソレック島にある離宮は王都にある王宮と建築様式が少し違う。

 かつてこの島がソレック王国という独立した国だった頃の建築様式だった。


 ソレック王国ではかつて内乱が起き、王族貴族諸共処刑されてしまい、支配者がおらず混乱状態に陥っていた。そこへ介入したのがナルフェック王国である。ソレック王国の民達はすんなりとナルフェック王国を受け入れて、ソレック島としてナルフェックに編入されることになったのだ。


 初めての視察でソフィーは少し緊張していたが、ソレック島について気になった点や改善点があれば現地の者達やガブリエルに提案していった。


 そして視察最終日の三日目。

 ソレック島を任されている貴族のところにトラブルが発生し、ガブリエルが介入せざるを得なくなった。

 予定ではソレック島内の別の場所の視察の予定だったのだが、ガブリエルは貴族の元へ向かい、従来の予定はソフィーだけでおこなうことになったのである。

 その際、ガブリエルの護衛はソレック島にいる騎士団が担当し、ソフィーの護衛はセヴランが担当することになった。

(セヴランと二人きり……)

 ソフィーの胸はほんの少しときめいていた。


『ソフィー、お前は滅多なことをしないと信じている。だが……万が一お前が行動を起こしてしまった場合、女王陛下母上はお前ではなく相手の方を処分する。それをよく理解しておくことだな』


 しかし、すぐにガブリエルの言葉を思い出し、ルナの姿が脳裏に浮かぶ。

(分かっておりますわ。セヴランへの恋心は諦めないといけないことくらい。だけど、せめて最後に思い出作りはしたいわ)

 ソフィーは目を閉じペリドットのブローチにそっと触れ、深呼吸をしてからセヴランと共に視察に向かうのであった。

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