第57話 おごるから俺を立てて敬意を示してくれ (アカイ20)

 なるほど俺は頼られたわけか。リラックスできる相手として頼られた、悪くない。こんな若くて良さげな男に頼られるのも気分が良い。年上だから上に立てられるのは自然であり、よろしい。よく見ると俺の席は上座であるといえる。ふっ疑って悪かったな若いの。


「お兄さんはどうしてここに? お祭りや温泉とかが目的で?」

 そうだそうだ身の上話をしたのなら返さないとな。

「いやいやここが到着点ではなく通過点でな。俺達はこの先の中央に行く途中なんだ」

「へぇ中央というと法王様のいるところですよね? ここ経由とは凄いルートで行くもので。するとなんですか? お参りとかで?」

「うん。お参りというか、その世界平和的なもの。そうそう世界を平和にするためのお参りということだ」

「それはまぁご結構なことで。けれども世界平和は法王様の御力によって保たれておられまして。わざわざお兄さんがこのような苦難の旅をする必要はないかと」

「それが、違うんだよ」

「……何が違うんです?」


 俺が反射的に言い返すと若い衆の顔が真剣となった。その柔和な表情が鋭くなる。しまった! その法王というのはかなりの偉い人なのか。その人の権威やらを疑ってしまったら密告からの投獄コースとなるやも! 不敬罪とかそういうのがありそうな世界観じゃないか! ただでさえいまの俺は住所不定無職状態の疑わしさが服着て歩いている転生者なのに公権力の手にかかるのは致命的過ぎる! だから俺は一呼吸おいて努めて落ち着きながら言った。


「そうだな。俺は別に法王の平和への御力を疑っているわけでは無い。どうかその偉大なる御力で世界を大厄から破壊からお守りください! と願ってやまない。しかしなしかしここだけの話だが。いま中央ではなにか大変なことが起こっているとのことだ」

「そんな……」

 絶句する若い衆。よしよしこれで俺の話を信じているな。ならばよし。


「驚かないでほしいが俺の連れが実は超越的な力を持っていてそう予言しているんだ。世界が危ない。使命を果たすべく私と一緒に中央に行こう、とね」

「えっ? えっ? どうしてお兄さんが、だってその……」

 言いよどむ若い衆に対し俺は手で制した。皆まで言わず、分かっている。弁えています。


「最もだな。こんな冴えない中年男がどうして? と。いやいや否定しなくていい。事実だ。だがもう一方も事実。俺がその騒ぎをどうにかできる唯一の存在なんだよ。つまり俺は選ばれしこの世を救うものなのだ」

 救世主としてもシノブの夫としてもだ。


「……救世主」

 まるでこちらん言葉を読んだように若い衆が呟くと俺は頷いた。

「そうだとも。必要となればこの身を世界を救うために投じる覚悟だ」

 そして復活しシノブと結婚する。一発逆転な無敵の未来が待っている。俺の言葉に若い衆は沈黙している。困惑して反応に詰まっているのならばここが限界か。酒の上でのこういったやりとり。


「という冗談だ」

 若い衆は顔を振って笑い出した。

「冗談! ハハッびっくしりました。でもかなり信じかけちゃいましたよ」

「信じても良いよ」

「話半分ということで」

「そんなに信じなくても」

「いえいえ信じますよ。お兄さんの世界を思う至誠の部分をね。さて僕も世界平和のために頑張ります」

 若い衆はグラスを飲み干し席を立った。


「えっもう行くのか?」

 お義理でもなく本心から俺は驚き引き留める。もしかしたら初めてかもしれない。これはそんなことを思っていなくてもそう言わないといけない。おぅちょうどいいな。早く行けよ、とは決して言わないまるで太古から延々と続くお約束のようであって。


「はい。良いお話を聞けましたし、ちょうど戴いたお酒も無くなりました。区切りが良いですしこの勢いで妹と話を済ませに行きます。どうもごちそうさまでした」

 良い角度で頭を下げる若い衆の至誠に俺は大満足だった。酒代は半分出します、とか全部僕が出しますとか余計なことを何も言わず、ただ真っ直ぐにご馳走様というだけ。これでいいのだ。お会計を出す出さないで言い合いになるのは俺は嫌いだった。そっちが引けばいいんだよ! と何度言いたかったか。それともなに? 俺に借りを作るのが嫌だってんか? こっちは年上でエラそうに話をしてお前は年下らしく振舞ったんだからこちらに全部出させろ、俺はそう思うことがよくある。金は出さなくていいから、俺に敬意を示せ。それが代金の代わりだってんだ。


「どういたしまして。頑張ってこいよ」

「はい、お邪魔します」

「あっお客様、鯉の洗いでございます。おや? おひとり様に? 二人分つくってしまいましたが、よろしいでしょうか?」

「あー構わない構わない。俺はこいつが好物でねアハハッ!」




 アカイの愚かな笑い声を聞きながら男は居酒屋の暖簾をくぐり表に出た。あの調子なら当分腰を上げないだろう。まだ陽は高い。用件を素早く片付けなくては。男はとある宿屋へと向かう。用件は十分もあれば片が付く。妹を、王子暗殺未遂の容疑者であるシノブを里に連れ戻さなくてはならない。そして他人に嘘偽りを吹き込み加担させた罪も含めてだ。非行少年なわがままな妹、補導すべし! 兄であるスレイヤーは気合いを入れ宿屋に足を踏み入れた。

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