僕の記念すべき初殺人

川獺右端

ぼくの記念すべき初殺人

 僕は殺人鬼です、でも、新人なんで人を殺した事はまだないんだよ。

 虫、猫、犬と趣味の虐待解体を順調にステップアップして、今日は記念すべき初殺人を犯そうと思っているんだよ。

 やっぱり殺人鬼として生まれたからには週間マーダーケースブックに載るような立派な連続殺人鬼になりたいじゃないですか。


 今日は春の夜。

 夜の匂いのする裏路地であの子を尾行しています。

 僕は夜の匂いが大好きなんだなあ。

 テンション上がっちゃう。


 懐にはナイフがあります。

 自分で砥石で研いだ鋭いダガーナイフを持っているんだよ。

 ああ、このダガーを彼女の柔らかいお腹に突き刺したら興奮するだろうなあ。

 ちょっとおちんちんが堅くなっちゃいます。

 うふふふ。


 彼女は大学生、文学部かな、ロングでメガネの大人しそうで可愛い子だよ。

 一ヶ月前に散歩の途中に見つけて、ああ、殺したいなあと思ったんだ。

 それからというもの、ずっと調べに調べて、今日に至るわけ。

 殺人鬼たるもの、準備には時間をかけないとね。

 いきなり襲いかかるなんて情緒というものが無いでしょ。


 彼女はここから少し離れたアパートに住んでいるんだ。

 毎日規則正しく大学に通い、そして帰って来る。

 あまり遊びには行かないタイプみたい。

 休日もアパートにこもっているよ。


 だから夜の帰り道、もう少しして人通りが途絶えたら、グサッと急所を差して即死させて離脱だよ。

 本当は拉致して隠れ家で拷問してからゆっくり殺す、というのも理想なんだけど、隠れ家って色々お金がかかるし、難易度が高いから、もうちょっと後だね。


 殺人って、お巡りさんに見つかってはいけないから意外と大変な趣味なんだよ。

 なんといっても記念すべき僕の初殺人だから、慎重に慎重を重ねるぐらいで丁度良いと思うんだ。

 とりあえず、後ろから腎臓を刺して即死させないとね。

 大声を出されたり、殺しきれなかったら困るよ、お巡りさん来ちゃうからね。


 お巡りさんは怖いよ。

 今は科学捜査だからね、ちょっとした証拠とかでも正体をたぐられてしまう。

 だから初殺人は無理をしないで、あっさり即死コースを狙おうって事さ。


 彼女の後を足音を消してつけていく。

 やあ、ワクワクするね。

 殺人というのは古来から人類が持っている狩猟本能に根ざしていると思うんだよ。

 獲物を研究して想像して追跡して仕留めるんだ。

 それは真に創造的な作業で人間が文明を築いた今でも輝きを失わない誇り高い行為なんだと思うよ。

 みんなみんな、道徳とか理性とかの仮面を外したら、きっとうらから見える顔は狩人なのさ。


 ああ、高揚する。

 あの子が好きだな。

 大好きだ、愛していて、僕は彼女を殺して自分の物にしたいんだ。

 楽しい楽しい。


 もうすぐ、彼女は右に曲がって街灯の無い路地に入る。

 そこで僕は彼女に追いつき、腎臓を一突き、首を掻き切る。

 返り血をあびないように注意しないとね。

 本当は何か彼女から切り取って持ち帰りたいけど、我慢我慢。

 そういう物を得る時間をかけると必ず何か物証を残しちゃうからね。

 トロフィーを貰うのは、もっと後、作業に手慣れてからでしょ。


 さあ、彼女が右に曲がった、よしよし。

 僕も後に続くよ。


「はっはっはーっ!! 俺は村田蔵六!! 前科二犯の殺人鬼だ!! 殺害人数二十二人だあっ!!」

「きゃああっ!!」


 なんだよなんだよっ!!

 なんで、角を曲がったら絵に描いたような殺人鬼が現れて、彼女に斧を振りかざしてんのっ?

 なんで自己紹介しながら現れてるのっ!!

 馬鹿なの? それで二十二人殺せたのっ?

 ありえないよっ!! 村田蔵六氏!!


 村田蔵六氏は斧を振り上げ狂気に満ちた目で彼女を睨み、笑う笑う。

 月だけが、この路地の僕を含めた三人を白々と照らしている。

 村田蔵六氏は屈強な大男で、腕に力こぶがムリムリ出ていて木こりが持つような大斧をブンブン振り回している。

 なんだか凄く危ない感じだっ!!


 彼女が悲鳴を上げながら、後ずさりをして僕にぶつかった。


「きゃ、あ、すみませんっ」

「あ、いえ」


 こんな時でも謝罪を忘れない彼女は素敵だ、もっと好きになっちゃった。

 でも、今は、えーと、えーと?


「くわはははっ!! なんだお前はっ! そんな貧弱なもやしのような体で、この俺様の邪魔をしようというのかっ!!」


 村田蔵六氏は大斧をブンブン振り回す。

 彼女はちゃっかり僕の後ろに隠れてスマホでダイヤルをプッシュしている。

 まずいぞ、村田蔵六氏! お廻りさん来ちゃうっ!!


 一瞬、あまりの事態に、逃げちゃおうかなとか思ったんだけど、そうすると村田蔵六氏に彼女が殺されちゃう、それだけは駄目だよ、この子は……


「こ、この子は僕の獲物だっ! あ、後から来て横入はずるいぞ、村田蔵六さんっ!!」

「なにいっ!! 貴様も殺人鬼だというのかっ!! 殺人とは早い物勝ちであるっ!! それでも文句があると言うならばっ!! 殺人鬼ファイトで勝負だっ!!」


 なんだって! 殺人鬼ファイトってなんだっ? 週間マーダーズケースプックにはそんな事は載っていなかったぞっ!!


「殺人鬼ファイトとはっ! 獲物がバッティングした時の古来よりの殺人鬼の習わしだっ!! お互いの殺人鬼技で戦いっ、相手を殺した者が獲物を取る!! それが殺人鬼ファイトだっ!!」


 な、なかなかシンプルなルールだなっ!

 僕は殺人鬼初心者だから知らなかったよっ!


「わ、解った、村田蔵六さんっ!! だが、お廻りさんが来たらどうするっ!!」

「かかか、お廻りさんが来たら逃げる、当然であろうっ! お前のような青二才なぞ、お廻りさんが来る前に瞬殺し、その女の子は俺がもらうっ!!」

「そんな事はさせないぞっ!! 勝負だ、村田蔵六さんっ!!」


 僕は懐から二本のナイフを出して構える。


「その意気や良し!! 行くぞっ、青二才っ!!」

「こいっ、村田蔵六さんっ!!」


 颶風のように村田蔵六氏は襲いかかってくる。

 彼は体重がある。

 筋肉が太い。

 獲物は大きな斧だ。


 最初の斬撃を何とかかわし、僕は内懐に入り込む。

 僕の振ったナイフの一撃は斧の柄で受けられた。


 二人同時に後ろに飛び、離れる。


「やるなっ! 青二才っ!」

「村田蔵六さんこそっ!」


 秘術を尽くす。

 こんなこともあろうかと本を買って覚えたイタリア式ナイフ術の奥義を、村田蔵六氏に叩き込む。

 筋肉ダルマのような彼は素早く僕のナイフをかわしていく。

 彼の斧術は的確で、コンパクトに振り、柄を使って牽制してくる。


 街灯の無い路地は暗い。

 僕と村田蔵六氏は互いに殺人鬼なので着ている物が黒い。

 視認性が悪い。


 だが、僕は殺人鬼だ、毎日ブルーベリーを飲んで夜目は鍛えてある。


 踏み込み、打ち落とし、切り返す。

 夜の街に金属音が響き、火花が一瞬辺りを照らす。


「もらったーっ!!」


 足を大きく開いた村田蔵六氏が大上段から斧を振り下ろして来た。

 踏み込み足のリズムを盗られた。

 タイミング的に避けられない!

 僕はナイフを十字に重ねて斧を受けた。

 斧は重い。

 一枚目のナイフが折れて飛ぶ。

 二枚目のナイフで何とか受け止めたが、斧の重量に負けて僕の胸に刃が突き刺さる。


 めきめきとあばらが折れる音を聞きながら、僕は体をひねり軸足を中心に回転した。

 村田蔵六氏の内懐に入り込む。


 驚愕の表情を浮かべた彼の首をナイフで掻き切った。


 血が月まで届くように吹き上がる。


「みごとだ、青二才……」

「相打ちです……」

「うむ……」


 二人同時に地面に倒れた。

 路地のアスファルトが冷たい。


 ああ、なんてことだ、僕の記念すべき初殺人が村田蔵六氏だなんて。

 なんだか、嫌だなあ。


 あ、彼女が寄ってきた。


「大丈夫ですか……?」

「駄目、致命傷でもうすぐ死んじゃう」

「あ、ありがとうございました……。でも、あなたも私を殺そうとしてたの?」

「うん、ごめんね」


 彼女は僕の頭を膝に乗せて抱きしめてくれた。


「私、弱虫で自分で命を絶つ決心がつかなくて……、誰かに殺されたかったの……」

「そっかー……、殺してあげれなくて、ごめんね」


 彼女は涙を流した、僕の頬にポタポタと涙が落ちて熱い。


「死なないで……」

「死んじゃうし……」


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。


 死んじゃうなあ……。

 でも、良い匂いの彼女に抱かれて死んで行くのは悪く無いなあ。

 ああ、彼女の泣き顔と月が綺麗だなあ。

 ああ、さよな……。




 と、思ったのだが、お廻りさんの応急処置で、僕は死ななかった。

 なんだか、彼女は救急車の中で、ずっと僕の手を握っていてくれたそうだ。


 病室で、彼女はにこやかにリンゴを剥いてくれている。


「いつか、あなたの初殺人の被害者として、私を選んでくださいね」

「そんな事を言っても、僕の初殺人は村田蔵六さんだし」

「あの人も命を取り留めたらしいですよ。これから裁判ですって」

「オーノー」


 なんだか、彼女は僕の彼女になった。


 僕は夢想する。

 いつか、彼女をロマンチックに殺して、僕の殺人鬼人生を始めるんだって。

 それがいつになるか、僕には解らないけどね。




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