第53話 同床同夢 (アカイ18)

 宿屋における女将の一言に俺は驚いた。部屋は一室しかない、だと? 若い女の子と相部屋で一泊……おいおいエロ動画の人気ジャンルとかなと俺はその唐突な非現実感に口が利けなかった。普段楽しんでいる設定が現実で訪れるとかどういうこと?


 もしかして今夜できてしまうのでは……と俺は自分の咄嗟の妄想に苦笑いするそんな馬鹿な、と。漫画と動画の見過ぎでお前は現実と妄想の区別がつかなくなっているのかな? 弁えたまえ。良いかアカイ? この転生した人生の目的はヒロインと旅をし使命を成し遂げ結ばれるものであるんだ。そんな物語の途中で主人公とヒロインがこういうイベントで結ばれるとでも? そんなことは絶対にない。


 俺の知っているゲームは途中でヒロインと致したりはしない。あってもちょっとエッチなイベントだけだ。そのイベントをすっ飛ばしいきなりやるとかロケットダッシュ過ぎる! しかもこっちは童貞でそんなことはできないというか、自分の知っているゲーム及び漫画教養を総動員してもこの状況からそれは有り得ない。この俺が古の脂ギッシュな援交好きなおっさんや懐かしの金髪色黒なスポーツマンそして現代の美肌なマッシュルームでもない限りな。みんなもうエロ漫画のモブ竿よ。


 そしてシノブからというのもあり得ない。シノブはそんな女では絶対にないし。むしろ潔癖症気味。だいたいゲームや漫画を例に出したが先ず世界観からして違う。シノブは露出の激しい服は着ていないし町の女たちもごく普通の格好をしている。よってそんなイベントは発生するはずがない! あとホラー映画だと致しているカップルは非モテの恨みつらみの力が働くせいか死ぬしね。だから安心安全とは判断し俺はこう言った。


「じゃあ相部屋でお願いします」

 隣から負の衝撃波が来るも、気にしない。ここで気にしたら意識していると思われてしまう。ここはそんなことは一切知らないということでことを進めなければならない。俺は紳士。いまは紳士。いまは君に手を出すとかなんて決してないと言葉にはしないが信じて欲しい。

 

 シノブの雰囲気が重々しいと感じるが大丈夫だシノブ。もし万が一起こるとしても風呂場はきっと混浴だから君の着替えシーンかタオル姿を見るだけでイベントが終わる。その程度のものだから、心配はいらない。と思いつつその部屋へとつくと、すごかった。

 

 デカいベットが部屋の真ん中に鎮座していて他にやることが思いつかないという感じの部屋。やるとかなんとか考えてはならないが、考えざるを得ない部屋の構造。セックスしないと出られない部屋だ。隣のシノブから血の気が引く音が聞こえる。本当にそんな音が鳴るんだと俺は人体の不思議について思いをはせようとするも、やめる。ここは一緒にいてはならないなと。いきなり二人きりになったらシノブが死んでしまうかもしれない。


「風呂に入ってくるから鍵をよろしく」

 と言いながら外に出ると女将が近くにまだいた。

「あのすみません。ご飯をできるだけ豪華なものでお願いしたいのとそれと時間を掛けていたただきたいのと、あと申し訳ないのですが妻がすごく緊張しているので時間がありましたら様子を見てもらいたいのですが」

 と我ながら図々しいことを頼むと女将の表情が歪んだ。いや、微笑んだ。何だろういまの闇色は? 軽く了承してもらったので俺は風呂へと入った。


「あ~極楽ぅ」

 これって新婚旅行みたいなものだなと俺はシノブの裸を想像しながら下卑た笑い声を風呂場に響かせる。もう少ししたらシノブは隣の女湯に入る。その脱衣と風呂に入るシーンを妄想していると……これはヤバい、と俺は風呂から出た。壁に穴があるのを探したり出るタイミングを意識したり会話とかしたら永遠に風呂から出られなくなってしまう。名残惜しいがここで素早く風呂から出るのが最適解。


 早々に部屋に戻ると女将が扉の前にいてくれた。見守ってくれているのか、ありがたいと思っているとシノブがまだ部屋にいた。どうしたんだ? まさか逃げ出そうとでも思っているのか? つまり一人で使命を全うするため俺を置き去りにして前に進むとか? そんなことはさせるものか! 悪い予感がしたので風呂まで一緒に行き女将にまた依頼をする。


 妻がどこかに行ってしまうかもしれないので、くれぐれも気を付けてくれと。すると女将はまた薄く笑い目を輝かせた。その表情の意味を俺は知らないが、信頼ができると思い食堂へ行きシノブを待つことにした。部屋には、そのまま帰れはしない。何故なら鍵は俺が持っているから、と余裕な心地で待つこと半刻……まだ、出てこない。腹は減るし湯冷めはするし、まさか逃げ出したのでは? 風呂場から外へとこんな寒空の下で! そんなに俺が嫌いなのか? 君だけは俺を嫌うなと言ったはずだ! 心の中だけどな! なぜこの思いが伝わらない? 伝わるわけないだろいい加減にしろ!


 そわそわしだすとやがてシノブが出てきた。俺の嫁はなんと綺麗なんだろう、とほやほやと湯気を身体から発してるかのようなシノブを見ながらそう思った。思わざるを得ない。湯上りの女は三割増しに可愛くなると聴いたがうちの嫁は四割増しだなと笑わぬように口元を緩めていると、シノブの冷たい視線が突き刺さった。


 それから俺達は一緒に同じ部屋に戻るため廊下を歩き……なんたる甘美な言葉の響き。女と一緒に同じ部屋に帰る……生涯で一度も聞いたことがない言葉に知らない概念。それがいまここで用意されているとは、ああ死んで良かった転生して良かった苦難の旅を続けて良かった。今回はこれでクライマックスでありもうこれ以上の刺激はキツイというか、この古ぼけた感性と衰え気味な体力では耐え切れないなと思いつつ扉を閉め鍵を掛けるとシノブが言った。


「壁を、つくります」

 壁って? これ以上俺達の間に壁を作るというかむしろ取り払おうよあのベルリンの壁のように? と聞くよりも早くシノブは荷物や家具をベットの上に乗せ始めた。すわ冷戦か!


「ちょっとシノブ! 俺は床の上で寝てもいいんだが。それだけでかなり十分だし」

 それにその親切心を俺への好感度アップに繋げてほしい。だがそんな俺の言葉は聞き入れられずにいつしか壁は構築されシノブは左の方へと横になり言った。


「おやすみなさい」

 呆気にとられながらおやすみと言いつつ俺は右側のベットに横たわる。眠れない、と俺はすぐに思う。神経が高ぶって眠れるはずも、なし。というか眠りたくない。これは寝込みを襲うといった夜這いではなく、ただ単純にシノブの寝息を聞きたいがため。そもそもな話で女が隣にいるのに眠気が起こるはずがなくこの夜は長くなる予感がする。とりあえずシノブの寝息を聞きながら眠りにつきたい……だが、聞こえるのは静寂のみでありここは一切が無音の世界。息を、殺している。そうシノブは息を潜めている。


 それは警戒の呼吸。当然シノブはこちらの寝息を聞きながら眠りたいななど思ってなどいるはずがない。伝わってくることは、俺が早く眠ってほしいという強い意思のみ。そう願うのなら眠りたいがこちらは目が冴えて眠れはしない。おかしいな? 異世界に来てからほぼ毎晩怖いぐらいにいきなり睡魔に襲われそのまま失神し熟睡で朝を迎えているのに今晩だけはそんな気が起こらない。


 わざと寝息を立てようと呼吸するも咳をしてしまいそうだ。よって同様に息を殺して……なんという無駄な時間。でもこうしてシノブがこちらを気にしてくれるのはかなり嬉しいものもある。こんなに女から気を掛けてもらうという経験はいまだかつて無かった。しかもそれが若くて綺麗で賢いという高嶺の花であるのならなおさら! だがその気を掛けてもらうというのはこちらの性欲の警戒という点がかなりの残念なところであって。


 しかし俺はそんな気はない。これはそういう世界の話ではない。俺は物語の最後までそこはとっておくというか、そうなるはずがないんだって。言葉にしてちゃんとこれを彼女に真摯に語り信じさせたいところだが、そんなことをしたら気持ち悪いどころか危ない人だと勘違いされてしまう。誤解しないでもらいたいがための説得が疑いの補強となってしまったら笑うに笑えず泣くに泣けない。言葉が通じないし想いも通じない。俺は黙るしかないのか? 悔しいがここはシノブの疑いはそっとしておくしかない。だけども、俺がいったい何をしたというのだ。


 数え切れないぐらい沢山しているけどさ! 俺はただ旅の終わりにシノブと結ばれたいだけなのに……夜は進み闇は深まるも部屋の音は変わらず思いはそのまま辺りに満ち、濃度を上げていく。何を待っているのだと俺は思いつつある。シノブの寝息を聞きたいがために闇に目を開くもそのためにシノブは眠りはしない。だが俺もこれでは眠れはしない。なにがしたいのだ? やはりここは話し合って俺が床で寝てシノブに安心して眠って貰って。


「……アカイ、起きていますか」

 静寂を破る可憐な鈴鳴りにも似た音色が鼓膜を触った。

「よかったらお酒飲みますか?」

 甘美な誘いに俺はベットから跳ね上がった。

「えっ? 飲む!」

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