第6話 スイレン

 竜也の怪我の処置が終わり、警察から一緒に竜也の家に戻った。竜也も元気はなく、芽衣をあんな姿に追い詰めてしまったことを反省していたんだと思う。


 そして、荒れた部屋を一緒に片付け、さすがに今日はと言って、私はベットに、竜也はソファーで寝ることにした。


 私は眠れずにベットで仰向けになり天井を見ていた。その時だった。黒い煙が私の身体を囲み、気づくと手と足がロープで縛られ、4方向に引っ張られている。


 そして、その先には2本の角が生えた黒い牛がいて、私をロープで引っ張っている。私は、両手、両足を4方に開き、このままでは身体が引き裂かれてしまう。


 痛いから、やめて。でも、牛は一歩一歩、歩き、離れていく。もう、私は、4方からロープで引っ張られ、宙に浮いている。


 起きて竜也。助けて竜也。私の身体が引き裂かれてしまう。竜也はソファーで眠りに落ち、私のことに気づいていない。


 そういえば、昔、こんな処刑方法があったような。こんなに痛いものだとは思わなかった。しかも、意識はあり、一歩一歩、牛が離れていくたびに痛みが増える。


 恐怖と痛みは、確実に増え、それに抵抗することができない苦しみ。もうやめて。


 両肩は脱臼したのか、もう両腕の骨は、身体から外れてた。これ以上、引っ張れば、腕は身体から外れてしまう。足も同じ。足の骨も骨盤から外れている。


 両腕も、両足も身体からちぎれ、私は、ベットの上に落ちた。手足がもげたところから、血は流れ出し、ベットは血で溢れている。


 そんな中でも、意識ははっきりとしていた。もう耐えられない。痛い。やめて。そして、

私の上から、けんざんのような大きな針が降ってきて、私を刺し殺した。


 こんな仕打ちはもう嫌。どうして、こんな目に合わなければいけないの? 私は、口から血を吐き、息ができずに記憶を失っていった。


 目が覚めると、竜也が心配そうに私を見つめ、横に寄り添ってくれていた。私はうなされ、汗だらけになり、悲鳴を上げたんだと言っていた。


 私は、竜也に、さっきの芽衣を見て、あんな芽衣にしてしまったことは悔やんでいるけど、もう昔には戻れないから、ずっと一緒にいたいと伝えた。


 そして、竜也も、同じ考えだと言って、私のベットに入り、いつものように強く抱きしめてくれたの。私たちは、罪の共犯者として、心の中ではより強く結びついたんだと思う。


 朝、竜也の腕の中で目が覚めた。昨晩とは雰囲気が全く違う、爽やかな、日差しが強い朝だった。


 そこで、土曜日だし、朝から二人で水元公園に行くことにしたの。竜也がサンドイッチとかを作り、私がレジャーシートを用意したりして。


 公園では、もうすぐしたら暑くなるのだろうけど、まだ心地よく過ごせる気候だった。私たちは、広い公園のなか、大きな川に沿ってゆっくりと歩いた。


 二人には昨晩の芽衣の歪んだ顔は忘れられなかったけど、明るい周りの風景、子供連れで楽しく遊んでいる家族などをみて、心はいくぶんか和らいでいた。


 川ではスイレンの花が咲いていた。私は、もう汚れてしまってる。そんな私からも、スイレンのような美しい花が咲くのかしら。


 竜也との子供は、もしかしたら、私たちの汚れにもかかわらず、美しく育つのかしら。そんなことを考えながら歩いていたの。


 公園の広場にでて、私たちはレジャーシートを敷き、竜也が作ったサンドイッチを食べることにした。こんな、陽の光に溢れた場所にいるのに、公園に来てから、竜也とは一言も話していない。


 でも、暖かい。眩しい。私の罪悪は、すべて流し消してくれそうな気持ちになった。竜也も同じだったんだと思う。ご飯を食べて、私に微笑みかけてくれた。


 そして、私は、竜也と腕組みをして帰ることにした。


 あの事件のあと、芽衣は、殺人未遂ということで警察に勾留され、それが原因で会社からは懲戒処分を受けて会社を辞めていった。最後に退社するときは、あんなに笑顔に溢れていた芽衣が、私のことを鬼のような形相で睨みつけていた。


 私は、人を陥れ、親友の彼を奪い取って、更に親友を会社から追い出してしまう、けだもののような存在になっていたことを、その時は、それ程、深刻には受け止めていなかった。


 そして、竜也との同棲生活は続き、プロポーズもされて、竜也のご両親へのご挨拶にまでたどり着くことができたの。

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