第25話 忍者と救世主 (シノブ18)

 妙な男が立っているとシノブは空から降ってきたかのようなその男の全身を観察する。自分と同じぐらいの身長165センチ前後で小太りなやや丸顔。ごく普通の地味目な中年男であるのにやけに派手というより良い服を着ている。それって王子の服なのでは? とシノブは見覚えがあるなと思いつつも、いやそんなことは今どうでもいい。この窮地を脱出しなければならない! と思考を切り替えシノブは声をあげた。


「たっ助けてくださいそこの御方」

 アカイは悪党の影に隠れてシノブが見えないもののその綺麗な声を聞いて感激した。これは美少女の声! そんな嫁に助けを求められた! これってもう結婚だ!


「俺に任せろ!」

 アカイの返事に悪党が立ち、シノブも中腰となって構えた。隙を窺いその背中にクナイを刺して仕留めてやる! 本当にいいところに現れてくれたこの身知らぬ人。


「人の獲物を横取りしようってんのか?」

 悪党が凄むがアカイは胸を張った。

「馬鹿言うな! その女はもとから俺のものだ!」

 アカイの返事に悪党とシノブは言葉を失う。えっ新手の悪党でゴロツキ! シノブは混乱に陥り棒立ちとなる。


「こいつ開き直りやがって! ぶっ飛ばしてやる」

「かかってこいやー」

 アカイは両腕をあげながら前に出る。竹を割ったかのような無謀&無防備な構え! シノブは敵同士の戦いにどうすることに出来ず見るしかなかった。まずはどっちかが打倒されてから行動しよう! 二人の男は歩み寄り距離を詰めそして悪党が大きく腕を振りますとアカイが倒れた。


「「へっ?」」

 悪党とシノブの声は重なった。ぶっとばされたアカイは回転しながら頭から地面に落下。血の気が引く危険な落ち方。受け身は当然取れていない。まさに一閃! 悪党のその拳は見事にアカイの顎を貫き通し、KOしたのだ。


 悪党は呆然としている。完璧な一撃であったがそれ故に理解が追い付かない。手応えがまるでない、それであるが故の現実感の無さ。暴力というものはもっと上手くいかないもので思いっきり殴っても相手は容易に倒れないしなにより自分の手も痛めてしまう。最初の全力の一撃で相手を倒せたら、一撃必殺を出来たらそして自分はノーダメージならどれだけ楽でどれほど楽しいか、有り得ない話だ。悪党とはいえそこは現実主義者である。暴力は思い通りにしたいものの思い通りにはなかなかならない、そんなことを悪党は熟知している。


 なのにできてしまった際の呆然自失感。そこから徐々に湧き起って来るひとつの感覚。あきらかにやばめなあの倒れ方。もしかして俺は……やってしまったのか? ほらよく聞くだろ? やるつもりはなかったんだ! という言葉。当たったところがたまたま打ち所が悪くてってやつ。


 悪党が嫌な予感を抱いているとシノブがアカイのもとに駆け付け脇に座り込み脈を取ったり身体に耳を当てている。まさかちょっと待てだっだいじょうぶだよな、と悪党が思っているとシノブが悲鳴をあげた。


「いやああああ死んでるぅううう!」

 嘘だろいや、でも今の感触は、と悪党は焦り出した。そういうことはたまに起きることではあるが、まさか自分自身の時に限って起こるだなんて! 


「人殺しいいいいい!」

 更なるシノブの悲鳴に悪党の全身は恐怖に縛られた。おっ俺は人を殺してしまったのか。そんなつもりはなかったんだ! でもみんな同じことを言って刑に処されていた! あいつもあいつもすると俺も!?


「あっあんたが殺したんだよ!」

 シノブに指を刺された悪党は足を一歩退いた。

「ちっちがう! 俺はやっていない。こいつが勝手に倒れたせいだ」

「どうみてもあんたが殺したでしょうが! 私はこの目ではっきりと見たよ! この王族殺しの極悪人が!」

「なっ!」

 悪党がまた一歩足を退くとシノブが一歩前に出た。追い詰めていく!


「あんた気づかなかったの!? この人は王族の方だよ。よく見なさい。この服が何よりの証拠よ」

 たったしかにと悪党はまた足を一歩引かせる。一目見ただけで高価だと分かる服。こんな服を着ているのはよほどの金持ちかあるいは王族か。しかしただの金持ちがこんなことをするとは思えず、するとこれは。さっきのあのエラそうで堂々とした態度は。


「知らないでしょうがこの人は王子の遠い親戚にあたる御方よ。王子暗殺未遂犯が逃げ出したから自ら捕えようとやってきたところをあんたって人は……これはただじゃすまないよ!」

 何故俺は王子暗殺未遂犯にこんなことを言われなきゃいけないんだ! と悪党は少し思うもすぐに我が身に振りかかる災厄を想像する。おっ俺は……王族殺しの極悪人になってしまったのか?


「ちっちがう! やったのは俺じゃなくてお前だ! 王子の暗殺に失敗したから王族を殺したんだ!」

「誰がそんなことを信じるのよ! この顎への一撃。女の拳じゃ到底不可能よ。これからきっとお付きのものたちがここに来るはず。そうしたら証言してやる。あんたが犯人だってね! こうなりゃ道連れだ!」

 悪党の動揺は極限に達する。そうだ王族にはお付きのものがいるはずだ! 悪党は周囲を見渡すとなにやら人影らしきものが見えた気がした。まさかあれが!


「誰かああああ助けてえええ! 王族殺しの犯人がここにいまーす!」

 シノブの大声に悪党は恐慌を起こしながら叫んだ。

「うるさい! おっお前だお前が殺したんだ! 今から街の連中にこのことを知らせて来るからな! いいかよく聴けよ! 誰がお前みたいな暗殺未遂犯のことなんて信じるもんか。いいか! 誰もお前の事なんか信じないんだからな!」


 悪党はそう言い捨てながら足をもつれさせながら街へと走って行くのをシノブは見送り遠ざかっていくのを確認すると、倒れているアカイの頬を張った!

「起きて! 急いで起きて! お願い起きて」

 もう二三発頬を叩けば起きるかなとシノブが思っているとアカイは瞼を開けた。こいつ、目覚めるのが早すぎる。本当に失神していたのか?


「うっううん……ああ無事、だったんだね」

 微笑みながら言うアカイの言葉に対してシノブは首を捻った。なんて返せばいいんだろ? たしかにこの人は助けに……どちらかというか私を奪い取りにきたけど一発でKOされた。その後の展開は全て自分の機転による撃退であって、自分はこの人を助けたことにもなる。でも来たおかげで助かったのはたしかで……まぁいいやとシノブは目をつぶった。とにかく窮地は脱した。これを喜ぼうと。


「あなたが来てくれたことで危機を脱しました」

 これについては間違いないからとシノブは無感動気味に伝えるとアカイも返した。

「うん、俺が来たからにはもう大丈夫だからね」

 一体なにが大丈夫なの? 眉間に皺寄せながらシノブは首を捻った。


 お前はどう見ても危険人物だろうに。

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