第3話 婚約破棄と追放
私は用意された公爵家の馬車で一人王宮へと向かった。
父親はそもそもこの公爵家にはいない。王宮の執務室が多く、滅多に帰ってこない。
母親は愛人と別宅にいる。
そりゃあ、アゼリアも相談相手がいないし、寂しかったよね。
怪しげな薬を飲んでしまうかもしれないほどに。
私は少しやり切れないまま王宮の門をくぐった。
そして、目の前で繰り広げられたのは第一王子様の追放劇だった。
それを眺めていて、つい思ってしまった。
不遇の第一王子様がいつか力をつけて再び王国に戻り、弟の第二王子らに復讐する下剋上的なお話のプロローグのようだったからだ。
第一王子の貴種流離譚の始まりみたい。
そんなことを思って他人事として眺めていた。
「次の王はこの僕だ。魔法が使えないお前など屑以下だ。さっさと出て行け!」
リーダイ王子が勝ち誇ったように宣言すると、
ゆっくりとレイノルド様は立ち上がり扉の方に向かった。
皆が彼のために道を開けていた。魔法なしの不吉な王子と呼ばれていたので避けたいのだろう。
第一王子のレイノルド様とはアゼリアも少し交流があった。なんたって彼の異母弟の婚約者だったからね。
だけどレイノルド様は魔法をお持ちでない上に現王妃の実の息子であるリーダイ王子の方がやはり優位であり、争いを嫌って交流しようとする貴族はいなかった。
アゼリアは超が付くほど我儘だけど他人に対してはあまり関心がなかったのか、レイノルド様にも普通に接していた。ただし本人の気分次第だったけどね。
「さて、目障りな奴も消えたし、次は……、アゼリア・ロータス!」
一瞬誰の事か分からなかったけれど皆が私の方を向いたので気がついた。
声の方を見るとリーダイ王子がこちらを指差して嘲笑っていた。
「お前は傲慢な態度で聖女のような令嬢を苛めていたことが分かった。そのような女は私の妃に相応しくない。よってお前との婚約は破棄するものとする!」
どうやら私はこのシエナ国の第二王子であるリーダイ王子様から婚約破棄を宣言されたみたい。
第一王子を追放したので彼が次の王様になるのね。
そう思うと何だか王国の行く末はあまり明るくないかもしれない。
でも悪役令嬢の婚約破棄も追加で行うとは思わなかった。
周囲も当然静まり返り、唾を飲んで私達の行く末を見守っていた。
予感はしていたものの突然の婚約破棄に、混乱しつつも今の状況を把握してどうにかしようと私は頭をフル回転させた。
目の前には赤髪で碧眼のリーダイ王子。
その隣には薄茶色の髪と瞳の男爵令嬢が王子に寄り添っていました。
よくあるテンプレ展開のようです。
でも何だかドレスに関してはお世辞にも似合っていない。
それに王宮の王族参加の宴には相応しくないかも。
可愛いデザインだけどそのレースにフリルとリボンいっぱいのドレスは昼のお茶会用だしね。
それに私の記憶では苛めたと言われたけれど彼女とは話もしたことありません。
アゼリアはプライドが高いので浮気だと気がついてもそれを下位の令嬢に問いただすことなどできなかった孤高の人。
それに目の前のご令嬢は怯えた様子をしていますけど口元には品のない笑みを浮かべている。
そういう人なのでしょう。
事務員勤めの時もあったな。
恋愛とかいろいろとマウントとってきて、自分のプライドや欲望を充たす方々。
恋愛至上主義の人の語る、
出会うのが遅すぎたとか。
これこそ運命の愛なのとか。
いろいろ言い訳のバージョンがありました。
でも、リーダイ王子様は彼女の様子に気がついていないようです。まあ、これもよくあること。
だいたい婚約者でもない男性にべたべたと軽々しく触れるなんて、この国だってマナー違反だし。
でも、これって私にはチャンスになるかも。
「承りました」
「お前はそもそも私より一つ年上なのも気に入らなかった。王子の寵愛を失いたくないと納得しないと申すならばお前の罪状を少し手加減してやっても……、なっ? 今、何を申したのだ?」
そもそもリーダイ王子と私の婚約は王家から命じられたものだった。
こちらからお断わりする訳にはいかないしね。
アゼリアはあの子なりに王子様に気に入られようと頑張っていたみたいだけどね。
今回も王子様から直々に宣言なされたので逆らうことなどできはしませんよね?
「ええ、だから、婚約破棄を承りましたと申し上げました」
「はっ? そなたが素直に納得などするはずがない!」
「いえ、私は――」
「そうだぞ! アゼリア。お前のような者は最早私の娘でもない。公爵家から籍を抜いてやるから、平民になるがいい。そして、二度と公爵家に戻ることなど許さぬ!」
私が王子様に説明しようとするとそれを遮るように周囲の輪から出てきたお父様に一方的に除籍と追放を宣言されました。
どうやら私は公爵家の娘でもなくなったようです。これだけの貴族を前にして後で無かったことにもできないでしょうしね。
「ロ、ロータス公爵、何も追放までは……、アゼリアは、その、私の側妃として召し上げようと……」
お父様の怒鳴り声に王子様は逆に戸惑いを隠せず、ごにょごにょとおっしゃっておりました。
――側妃にする? ああ、そういう展開になるのね。そんなのまっぴらごめんです。
私は敢えて聞こえてないふりをした。
貴族令嬢として、ああ、お父様には絶縁と言われたので、もう令嬢でもなくなりましたね。こんな大勢貴族のいる前で宣言したので今更取り返しはつかないでしょう。
「分かりました。お父様。いいえ、ロータス公爵閣下。私はこの場からただのアゼリアとして出て行きましょう」
せめて最後くらいは背筋を伸ばして、優雅に退場しましょう。
私は愛用の金の扇子をパチリと閉じて行く先を指し示しました。
周囲を見渡すと固唾を飲んでやり取りを見ていた貴族達が第一王子の時のようにすっと道を開けてくれました。
ところでこの扇子は特注品なのです。アゼリアが自分で考案して、職人に作らせた一品でした。
だから社交界では金扇子のアゼリアと呼ばれていたようです。
とても高級品だと分かります。
「それではごきげんよう。皆様。もうお会いすることもないでしょう。いえ、お会いしないことを願っております」
そうして覚えている限り、優雅に挨拶をすると私はなるべく速足で広間を出ようとしました。
追放されても、今までの社会人としての記憶もそれなりにあるので多分大丈夫。
庶民になっても一人で暮らせていけるでしょう。
こちらの使い方が分かれば料理だって掃除だってもできるし。
幸いこの派手なドレスには宝石が付いているし、アクセサリーなんかも売ればしばらくどうにかなるでしょう。後は仕事を探して……。
ただ、アゼリアの体は震えていた。
本能のところで無意識に何かを感じ取っているのかもしれない。
――そうよね。まだ成人を迎えたところだしね。不安でしょうね。
確かに深層のご令嬢のアゼリアならとても一人で生きていけないかもしれない。
だけど今の私ならなんとかなるでしょう!
実は目覚めた時に変なものがあるのに気がついた。それも確かめてみたいしね。
後ろで王子様やお父様が何やら叫んでおりましたが、私は引き止められないように急いで広間から出ようとしました。
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