第6話 俺は生まれてこなければよかった (アカイ3)
闇のなか俺は一つの願い事を繰り返し確認していた。
『美少女に愛されて人並みの幸せな結婚生活を送る』
なにが人並みやねんお前は望みすぎだろという声が聞こえてくるが、その通りだ。
人並み以下であった俺からすると平均であり普通であることは上級階級なのである。
まぁ美少女を望むあたりが俺の正直で純粋な心の反映だろうが……いやいや俺はおっさんだからちょっと汚れているとは弁えているがな。
そんな下らないながらも大好きな妄想に耽っていたが、やがて闇から虹色のような光沢が視界に広がりその光のなかに心と身体が一体化していく感覚に襲われた。
あぁ~融けて一つになるぅ……だが幸福感は一転し意識は激痛に襲われ意識はそれだけとなった。
いってえええ! こっこんなに苦しいのか! ぎゃあああ!!
断末魔さながらの絶叫を叫びながらも気を失わないように、俺は耐えた。
男だからな。
たしかに俺はいま死んでいるが死なないように意識を保つ続けている。
歯の治療を受けている時の気分に近い! というかこの痛みは何の意味があるんだ!
なんかおかしくね? 意味があるんだよな!? 説明を要求する!
痛い痛い痛い! こんな痛い思いをするぐらいなら生まれてこなければよかった!
つーか絶対に俺って生まれた瞬間にそう思って泣いたよな!
そんな不安と恐怖のなか突然光の一切が消失し、暗転。
えっ俺死んじゃうの? 死んでいるけど、いっ生きたいんだけど!
恐慌を起こしそうになる寸前に額に何かが当たったのか激痛が走り俺は跳び上がった。
「いったああああああああ!」
それから辺り一面をもんどりうって転げまわる。
痛みが分散するように!
痛いのを誤魔化すためだが嗚呼これはまるで俺の人生そのもの!
だが今度は背中に固い何かが当り、またまた叫んで体を起こすとぴょんぴょん跳ねた。
なんでこんなに痛さが続くんだ!
繰り返すがこんな思いをするぐらいなら生まれてこなければよかった!
なんで俺を産んだんだ! 勝手に産んだからには祝福しろ!
俺の生を肯定しろ! 誰かしろよおい!
こんな自分じゃ自分で自分を祝福できないんだから! わかるだろ!
そうだよ! ずっとずっと俺は生きているときから生を呪い続けてきた!
嫌な思い出がフラッシュバックとなって毎日俺に襲い掛かって来る!
俺が産れた日よ呪われろ! そんな痛い人生は終わったんだ!
これからが本番であるんだぞ! 痛みと苦しみのない本当の俺の人生がここから!
そうだろ? そうでないならなんで俺は生まれたんだ!
何かに問うとまるで天は答えるかのように雨を降らしだした。
これ以上俺をいじめるな! 生きていてくれてありがとうと言ってくれ!
愛してくれよ! ちきしょう濡れる!
俺は駆け出すとすぐに道を走っていることに気付いた。
落ち着いて辺りを見渡すと草原に一筋の道ができておりその先に町らしきものが見える。
そうかそうかここが始まりなんだな!
俺はさっきの絶望的な気分をすぐに変え、期待に胸を躍らせながらとりあえず身体を回転させ喜びを表した。
誰に対して? 神様に?
そうかもしれないがこれは運命に自分に、そう生まれて初めて自分を愛しくとも思った。
「俺は幸せになれるかもしれないんだ」
独り言が口から漏れると思わず俺はその場でジャンプした。
「この世界には俺を愛してくれる女がいるってこと!」
ああそれだけでも俺はこの世界を肯定し祝福しよう!
そうだとも思えば、と俺は草むらに跪きながら大地に額ずき己が人生を顧みた。
我が赤井桐人の前世は一言で表せば女から愛されたことのない生涯だった。
愛とまではいかないまでも親しくなった同世代の女は皆無でありもちろん先輩後輩にはそんな女は、いない。
ここは一応誤解が生じぬよう詳しく説明しておくが、もちろん親戚から隣近所及び同僚まで考え得る限りの範囲を探っても、皆無だ。
俺と恋愛関係になって恋人となって夫婦になる候補者はいなかった。マッチングアプリを使ってもいなかった。
どこにいないって、こと。
つまりはだ、あの世界は俺にとっては死の世界。末世であったといっても過言ではない。
言い過ぎ? だって愛されないし子も作れないなんて生物的にこの世の終わりと同義じゃないか!
末代とはここだ! 踊れ! ヤダッ!
そうじゃない人がいるってことぐらい分かってるよ!
確かにいるよ! 愛されたくもなく子も欲しくないという人は。
俺はそんなあなたを否定しないし逆に応援もするよ。頑張ってください!
でも俺は女から愛されたいし子も欲しいの! でも不可能だったの! あの世界では!
誰も俺を愛してくれないから憎み返すことしかできなかった。
生きている意味がまるで見出せない日々!
だから日がまだ高い昼間から酒を飲んで世界の終わりを待っていたんだ!
生きながら死に腐っていたんだよ! 打ち上げられたサバの如く生き腐れ!
俺の絶望が呪いとなって世界に届くように願っていた。
「滅びよ」
俺はそう呟き俺は立ち上がると笑った。
まるで自分が魔王となって元いた世界を滅ぼしたかのような気分だ。
そうだ滅びてしまえ。俺を愛さず苦しめた世界よ。
俺は世界から見捨てられたのではない、俺があの世界を見捨てたのだ。
かつて俺の愛が届かなかった女たちが俺を見捨てたように、この消えずに長く続いた憎しみによってな。
だからあの世界は滅んだ。滅亡したわけだ。お前はもう死んだのだ。
「よって俺はこの世界で、生きる」
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