第41話 呪いの山へ (シノブ29)

 頑張り過ぎだ、とシノブは項垂れる。一心不乱に木刀を振り続けるアカイの姿を遠目で見ながらシノブは溜息をつく。


 修行熱心なのは良いことだ。あれぐらい頑張ればやがて結果も出て来るだろうが、やり過ぎ。あれでは筋肉疲労が先に来てここぞという時に動きが鈍くなってしまう。このことを再三伝えるもどうしてかあの男はより一層頑張ってしまう。無理して頑張る俺偉いでしょアピールかな? はいはいエライエライ、だから休め!


 私が思うように動いてくれないな、とシノブは思った。万事私の指示通りに動く男であったらどれほど便利かどれほどラクで都合がいいか。どっちみち夫にはしないけどね。もっとも私もあの男の思うような女には絶対にならないから、そう考えてみると我々は似た者同士で……いいや違う、とシノブは頭を振って拒絶する。


 そうであってはならないその認識は誤りだ。シノブはアカイに近づき、大声で告げる。

「休みましょう。この先はまだ長いのですから無駄に体力を使うべきではありません」

 何度目かの注意をするとアカイは得意げに微笑みながら木刀を降ろした。その笑みの理由が本当に分からない。笑っている場合でもないんだけど。もしかして俺の頑張りを見たかい? とでも言いたいのだろうか? 見ていますよ見ています、半分呆れながらも見ています。


「ふう疲れた……」

 これはきっと疲れたアピールなんだろうとシノブは察し、渋々ながら求められるであろう反応をした。

「お疲れさまです」

 できるだけ小声で言うもアカイはちゃんと満足げに返してきた。

「いやいや、でもまだまだできるけどね」

 うるさい男だな本当に、とシノブは怒りと溜息を噛み殺しながら道の先を見る。



 これから山に入る。国道は検問所があると判断したためにこのルートを選んだものの不安が付きまとった。この先に立ちはだかるの呪山と呼ばれた山。遭難率が極めて高く彷徨う亡者がいるとさえ言われるいわくつきの山。だがそのため地元民も近寄らず登山者はほぼおらず山賊の類もいないというのがもっぱらの評判。なによりこの山を抜けると次の街まで最短距離に辿り着く。そもそも小山であり早い時間に上れば夕方前には向う側に降りられる。


 そんな便利な山なのである。しかしそんな山であるにも関わらず、利用はされない。危険度の高さが保証済みなのである。覚悟が必要だ。自分はともかくとしてアカイは、とシノブは振り返ると準備を万全にしていた。この山の事は昨夜に話した。反対が来ると予想はしていた。もっと安全な道で行くべきだとか違うルートだとか、当然に来るであろうその反論。


 それに対してはこちらはこうだ。もう一つの山は大きくなにより山賊の類が大量にいるとの噂。国道は変装しても検問所の危険度がかなり高く迂回路であり時間が掛かる。どちらも危険であるうえに得られるメリットが少ない。我々には時間がない。いちはやく辿り着かなくてはならない。安全を選び目的を達成できないか危険を選び目的を達成するかのどちらか、アカイどうか頼む。


 まぁ私がこう頼み込んだらこの男なら悩むも結局は受諾するだろうとは思っていた。しかし予想は反していた。開口一番、分かったと言ったのだ。だから逆に私から反論が起こってしまった。いいの? だって危険なんだよ? 少しは危機感を覚えたらどう? 説明は説教じみたものになってしまったが、それでもアカイは嬉し気な表情で答えた。危険な方を選ぶべきだ、と。


 なにを考えているんだろうこの男は、と私は新しい不安に襲われた。こんな極楽トンボみたいな精神の持ち主と呪山に登って大丈夫なのかと。この男は一向に構わないという返事しかしない。その誰かの言葉みたいなのが好きなようだが、少しは構って構えろ。だから一発KOされるんだよ。


「あなたは凄い自信家ですね」

 そんなに弱いのに、と心の中で皮肉をつけたしながら言うとアカイは得意げに言った。

「俺は選ばれしものだから、さ」

 なにを言っているんだこの男は。誰もあんたは選びませんよ、とシノブはいつもの感想を抱きながら山道を行く。


 山には獣道ではなく荒れてはいるが山道はあるにはある。誰が手入れをしているのか不明だが、緩やかなものでありとても歩きやすい、そう自分には助かるのだ。シノブはアカイとの説明の際に黙っていたことがある。それは大きな山を登る際は自分はかなり足手まといになる可能性が高いのだと。体力はまだ戻らない。運動能力も相変わらずに酷いまま。それでも多少は歩けるようにはなったが、それは駄目になった身体の扱いが上手くなったというぐらいの話。だましだましやってるいるに過ぎないという話だ。


 よって初めより自分はこの呪山を登るしかなかったのである。それをアカイに気取られたくはない気持ちがシノブには強かった。この男に体力的にも精神的にも屈服するわけにはいかない。何故ならこの男は自分を狙っているのだから隙を見せるわけにはいかない。この手の卑屈だがどこか傲慢な男は女が弱みを見せたら付込んでくるに違いない。それが私との旅に付いて来ている目的であろうし。

 

 よってここは一つのまさに山場である。険しい道はここで終わりあとは平野が続くのだ。何としてでも越える。これがある意味で王妃への道とも言えるもので。

「わっ」

 思った傍からシノブは石に転び前のめりになるもアカイの手がシノブの肩を掴み危うく転倒は免れた。


「大丈夫?」

「大丈夫です」

 考えすぎか疲れか、ここまでは順調であったので油断もあったかもしれない。アカイはシノブの肩を叩きながら言った。

「少し休まないか?」

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