第7話 陰謀発動忍者発見 (シノブ4)

 漆黒の夜に紛れ城内を移動する忍者ことシノブ。目指すは例の鬼ゴリラ女の部屋。

 にっくきインチキ勝者の元へ。


 その部屋がどこであるのかはシノブにはだいたい分かってはいた。

 極秘であるというのにどうして? 

 何故ならそれはこの法王の城はシノブにとって勤務先とも言える場所であるのだ。


 シュ・シノブ。彼女の名はこれである。


 忍びの一族の娘であり法王の周辺警護を任されている一人がこのシノブという女。

 そんな彼女がこの度のお嫁さん候補試験を受験していたわけであるが。


「まさかこうなるだなんて」

 移動する闇の中でシノブは唇をまた噛みしめながら胸を痛めた。

 勝てる、と思っていた。いや信じ切っていた。何故ならシノブは。


『この私を差し置いて選ばれる女なんて存在するはずがない』

 と信じて疑わない自惚れ屋でもあった。

 物心ついた頃からそうであった。忍びの里の天才美少女。

 それがシノブでありそのまま成長してしまい今日ここに至る。

 その性根は幼児の頃から変わらない。自分はいつだって一番だと。


 その自意識はわがままにもほどがあった。


 里の者たちは一部を除きみんなシノブを可愛がりまた敬意を払った。

 美少女で忍術の天才で頭脳明晰運動神経抜群、

 そして表向きは礼儀正しく謙虚に振る舞うこともできるまさに敵無し。

 そうであるので兄に反対された試験も高をくくっていた。


『自分以上の女がいるはずがない』

 事実シノブは最終試験に到るまで難なくパスし例外措置の決戦の時でも緊張はしなかった。

 緊張している素振りと表情ぐらいはしたが内心では余裕であった。


『私の美しさなら普通に選ばれるでしょ』

 だから驚いた。生まれて以来最大の驚愕。あろうことか自分は美で選ばれなかった。

 それどころかもっと驚いたのはその選ばれた方の女が、鬼でありゴリラでありつまりは化け物なのである。


「有り得ない」

 シノブは声に出し否定し確信を深める。

 王子のあの即答は妖術にかかったからだと。

 つまりは魅惑の術。それを使ったに違いない。


 なんという卑怯者! シノブの身体に流れる忍者の血は沸き立った。

 その手の術を使うだなんて卑怯千万!

 伝統あるお妃候補試験を汚した罪は許し難く必ずやこの手で天誅を降す!


 決心改たにシノブはとある部屋の襖を無音で開けるとやはり無人でありシノブは中に入り壁に耳をあてた。

 ここの隣が例の女の部屋であり女の父母と思われるものたちの声が聞こえてきた。


「マチョよ、なんとか合格できたようですね。これもご先祖様の御力があってこそのもので」

 母親らしき声が先に聞こえ覆い被さるようにして父親らしきものの声が続いた。


「おめでとうマチョ! よくぞ妃試験に合格してくれた。今までの頑張りが報われて良かった。お前は頑張ってきたものな!」

「はいお父様にお母様。ありがとうございます。このマチョも嬉しゅう存じます」

「フッそうでしょうそうでしょうとも。私も嬉しいですよ。何代にも渡って挑み続けてきたこの試練に遂に我が一族は打ち勝ったのですからね。これでようやくあれが可能になる……そう封印の解除にだ」


 封印解除!? シノブは反射的に声をあげそうになるも歯を食いしばり耐えた。

 驚いても声を上げない訓練はしっかりと受けている! ということはこれはまさかまさかの!


「けれどもお母様。今日も明日もと仰せられましょうが、ここはお焦らずにことを行うべきかと。じっくりと確実に進めるべきで」

「何を呑気なことを言っているのですか! 私は待つことにはもう耐えられません! この身体に封印された力を入れたくて毎日毎日飢えに苦しみ苦しんでいるというのに、お前はこれ以上待てというのか! この親不孝者!」

 母親から娘への叱責が部屋中に響くもマチョは動ずる気配もなく言い返す。


「御焦りになるお気持ちは重々承知しており妾も今すぐにという心はもちろんあります。しかし御相手はあのイエス王子。ことを慎重に運んでも慎重でないほどのこととなります。どうか軽挙妄動はお慎み下され。このマチョは必ずやうまい具合にことを進めますわ」

「調子に乗るんじゃありません! 今回合格したのも運が良かったからなのですよ! ゆったり構えていましたらその運が逃げてしまいます。明日からいえ今日から計画を発動しなければなりません!」

「ですがお母様!」

「まーまーまーまー落ち着いて落ち着いて。マチョよ母さんにそう反抗するんじゃないって、な?」

 二人の間に父親が入り仲裁に入ったようである。


「それでまぁ焦るのは良くないってのは俺も賛成だ。もう邪魔など入らないんだからさ。王子の懐に入れるのは事実上マチョだけだろ? だったらもうなにもかもがこちらのものだ。時間を使って確実さが得られるのならそれを選んでも良いだろ。長い時間待てたんだからもう少しぐらい待ってもさ」

 夫の意見に対して妻の声は甲高くなる。

「あなたは本当に悠長な人ですね? そうやっておっとり構えて何かがあったらどう責任を取るおつもりです! あなたの大臣就任だってそう! もっと早くと思っていたのにあんなに時間が掛かって!」

 慣れたものか夫はすぐに妻をなだめすかす。


「おいおい落ち着けって。その話はここでは良いだろ? 今はマチョのお祝いが優先だっただろ? それと御先祖様へのご報告とやることはたくさんある。お祝いのための特別訪問も時間が迫っている。とりあえず今日はこのあたりにしてさ」

「フンッまぁそうですね。ではマチョ、私達はもう行きますが改めて心なさい。我々鬼ン肉族の悲願は変わらずあなたにかかっています。くれぐれも過ちの無いようなさい」

「畏まりました。このマチョ、一族の悲願の為、この身を捧げる所存でございます。全てはご先祖さまからお父様お母様そしてお兄様のためであります」


 マチョにとっての兄の名が言葉にされた母親は今日初めてにっこりした。

「分かればいいのですよマチョ。あなたの献身はやがて王となるあなたの兄で私の息子であるボウギャックのためとなるのです。そのことを心に刻みこれからのことに挑みなさい。では行きますよあなた」

 出口に向かう妻と反対に夫は娘に対して頭を下げた。

「マチョおめでとうな。お前が勝つとは分かっていたが実際に勝つと嬉しいぞ。お前以上の女はどこにもいない、更なる自信を持ってこの先を挑んでくれ。じゃあな」

「ありがとうございますお父様」

「早く何をしているのですか! あなたって本当にノロマなんだから!」


 大臣夫妻は部屋を出て廊下を歩いて行く音を聞きながらシノブは唸る。

 なるほど大臣夫妻の娘は封印解除のためにお妃候補となったのかと……なんという恐るべき陰謀!

 そしてシノブは微笑む。ほらやっぱり……私の目に狂いはないのだ!


 例の合格の件は不正でありインチキであり間違いであるのだ!

 この手によってその間違いを正さなければならない。

 この私こそが……王妃となる女であるのは確実であるのだから。

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