第26話 疑心暗鬼忍者 (シノブ19)

 追手はすぐには来なかった。そのことにシノブはホッとする。おそらくあの悪党が王族殺人が発生したと喚いたせいで町中が混乱に陥ったのであろう。そんな存在はいないのだから容易に混乱は収まりはするまい。

 

 そういった騒ぎを想像しながらシノブは突然現れたこの変な男……アカイと共に急ぎ足で草原を抜け道の途中で通りすがりの馬車に乗せてもらい隣町の周辺までたどり着いた。しかしまだまだ王子がいる城までは遥かに遠い。


「俺の名は赤井桐人。キリトって呼んでくれ」

 あの派手めな服を脱ぎ地味目な服に着替えたこの男。馬車内で快活そうに笑いながら自己紹介する男に対しシノブは警戒心を抱く。なんでこんなに距離感が近いんだろ? もしかして知り合いとか? いやこんな濃い目の男なら見忘れるはずがないし、一族の親戚? いやいやだからそんなこともあり得ない。


 こんな妙な親戚がいるはずがない、とシノブは思えば思うほどに不安になっていく。この男は私に対して俺のものだと言っていた。それ目的でついて来ているの? その可能性はとても高い。敵を巻いたと思ったら新手の敵に付き纏われているとしたら……不安が頂点に達したシノブは馬車の休憩時に思い切って聞くことにした。


「あなたってなんなんですか?」

「よかったらキリトと呼んでくれないか」

 良くないから呼ばないというのに、とシノブは噛み合わない会話にイラつきながらもう一度聞いた。だいたいその名前は何か根源的な拒絶感を抱いていしまう。その名を認めたくないし絶対に呼びたくはない。


「呼びません。話を戻しまして、つまりですね。あなたはどうしていつまでも私の近くにいるのです? いや迷惑とかそういった意味では無くてどうしてなのかな、と思って」

 そう、ここまでシノブはアカイを排除してこなかった。そんな力もないしこの男も攻撃してこなかったし、途中までなら女の一人旅であるし近くに他の誰かがいた方が助かると思い、この男のことは敢えて深く問わないことにしたが、ここまで来るとそろそろ不気味さがでてきたために聞くことにした。そもそも危険人物だし……と緊張しながらシノブは返事を待つとアカイは鼻で笑いながら首を振った。なにそのジェスチャーは?


「君のためだよ」

「さっぱりわかりません」

 即返すとアカイはまた笑ったためシノブはなんだか怖くなってきた。明らかな付き纏いおじさんだ。二つの意味で私狙いだ。


「あの、アカイさん」

「キリトでいいって」

 だからそれがイヤッつーの! と妥協した呼び名が拒否されての叫びを呑み込みながらシノブは聞く。この人は頭が悪いのかな? うん、悪いに決まっているな。 


「言っておきますが私はお尋ね者なのです。賞金をつけられ追われている身です。つまり危険な存在であってあなたにも危害が及びます。さっきの悪党もそれです」

「危険? そんなの百も承知の佐之助」

 アカイの返事のシノブは怒りを覚える。なんだその態度は意味不明な言葉は! 馬鹿にしている? 馬鹿の癖に!


「あのですね、失礼ですが言っておきます。あなたも賞金稼ぎの冒険者の一人でこうやって親切顔して近くにいますが、次の街に入ったらあなたは私の両手両足を縛って役人に突きだす、こんな想像もできてしまうのですよ」

 むしろそっちのほうが分かりやすく理解できる、そうであるほうが実は助かるとシノブは変な気持ちになっているとアカイは眼差しを向けてきたのでシノブは目を逸らした。なんだその無駄に熱い眼差しは!


「俺はそんなことをしない。君のためにここにいるんだ」

 そこが分からない。さっぱり分からない。どこまでいっても意味不明なためにシノブはより深刻な恐怖に駆られた。この人は本当になんなんだろう? 傍にいて欲しいかもとも思ったがやっぱりいない方が良いかも。いいや絶対にいない方が良い。いまのやり取りでもうストレスが半端ない。素直に賞金首のお前を狙っているんだぜ! と襲い掛かってきた方が不気味さがなくて気が楽だ。遠慮なく頑張って殺せるし。

 

 こんな理解不能で自分を狙う不気味な存在となんか同行なんかできない。こうなったら危険だけど女の一人旅の方をするしかない。お引き取りを願おう。それともお茶に毒でも入れて痺れさせて草原に捨てておくか……シノブは決心を固めようとするとアカイが口を開いた。


「そうそうそのお尋ね者案件って王族暗殺未遂の件みたいだけど、それって冤罪、つまりは濡れ衣を着せられているんだろ?」

「そっそうよ!」

 なんでそれが分かる? シノブは嬉しいが新たなる不可解さで頭が混乱した。そうだ騙されてはいけない!


「でっでもなんでそう思うの。だってあんな張り紙が張られているんだよ」

「君がそんなことをするとは思えない」

 私の何が分かっているの? とシノブはやはり嬉しさよりも不気味さが勝った。こいつは適当なことを言って私の歓心を得ようと企んでいるに違いない。私はそんな陰謀になんか負けない。


「へぇ~どうでしょうねぇ。実は本当に暗殺に失敗してして逃亡している女かもしれないですよ。あの手この手を駆使してさ」

「そんなはずはないって。君みたいなか弱い女の子にそんなことができるはずがないって」

 か弱いってこいつ! とシノブの頭に血が昇った。私を、舐めて、からに! 依然として身体的には弱体化はしているものの、こんな馬鹿な男に雑魚女扱いなんてされたくはない! 


「いまの私は……本当の私じゃ……ない」

 私は強いんだ! と言おうとするもシノブは唇を噛んでそれを押しとどめた。身体は悔しさで震えるが言わずに我慢する。見栄っ張りだの嘘つき女扱いされるのは絶対に避けたいがために堪えた。ここまででそんなことをいっぱい言われてきた。自分が何を言っても誰も信じてもらえなかった。こんな奴にまで馬鹿にされたくはない。落ちぶれていてもそこまでは落ちたくはない、とシノブが顔を背けながら思っているとアカイが頷いた。


「いまの自分は本調子ではない、か。すなわちこれは君は呪いを掛けられているんじゃないのかな?」

「なっ!」

 微妙に違いたいと思いたいが極めて近い言葉が出たために、背けていた顔をアカイに向けるとまた微笑んだので視線を逸らした。こいつの目は見たくない。


「うん……そうなんだ。信じられないかもしれないけど私はいまそういう状態なんだ。多分呪われていてさ」

「そうに決まっている!」

 なにが決まっているのやら。シノブはこの男の論理展開の異様さに変な意味でますます理解を深めた。


「走ることもままならず歩くのも難儀し息を切らしている君! そうだ君はきっと世界の秘密を握るか知ってしまい呪いを掛けられこんな地の果てに追放された……そんなところなはずだ!」

 シノブは瞠目しながらアカイを見た。瞳が合い、そこに熱を感じた。


「いや、詳細は言わなくていい。いまはまだ俺が真実に触れる早いのだろう。だけどこの先の旅の途中に俺との信頼関係が構築出来たら、是非ともそのことを教えてもらいたい。いまはただ君の目的地を目指すだけだ。二人でね」

 言い切ったアカイは一人納得しながら頷いているのを見ながらシノブは思ったこの人……なんか怖い、と。


 真実には触れている。指先どころか掌ぐらいに。だけど、どうしてそこまで分かる? 異常なほどの理解度と物わかりの良さ。いったいこの人は何なんだろう……私にとってある意味で都合が良すぎるし逆に都合が悪すぎる。こんなに不都合なことだけしか自分の元に起こっていないのになんでこいつはこうなの? 救い手とでも言いたいわけ? 堂々巡りの思考のもとシノブは恐る恐るアカイに尋ねた。


「あなたは、どこの出身なの」

「ちょっと遠いところから来てね」

「そう……」

 やっぱり秘密か、とシノブは不信感を強めた。元犯罪者とか服を盗んだとかそういうやつだよね、と。酒と女にしか興味のないゴロツキのたぐいだ。


「でも安心してもらいたい。俺は敵とか怪しい者じゃないから」

 敵でないとしても完全に怪しくて危険な奴だよ、とシノブは最初の結論に戻ってきてしまった。なんでこれほどまでに信頼できない要素しかないんだろこやつはさぁ。ちょっとぐらい信用ポイントがあっても良いだろ、なんでひとつもないんだ!


「俺のことはまぁ追々信頼関係が深まったら話していくよ。いまはとりあえず俺のことを信じてついて来てくれ」

 付いてくるのはあんたの方だろ、とシノブは口に出さずに思い項垂れる。会話のやり取りがおかしすぎて疲れて来る。嫌いなものを食べた瞬間に体全体が拒絶反応を起こすあれに似ている。味方は欲しいがこんな怪しい味方はいらないような、でも次の街で自分の味方になる存在なんているとは思えない。なにより自分の話を信じてくれる人もいるとも思えない。この呪われたような身じゃ女の一人旅なんて最恐な危険さは極力避けたい。でもこんな異常者が傍にいる方がかえって危険じゃないのか? けれどもこの人は命を賭けて駆けつけてくれたという点もあるがあれは私を狙っての行動だという理由もあって……またいつものグルグル思考に陥るがシノブは頭を振って前を見る。頼りなく怪しい男の顔を。


 この愚かにもほどがあるおっさんを。


 ……私だけの問題ならこの怪人物に痺れ薬を飲ませてさようならだけど、だがしかし、これはもはや私個人の問題ではなく王子のもっと言えば世界の滅びに関しての問題でもある。これでも自分が王子を救うためには必要な存在かもしれない。もういい迷うな、シノブは決心した。


「申し遅れたが私の名前はシュ・シノブ。以後よろしく願いたいアカイさん」

「名前を教えてくれてありがとう。今後もよろしくお願いします、そのシュさん、あるいはシノブ……」

 少し考えているのかアカイは言った。

「シノブちゃん」

 笑顔でそう言ったがシノブは寒気を覚え目を逸らしながら返した。

「どういたしまして」

 イヤだがこれは受け入れてやる。屈辱に耐えてやる。何故なら私は忍者であるのだから王妃となる女なのだから……これぐらい大丈夫だ。


 そう思うと同時に悪寒が腹の底を冷やした。

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