第33話 忍者と第二思春期 (シノブ23)

 今日も今日とてアカイが変なこと言ってきたためシノブは頭を抱えている。


「俺には何かすごい能力があるはずなんだ」

 次の街の宿に泊まった際の夕食時にアカイは真剣な顔で以ってシノブに訴えてきた。それはそれは結構なことですね。ところでそれはなんですか? シノブは興味なさげに話半分で聞きながら返したところアカイは首を振った。なんだ? 変な男だと思っていたが狂っているのか? まぁ狂っているしそこは分かっているし納得してしまうが。


「俺には才能があるはずなんだ。でも、それが分からない」

 はぁ、あるといいですね、と生返事で相づちを打ちながらシノブは日課である眠り薬の導入に躊躇している。今日はあまり隙を見せてこない。入れるタイミングが分からない。こんなときに隙を見せないとかこやつの精神構造はどうなっているんだ?


「シノブ、お願いだ」

 大声に対してなになに!? とシノブは恐怖感を抱いた。なにを、わたしに、要求してくるのだ! もうここで殺すしかないの!? 毒薬を投与しなきゃダメ?


「俺の才能を、発見してくれ」

 やっぱり狂人なんだなとシノブは頭を下げたことによって現れたアカイの頭頂部を見下しながら思う。ところどころに白髪があり真ん中がまたちょっと薄くなってる。生きる苦しみがストレスとなって髪の毛が奪われているのかな? 残念でもないし当然の現象か。これだったらどれだけ人生で苦悩を抱いているんだろうね。


「私には分からないと思いますよ」

 あなたの事は別に分かりたくもないし、と心のなかで呟くとアカイは顔を上げた。なんという思い詰めた真剣な表情。ヤバい、もしかして聞かれたとか? いや別に悪口というのではなくてこれは私の嘘偽りのない真情であって、というか勝手に心を読むんじゃない!!


「シノブなら分かるはずだ」

「分からないです」

 だからあなたのことは少しも知りたくも分かりたくもありません。女の理解の範囲を大きく逸脱しているのですから。あなたが荷物を毎日持ってくれていることは感謝しています。でもそういったこと以外はあまり関わりたくはないのですが。深い仲にはなりたくありません。もっとドライにクールにビジネスライクな関係になりたいです。湿気高めに暑苦しく情緒的な関係になんて絶対になりたくない。王子とはそうなるんだけどあんたとなるぐらいなら崖から身を躍らせながら華やかに散ってやる!


「いいやシノブ。君はすごい力をもった女に違いないんだ」

「う、うん」

 そうこれは否定できない。私は天才忍者であったが禁術の反動のせいか誰かというか性悪女の呪術のせいでかこんな弱々しい存在に成り下がった。こんなアカイみたいな男に頼らないといけないぐらいの身分に零落してしまった。この悲惨な訴えをそこらへんの誰かにしても百人が百人、いや万人が万人、信じるどころか馬鹿にしてかかってくるだろう。


 あるいは信じたふりして親切にしてきて私を騙しにかかってくるはず。もしくは私を暗殺容疑者だと知りながら親切顔して捕まえに来るとも限らない。周りは敵だらけであり信頼できない者ばかり。しかしこの男だけはなんか違う。何故か私にはそういった力があると信じて疑わないし冤罪だとも見抜いている。この謎の呪いについても深く聞きもしないし追われていることについても詮索はしない。


 そこもまたとても便利でありがたい存在でもある。その一方で厄介な問題はこいつが私を嫁にしたいという野心を持っていること。その野心は私という存在の魂を奪い取りに来るのと同じもの。命を狙いに来る敵と大して変わらないがこいつは利用できるという点だけが違うといったところと雑魚で倒せそうという点。


 とりあえずは上手いことやっていきたいし、だからこれ以上あまりめんどくさくなって邪険にはしたくはないのだが、こうも奇妙な申し出をされると困ってしまう。この人は心に何か病を負っているのではないのか? そう思いつつシノブはアカイを見つめる。病があってもおかしくない顔をしているし瞳の輝きも強い、ふむ心を病んでいますね強めの眠り薬をお出ししますと診察を完了させた。


 明日もまた朝早くから歩く。


 遅い足取りながらもずっと歩くのだから早く休むため手短に話を終わらせる必要がある。こんなめんぐい押し問答をしているほど夜は長くない。ならばここは。


「アカイ。私にはあなたには特別な力は備わっていないように見えるけど、なにかそういったことがあるような兆候でもあったの?」

「あったんだよ。つまりその、いや笑わないでほしいのだけど、そのな、俺はこの間神様に会ったんだ」

 おっとこれは……とシノブは内心思うものの表情を崩さずに頷いた。ここは否定してはならないところ。逆上されたら何をされるか分かったものではない。この手の話はちゃんと最後まで聞かなければならない。こやつのタイプだと話しても途中で遮られてばかりだっただろうし。


「驚かないでくれてありがとう。俺もちょっと言うかどうか迷ってね。それでねその神様によって俺はまぁシノブに出会ったわけだ」

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