第21話 お救い代をねだるメシア (アカイ6)

「すっすまないな。その……」


 俺の前に現れたのは恐縮しているお爺さんと俯いたままのお婆さん。頭を下げる人を見ると気持ちが良くなる。俺はいつも頭を下げる側だからね。そういう態度をとってくれるのなら自然と寛容な気持ちにもなれるってものだ。俺は、心が広いのだ。そう思わせてくれるのなら俺は汝らを許そう。


「いいんだいいんだ。俺が裸だったのは事実だし。別に文句を言うためにあんたたちを呼んだんじゃなくてね」

 間に格子があるとはいえ二人の顔は緊張で強張っていた。この二人ずっとこれだなと俺は鼻で笑った。汝ら罪を覚えるものである。


「なぁお爺さん。頼みがあるんだがいいかな? ここで何かの縁だ。俺にお金と服を貸してくれないか?」

「えっ?」

 爺さんは驚き婆さんはしかめっ面をするが構うことはない。俺はメシアなんだからな。お救い代として借りるだけなんだぜ。世界を救うという利子が付くのなら安いってもんだろ?


「ちょっとでいいんだ少しばかりで。服もそうだ。あとで必ず返すしたんまりとお礼も出すよ。なんたって俺は……」

 おっと危ない危ない救世主とか言ったら退かれてしまうな。ただでさえ退かれ気味なのにこれ以上退かれたら見えなくなってしまう。こんなに近くにいるのに遠くにいる感覚。まずいな金と服が遠ざかってしまう。


「お爺さん、全く説得力はないと思うがね、俺はちょっとした人なんだ」

「見れば、分かるよ」

 嬉しい言葉が返ってきたので俺は嬉しくなった。そうか俺はちょっとした人に見られているんだ! ならばイケる! どこまででもな!


「この通り突然身ぐるみ剥がされ素寒貧。これからこの先にあるあそこに行かなきゃならないってのにさ」

 どこに行くのかなんて俺は知らない。しかし俺がこの世に生まれ落ちてきたということは目的があり行く場所があるはず。前世とは違うんだよ前世なんかとは。あんな特に理由もなくもとにかく生きるしかなかった苦界とはね! 目的が無い苦行って本当に虚無だよね。よって俺は嘘は吐いてはいない。人は何かを目指しているもの。人どころか俺はメシアなのである。当然行くべき場所がありそこは、どこだい?


「この先ってあんた……もしかして法王様のもとに行かれるとでも?」

 それだ! と俺は直感する。すごく重要そうなそれ。なるほどこの世界は宗教的な偉い人が統治する世界とかなんだな。そいつが悪か善か分からないが、俺と必ず関係を持つ存在。たぶん、敵だけど。そいつ絶対に裏では悪いことしてるよ。俺には、わかる。


「そうそれだ。法王様のところにお参りに行く途中なんだ。おおいなる力の導きによってな」

 この嘘を吐いていないという感覚。予感と想像と期待がない交ぜとなってた感覚に酔っているとお爺さんの表情はますます曇っていく。まさか不敬罪とかで罪が増し増しになるとか? 


「なんということだ……もしもここでわしが貸さなかったら無一文のまま裸かその貸し出しの囚人服で行くのか?」

「ああそうだ。仕方がない。このまま裸一貫でおめおめとおうちには帰れないからな。行くか死かだ」

 実際行かなきゃ死ぬしかないし考えてみると状況はかなり深刻なんだなと思いながらそう言うと、お爺さんは顔面蒼白となって首を震えながら振った。


「聴いてしまったからにはそんなことをこのわしが許すわけにはいかん。あぁ……たしかに、縁だ。そういうものであったのだろうな。あの草原であんたに出会ってしまったことを。ここに連れて来てしまったのもそして……ワシの存在も含めてな」

 なんだか意味深なことを言っているがなんだろう? この御爺さんはいったいに何者で? その偉い人の何かかな?


「あんた、なんだってそんなことをするんだい?」

 今まで黙りつづけて来ていたお婆さんが文句を言いだした。俺の存在なんて無視しているような口の利き方。文句を垂れるときだけ口を利くタイプなのかな? 


「しょうがないじゃねぇかよ。このまま裸かボロ布姿であそこには行かせられないよ。わしのお役目的に見て見ぬふりはもうできねぇんだ」

「なに言ってんだよ! こいつはどう見たって怪しい男じゃないのさ。騙されちゃいけないよ。法王様のもとへお参りに行くってそんな信心深い男じゃない。顔を見て声を聞けばこいつは酒と女にしか興味のない裸のゴロツキだよ!」


 お婆さんの糾弾に俺は目を逸らした。全くもって仰る通りでございます。いけないなぁお婆さんそれはもはや事実陳列罪だよ! 汝の指摘通り俺は女と別れた寂しさを酒で慰めようとしたらこの世界に転生し若い嫁に出会いに行く男に過ぎないのですよ。いまも自分に酔っ払って嫁を探しているという不届き千万な中年男。でもこんな俺は法王なんて存在に頭なんか下げません。実際俺のほうが偉いし! おいこら法王! ありがとうございます救世主様と言いながら頭を下げろよな!


「ごちゃごちゃ言うな! もしも今度王子様に出会ってこの人がその近くにいてみろ! わしが服を貸さなかったせいでそうなったとか言われたら面目丸つぶれじゃねぇか! しかも牢屋送りした件も言われたら一度だけでなく二度になるなんて、わしに首でも括れって言うんか!」

 お爺さんの言葉にお婆さんは溜息をつきながら言った。


「ハァ……なんだって最近は妙なものを運んでいくもんだなあの可哀想な娘を運び終わったら今度はこんな変な奴を。しかも両方王子様関係で……何か、あるんかねぇ」

 また意味深なことを、とお婆さんの愚痴を聞きながら俺は内心ほくそ笑んだ。さながら不思議な音楽が脳内で流れた気分となる。つまりそういうことか。そうかそろそろ出会えるということだな。


 ふむ可哀想な娘か、なるほど、うむ結構なことだと俺の気分は高まる。やはりヒロインは不幸でなければならない。俺に頼って来るほど俺の愛が深まり高まるという恋愛インフレ現象。男たるもの己を頼りする女を愛するものだからな。不幸な境遇の美少女とか庇護欲が萌え出て慈悲深い気持ちなれる、これがとても気分が良いんだ。よくある奴隷を解放とかもそれで、世界は間違えているが自分だけは間違えていなくて正しさの側にいられるという感覚、あの正しい方に居られるという恍惚感が良い。その対象が美少女ならなおさら、良し。まるで腐敗した世界の中から美を取りだすかのようなもの。世界と救世主の関係感さえある。まぁ正直なところそういう状況でないと自分だけを愛してくれる無垢で美少女なる存在はなにかいけない感じがするしね。やましさ。ある意味でああいうのは現代人の心の象徴かもしれない。自らの純粋な欲望を直視したくなく、また他人からのツッコミを恐れてあれこれと言い訳を作って守りを固めて……だがそんなことはどうでもいい。それがこの先に、出会える。


「クククククッ……」

 もはや堪え切れず忍ばず笑いをし出すとお爺さんとお婆さんは後ずさった。退くが良い、と思いながら俺は仰ぐとそこには天井がある。その先には天があり広がりその下にはいるのだ。


「俺の嫁が」

 口に出した途端に俺は大いに笑いだした。

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